10:15 AM - 10:30 AM
[S23-06] Problems with the Nankai Trough Earthquake Extra Information issued on Aug. 8, 2024
●2024年8月8日の日向灘地震 (Mw7.0) を受けて,気象庁は約2時間半後に「南海トラフ地震臨時情報 (巨大地震注意) 」を初めて発出した (以下, 南海トラフをNT, 南海トラフ地震をNT地震と略記).同情報は「NT地震想定震源域 (以下, 想定震源域) では大規模地震の発生可能性が平常時に比べて相対的に高まっている」として,政府や自治体などからの呼びかけ等に応じた防災対応をとるように求めた (対象は不明瞭).これにより,例えばJR東海は東海道新幹線を1週間一部区間で徐行運転したし,海水浴場の全面閉鎖や観光地の大量宿泊キャンセルなども生じた.演者は,石橋 (2020)「『南海トラフ地震臨時情報』体制への疑問」(日本地震学会モノグラフ (以下, SSJmg) No. 6, 25) などでこの仕組みに疑問を呈したが,問題点を再検討したい.
●今回の臨時情報は科学的根拠が乏しく確度が低い: (1) 日向灘地震が想定震源域の南西端で発生したというが,地震・地学データを総合的にみて,想定震源域が南西方に広すぎる可能性がある.地震調査委員会 (2013)「長期評価 (二版) 」も,西端は科学的知見が不十分で暫定的と明記している.(2) 前項に関連して,日向灘地震はM7級がくり返し発生しており,地震テクトニクスがNT地震とは異なる可能性がある.少なくとも17世紀以降,日向灘地震がNT地震の先行地震になったことはない.1498年明応NT地震に先行したか?とされる同年の日向灘地震は,原田・他 (2017, 地震2, 70, 89) が実在を否定している.(3) 大規模地震発生の可能性が高まったとする根拠は全世界の地震の統計データだけである (1904〜2014年のMw7.0以上の地震1437個のうち,50km以内で7日以内にMw7.8以上の地震が起きたのは6個).だが,テクトニックな背景などを吟味せずに数だけで「1437分の6の発生確率」というのは意味がない.浜田・津村 (2017, SSJmg, No. 5, 42) が「半割れケース」に係る統計データを吟味してNT地震に適用できそうな例はごく僅かとしたように,精選されたデータセットを使うべきだ.しかも,最初の地震が想定震源域内のどこで起きたかに関係なく機械的に統計データを使うのは,物理地学的考察に欠ける.(4) 8日の日向灘地震が物理地学的に想定震源域にどう影響すると考えられるかという説明が皆無である.
●制度設計の不備が過剰反応を惹起した:JR東海の対応は,中央防災会議 (2021)「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」(以下, 基本計画) や同社の「防災業務計画」にもとづくのだろうが,今回の臨時情報の確度の低さからみれば過剰反応と言わざるをえない.今回の事案が生じたのは,石橋 (2017, SSJmg, No. 5, 29;2018, 科学, 88, 359;2020) が論じたように,予知可能を前提にした大震法 (大規模地震対策特別措置法) 体制の否定から始まったはずの「臨時情報」が,依然として大震法の発想を引きずっているからではないか.実際,基本計画の作成を義務づけている「南海トラフ地震防災対策推進特措法 (略称)」が,基本計画は大震法による地震防災基本計画と整合性をとるように規定している.「巨大地震注意」情報を認めるとしても,M7級地震の発生場所や情報の確度に応じてランク分けし,対応を違えるべきだろう.今回は低ランクとみなされるが,四国沖〜熊野灘で前回のNT地震から78〜80年しか経っていないことも,ランクを下げる要因になるのではないか.なお,8月15日に政府の特別な注意呼びかけは終了とされたが,気象庁と内閣府の所掌が判然としない.
●今後に向けて:「臨時情報」の科学的根拠と制度設計を全面的に見直す必要がある.いわゆる「半割れケース」では後発地震の予測と情報発信が非常に重要だが,石橋 (2017, 2018, 2020) が論じたように「臨時情報」では間に合わないこともありうる.なお,予測のためにはトラフの大洋側に海底地殻変動観測網を展開することが重要だろう (石橋, 2017, 2018).国民の間にNT地震は発生予測可能という誤解が広がるのも大問題である.見直しに当たっては,演者が主張したように大震法を廃止することが必須であろう.NT地震はいずれ必ず発生し,しかも不意打ちになる可能性が高いから,社会全体を「地震に強くする」ことが先決である.例えば,JR東海が新幹線の高速走行リスクを認めたのだから,最高速度を常時 230 km/h 程度に落とすことも検討するとよい.今回メディアが,個人レベルの地震対策の注意に終始したのは残念である.なお,吉田 (2017, SSJmg, No. 5, 52) のNT地震の予測と防災に関する議論も傾聴に値する.彼は「一部割れ」ケースでMw7.0を閾値にしていることも批判している.
●今回の臨時情報は科学的根拠が乏しく確度が低い: (1) 日向灘地震が想定震源域の南西端で発生したというが,地震・地学データを総合的にみて,想定震源域が南西方に広すぎる可能性がある.地震調査委員会 (2013)「長期評価 (二版) 」も,西端は科学的知見が不十分で暫定的と明記している.(2) 前項に関連して,日向灘地震はM7級がくり返し発生しており,地震テクトニクスがNT地震とは異なる可能性がある.少なくとも17世紀以降,日向灘地震がNT地震の先行地震になったことはない.1498年明応NT地震に先行したか?とされる同年の日向灘地震は,原田・他 (2017, 地震2, 70, 89) が実在を否定している.(3) 大規模地震発生の可能性が高まったとする根拠は全世界の地震の統計データだけである (1904〜2014年のMw7.0以上の地震1437個のうち,50km以内で7日以内にMw7.8以上の地震が起きたのは6個).だが,テクトニックな背景などを吟味せずに数だけで「1437分の6の発生確率」というのは意味がない.浜田・津村 (2017, SSJmg, No. 5, 42) が「半割れケース」に係る統計データを吟味してNT地震に適用できそうな例はごく僅かとしたように,精選されたデータセットを使うべきだ.しかも,最初の地震が想定震源域内のどこで起きたかに関係なく機械的に統計データを使うのは,物理地学的考察に欠ける.(4) 8日の日向灘地震が物理地学的に想定震源域にどう影響すると考えられるかという説明が皆無である.
●制度設計の不備が過剰反応を惹起した:JR東海の対応は,中央防災会議 (2021)「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」(以下, 基本計画) や同社の「防災業務計画」にもとづくのだろうが,今回の臨時情報の確度の低さからみれば過剰反応と言わざるをえない.今回の事案が生じたのは,石橋 (2017, SSJmg, No. 5, 29;2018, 科学, 88, 359;2020) が論じたように,予知可能を前提にした大震法 (大規模地震対策特別措置法) 体制の否定から始まったはずの「臨時情報」が,依然として大震法の発想を引きずっているからではないか.実際,基本計画の作成を義務づけている「南海トラフ地震防災対策推進特措法 (略称)」が,基本計画は大震法による地震防災基本計画と整合性をとるように規定している.「巨大地震注意」情報を認めるとしても,M7級地震の発生場所や情報の確度に応じてランク分けし,対応を違えるべきだろう.今回は低ランクとみなされるが,四国沖〜熊野灘で前回のNT地震から78〜80年しか経っていないことも,ランクを下げる要因になるのではないか.なお,8月15日に政府の特別な注意呼びかけは終了とされたが,気象庁と内閣府の所掌が判然としない.
●今後に向けて:「臨時情報」の科学的根拠と制度設計を全面的に見直す必要がある.いわゆる「半割れケース」では後発地震の予測と情報発信が非常に重要だが,石橋 (2017, 2018, 2020) が論じたように「臨時情報」では間に合わないこともありうる.なお,予測のためにはトラフの大洋側に海底地殻変動観測網を展開することが重要だろう (石橋, 2017, 2018).国民の間にNT地震は発生予測可能という誤解が広がるのも大問題である.見直しに当たっては,演者が主張したように大震法を廃止することが必須であろう.NT地震はいずれ必ず発生し,しかも不意打ちになる可能性が高いから,社会全体を「地震に強くする」ことが先決である.例えば,JR東海が新幹線の高速走行リスクを認めたのだから,最高速度を常時 230 km/h 程度に落とすことも検討するとよい.今回メディアが,個人レベルの地震対策の注意に終始したのは残念である.なお,吉田 (2017, SSJmg, No. 5, 52) のNT地震の予測と防災に関する議論も傾聴に値する.彼は「一部割れ」ケースでMw7.0を閾値にしていることも批判している.