10:00 〜 10:15
[S23-05] [招待講演]「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」はどう伝えられたか
1.はじめに
2024年8月8日、日向灘で発生したマグニチュード7.1の地震を受けて、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を初めて発表した。臨時情報に関する政府からの情報発信、メディアの対応を雑駁ながら概観し、そこから得られた問題意識を議論の材料として提示する。
2.政府からの情報発信
気象庁では、8月8日19時45分から「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」についての記者会見が行われた。会見には気象庁の束田進也・地震火山技術・調査課長、南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会の平田直会長が登壇した。気象庁が公表した資料の1ページ目には「新たな⼤規模地震が発⽣する可能性は平常時と⽐べると⾼まっていますが、特定の期間中に⼤規模地震が必ず発⽣するということをお知らせするものではありません(下線筆者、元の資料では赤字で表記)」との文言があり、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」の「不確実性」を強調した内容となっていた。一方、臨時情報に対する国民の対応については「政府や⾃治体などからの呼びかけ等に応じた防災対応をとってください」の一文のみで、詳細な記述はなかった。
気象庁の記者会見では、お盆の時期の帰省や海水浴の可否など具体的な防災行動を問う記者の質問に対して、平田会長が答える形になった。気象庁会見と前後して官房長官会見、総理大臣会見が行われていたが、こちらでも国民への呼びかけの詳細な説明はなかった。当時、内閣府など中央省庁のウェブサイトも閲覧していたが、国民への呼びかけや具体的な防災対応がわかりやすい場所になく、各省庁のX(旧ツイッター)にもポストがないか、ごく簡略なものにとどまっていた。臨時情報発表時に国民に求めることは何なのか、誰が国民に対して責任を持って呼びかけるのかがあいまいな情報発信であったと言わざるを得ない。
3.メディアの対応
【放送】NHK、在京民放各局は一部を除き、日向灘の地震発生直後から予定していた番組内容を変更して緊急報道に切り替えた(テレビは長野県内で視聴)。その後も継続的・断続的に日向灘の地震の被害と臨時情報発表に向けた動きを伝える緊急ニュースを放送した局が多かった。放送では、スタジオで災害担当記者などが臨時情報発表の過程や意味、とるべき防災対応などを解説していた。各局とも、臨時情報は「予知」ではなく不確実性をはらむ防災情報であること、すぐに避難する必要はないことなどを伝えるために、工夫、あるいは苦心しているように見受けられた。「この情報は初めて出ることになりますが、扱いが、受け止めが非常に難しい情報になります。この情報の意味は、南海トラフ巨大地震が発生する可能性が普段に比べて高まっている、ただ、それはどの程度なのかは今の時点では言えないということになります」(NHK)、「日常生活を今まで通り、経済活動も社会活動も続けながら、今後起きるかもしれない南海トラフ沿いの巨大地震に備えて、地震への意識を高める、あるいは地震への備えを今まで以上にしておく。これが求められるそういう情報が出たということになります」(TBS)などのコメントがみられた。なお、NHKは8日から15日まで、画面にL字の「南海トラフ『巨大地震注意』」の表示を継続した。
【ネットメディア・SNS】私が見た限りではあるが、臨時情報発表から1週間、ニュースサイトやSNSには南海トラフ地震や臨時情報に関する誤情報・偽情報が流布することは少なかった。総務省が8月9日付けで、プラットフォーム事業者4社に対し「偽・誤情報に対する利用規約等を踏まえた適正な対応の実施」を要請していたことも背景にあると推察する。
4.まとめ
初の「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」の発表を通じて、以下の課題が明らかになった。①国民に対する注意呼びかけの主体(特に政府)やメッセージが明確でない②地震学の研究者が防災対策の情報発信の役割まで担うべきか③メディアは臨時情報をどう伝えるべきか、の3点である。以前から論文等で提案し続けてきたことだが「臨時情報の役割は何か」「伝えるべきメッセージは何か」を行政・メディア・研究者のの間で改めて議論しなければならないと考える。
[参考文献]
・大谷・入江他(2021)南海トラフ地震情報を使った防災対応上の潜在的課題群の抽出法の開発―ゆっくりすべりケースに対するテレビ報道を例に―, 日本地震工学会論文集
・大谷・入江他,(2022)南海トラフ地震情報の報道における論点の抽出を目的としたワークショップの試み—「西半割れ」ケース—, 日本地震工学会論文集
・入江(2024)南海トラフ地震臨時情報:社会は「わかりにくさ」をどう受け止めるか, 日本地震学会モノグラフ
2024年8月8日、日向灘で発生したマグニチュード7.1の地震を受けて、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を初めて発表した。臨時情報に関する政府からの情報発信、メディアの対応を雑駁ながら概観し、そこから得られた問題意識を議論の材料として提示する。
2.政府からの情報発信
気象庁では、8月8日19時45分から「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」についての記者会見が行われた。会見には気象庁の束田進也・地震火山技術・調査課長、南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会の平田直会長が登壇した。気象庁が公表した資料の1ページ目には「新たな⼤規模地震が発⽣する可能性は平常時と⽐べると⾼まっていますが、特定の期間中に⼤規模地震が必ず発⽣するということをお知らせするものではありません(下線筆者、元の資料では赤字で表記)」との文言があり、「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」の「不確実性」を強調した内容となっていた。一方、臨時情報に対する国民の対応については「政府や⾃治体などからの呼びかけ等に応じた防災対応をとってください」の一文のみで、詳細な記述はなかった。
気象庁の記者会見では、お盆の時期の帰省や海水浴の可否など具体的な防災行動を問う記者の質問に対して、平田会長が答える形になった。気象庁会見と前後して官房長官会見、総理大臣会見が行われていたが、こちらでも国民への呼びかけの詳細な説明はなかった。当時、内閣府など中央省庁のウェブサイトも閲覧していたが、国民への呼びかけや具体的な防災対応がわかりやすい場所になく、各省庁のX(旧ツイッター)にもポストがないか、ごく簡略なものにとどまっていた。臨時情報発表時に国民に求めることは何なのか、誰が国民に対して責任を持って呼びかけるのかがあいまいな情報発信であったと言わざるを得ない。
3.メディアの対応
【放送】NHK、在京民放各局は一部を除き、日向灘の地震発生直後から予定していた番組内容を変更して緊急報道に切り替えた(テレビは長野県内で視聴)。その後も継続的・断続的に日向灘の地震の被害と臨時情報発表に向けた動きを伝える緊急ニュースを放送した局が多かった。放送では、スタジオで災害担当記者などが臨時情報発表の過程や意味、とるべき防災対応などを解説していた。各局とも、臨時情報は「予知」ではなく不確実性をはらむ防災情報であること、すぐに避難する必要はないことなどを伝えるために、工夫、あるいは苦心しているように見受けられた。「この情報は初めて出ることになりますが、扱いが、受け止めが非常に難しい情報になります。この情報の意味は、南海トラフ巨大地震が発生する可能性が普段に比べて高まっている、ただ、それはどの程度なのかは今の時点では言えないということになります」(NHK)、「日常生活を今まで通り、経済活動も社会活動も続けながら、今後起きるかもしれない南海トラフ沿いの巨大地震に備えて、地震への意識を高める、あるいは地震への備えを今まで以上にしておく。これが求められるそういう情報が出たということになります」(TBS)などのコメントがみられた。なお、NHKは8日から15日まで、画面にL字の「南海トラフ『巨大地震注意』」の表示を継続した。
【ネットメディア・SNS】私が見た限りではあるが、臨時情報発表から1週間、ニュースサイトやSNSには南海トラフ地震や臨時情報に関する誤情報・偽情報が流布することは少なかった。総務省が8月9日付けで、プラットフォーム事業者4社に対し「偽・誤情報に対する利用規約等を踏まえた適正な対応の実施」を要請していたことも背景にあると推察する。
4.まとめ
初の「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」の発表を通じて、以下の課題が明らかになった。①国民に対する注意呼びかけの主体(特に政府)やメッセージが明確でない②地震学の研究者が防災対策の情報発信の役割まで担うべきか③メディアは臨時情報をどう伝えるべきか、の3点である。以前から論文等で提案し続けてきたことだが「臨時情報の役割は何か」「伝えるべきメッセージは何か」を行政・メディア・研究者のの間で改めて議論しなければならないと考える。
[参考文献]
・大谷・入江他(2021)南海トラフ地震情報を使った防災対応上の潜在的課題群の抽出法の開発―ゆっくりすべりケースに対するテレビ報道を例に―, 日本地震工学会論文集
・大谷・入江他,(2022)南海トラフ地震情報の報道における論点の抽出を目的としたワークショップの試み—「西半割れ」ケース—, 日本地震工学会論文集
・入江(2024)南海トラフ地震臨時情報:社会は「わかりにくさ」をどう受け止めるか, 日本地震学会モノグラフ