[JG04] 自己調整学習のできる子どもを育てる
小学校における取り組みの最前線
キーワード:自己調整学習, メタ認知, 小学生
【企画主旨】
本シンポジウムの目的は,「自ら学び自ら考える自立した学習者」すなわち自己調整学習者の育成に対して,ある小学校における教育実践がどのように迫っているかについて明らかにすることである。
我が国においては,小中学生の自己調整学習の現状を明らかにする調査研究は数多く行われているものの,自己調整学習を学校場面で訓練する介入研究は少ない。しかし教育実践の場では,小学生,特に中・低学年児に対しても,学習を自立して進めていく力の育成に積極的に取り組み,成果を上げる学校が見られるようになってきている。
本シンポジウムでは,まず,先行する欧米の研究に関するメタ分析研究の知見をもとに,小学生に対する自己調整学習の教育可能性について述べる。次に,自己調整学習ができる子どもを育成する取り組みを積極的に推進してきた岡山県柏島小学校の実践について,授業や家庭学習における取り組みを中心に,この実践に中心的にかかわった前校長から具体的に報告する。そして実践に関わった研究者が,自己調整学習研究の視点から実践を位置づける。また,授業におけるノートの分析や教師インタビューから見えてくる子どもの実際の様子についても紹介する。話題提供後には自己調整ができる学習者の育成方法について,参加者とともに,認知発達面・カリキュラム面・家庭環境面など多角的な視点から議論し,実践と研究の両面において示唆を得ることをめざす。
【話題提供1】
小学生に対する自己調整学習の教育可能性
-メタ分析研究からの示唆-
瀬尾美紀子
自己調整学習の促進に関する欧米の先行研究では,多くの学校教育実践プログラムが開発され効果の検証が行われてきている。90年代前半までの研究は,大半が中学,高校あるいは大学生を対象としたもので,それらと比べて小学生対象のものは数が少ないことが示されている(Hattie, Biggs, & Purdie, 1996)。自己調整学習に不可欠なメタ認知について,小学校低学年児や幼児はまだ十分に機能させることが難しいといった70~80年代における研究結果が,小学生,特に中・低学年児に対するプログラム開発研究を抑制してきたことが推察される。
しかし,「メタ認知に関する実験課題を低学年児の多くが解決できない」ということと,「低学年児に対して自己調整学習やメタ認知を訓練しても効果がない」ということとは区別して考える必要があるだろう。Dignath, Buettner, Langfeldt(2008)は,Hattie et al.(1996)のメタ分析以降に実施された約10年間分の小学生に対する30の介入研究をメタ分析し,自己調整学習全般(自己調整学習方略使用や動機づけ向上)に十分な効果量を示したことを報告している。さらに学年の影響を調べた分析では,自己調整学習方略の使用に対して,低学年児に対するプログラムが高学年児よりも有意に大きな効果をもたらしたことが明らかになった。Hattie et al.(1996)でも,中学や高校生よりも年少の小学生の方がより大きな効果を示したことが報告されている。これらの結果から,自己調整学習,特に方略使用に対しては小学校低学年からの指導が効果的である可能性が高い。
【話題提供2】
日々の授業を通じてメタ認知を育てる
―倉敷市立柏島小学校の実践-
藤澤信義
倉敷市立柏島小学校は,平成19年度から24年度にかけて,岡山県学力・人間力育成推進会議が推進しているIFプランと呼ばれる認知心理学を参考にした実践研究に取り組んできた(発表者は,平成19年度から22年度まで,校長としてこの実践に中心的にかかわった)。
この実践では,実践2年目の平成20年度から,目指す学習者像として「メタ認知の力がついた子ども」を設定し,これを中心に研究を進めるようになった。本校では「メタ認知の力がついた状態」とは,分かったこと・分からなかったことが自分で分かる状態,さらに,分からないことが分かったこと分かろうとする子どもと捉えている。
こうした学習者像を実現するための手立てとして,「教えて考えさせる授業」と授業前の予習をうまく連動させることを目指した。予習では,何が分かって何が分かっていないのかをはっきりさせ,「めあて意識」をもって授業にのぞむことを期待した。これは予習段階でのメタ認知である。具体的には「ここまでは分かったけど,ここからは分からないので~」や「だいたい分かった。でも説明まではできないよ。~」といった具合に,何のための授業にのぞむのかという目的意識を明確にさせ,授業に主体的に取り組むための構えを持たせることとしたのである。
さらに,授業では「教えて考えさせる授業」を取り入れ,めあてにつながるような授業を心がけた。例えば,冒頭の教師からの説明では,作業的・体験的な活動など,具体的な活動や対話を通して,子ども自身が意味を十分に理解できるように配慮した。意味の理解は,手続きの学習であっても重視した。さらに,本時に必要な方略(こうやったらできるんだな)や,考え方(こうやったらできるんだな)についても,子どもに伝わるように配慮した。教師に説明の次に設けられている,理解確認や理解深化とよばれる段階では,教師が分かりやすく教えるのみならず,その意味を子ども自身も説明できるようになることを重視した。さらに,学んだ考え方や方略を使ってみると,すこし難度が高い問題でも解決できる体験などを取り入れ,なるほどこういう方法をとれば良かったのだという感覚や,この次はこうやったら出来そうだという見通しを持たせるように心がけた。
授業の最後に行われている自己評価では,1)分かったこととして,内容にかかわること,理解の変容にかかわること,学び方(方略)にかかわることなどを記載できること,さらに,2)まだわかっていないこと(自分にとっての疑問)についても記載できることを目指した。これは,自己評価段階におけるメタ認知である。こうした一連の働きかけの総体として,子どものメタ認知が向上し,見通しがもてることで学習意欲が高まり,学力向上にもつながると考えたのである。
また,こうした学習サイクルは一朝一夕には形成されるものではない。そこでいくつかの工夫も加えた。例えば,予習については,発達段階を考慮した指導を行った。低学年では学習ページを読んできて,分かったことにアンダーラインをひく,基本の問題を考えてみる,分かったことや思ったことをノートに書くように指導した。中学年では,分からなかったこと,難しかったことをノートにかく,高学年では自分のめあてを書くといったことを目標とした。さらに,ノート週間といった期間を設けて,自主学習ノートや授業ノートを公開し,子ども同士が学びあえる環境を準備した。
1年目には「教えて考えさせる授業」にとりくんだものの学習成果があがらないという悩みが見られたが,こうした取り組みを行うようになった2年目からは学力の向上が数値の上でもみとめられるようになった。本発表では,認知心理学の理論をふまえながらも,学校現場が主体となってどのような工夫として具体化したのかについて紹介する。
【話題提供3】
柏島実践の心理学的位置づけとその具体
-ある授業のノートの分析をふまえて-
植阪友理
発表者は岡山県学力・人間力育成推進会議に立ち上げ当初からかかわっている。IFプランに参加した様々な実践の中でも,柏島小学校の実践には,単なる心理学の知見の活用を超えた,現場の独自の工夫が多く見受けられる。こうした工夫は自己調整学習をはじめとする認知心理学にとっても参考になるものである。本発表では,柏島小学校の理論的および実践的な位置づけを明らかにするとともに,ある授業のノート分析を通じて,柏島小学校の実際の子どもの姿を伝えることを目指す。
■柏島実践の実践的・心理学的位置づけ
自己調整学習研究では,自立した学習者を育てるために,様々なレベルの学習サイクルを継ぎ目なく回していくことが有効と考えられている。こうした観点に立って,学校の授業を見直してみると,予習(予見)→授業(遂行)→授業後の自己評価(自己省察)も1つのサイクルと考えることができる。しかし,従来の自己調整学習研究における介入研究の多くは,単元の学習とは独立した形で行われている。すなわち,上述したレベルで学習サイクルを捉え,日々の教科学習を通じて自立した学習者の育成につなげようとする試みはほとんど行われていない。一方,柏島小学校では,予習段階における「めあて」,授業,自己評価を一連の学習サイクルと捉え,それらを有機的に関連づける工夫を具体的に提案している。こうした取り組みは,実践的にも多くの点でユニークといえる。例えば,学力の定着は喫緊の課題とされているが,授業の改善,家庭学習といったいずれかの手だてを取るのみならず,両者をうまく連動させることで成果をあげていると捉えることができる。
■ノートの分析からみえる子どもの様子
柏島実践については,『「予習の際に子ども自身がめあてをもち,授業にのぞむ」という想定された学習のプロセスは,小学校で本当に可能なのか』といった疑問や,『めあてをもって授業にのぞむと本当に理解は深まるのか』,『クラス全体ではどのような特徴がみられるのか』といった疑問が生じる。これらの問いを,この実践に中心的にかかわった教師のある授業(小数÷小数の筆算の単元)における子どものノートと教師のインタビューを分析し明らかにする。柏島実践をより深く理解するための材料を提供できればと考えている。
本シンポジウムの目的は,「自ら学び自ら考える自立した学習者」すなわち自己調整学習者の育成に対して,ある小学校における教育実践がどのように迫っているかについて明らかにすることである。
我が国においては,小中学生の自己調整学習の現状を明らかにする調査研究は数多く行われているものの,自己調整学習を学校場面で訓練する介入研究は少ない。しかし教育実践の場では,小学生,特に中・低学年児に対しても,学習を自立して進めていく力の育成に積極的に取り組み,成果を上げる学校が見られるようになってきている。
本シンポジウムでは,まず,先行する欧米の研究に関するメタ分析研究の知見をもとに,小学生に対する自己調整学習の教育可能性について述べる。次に,自己調整学習ができる子どもを育成する取り組みを積極的に推進してきた岡山県柏島小学校の実践について,授業や家庭学習における取り組みを中心に,この実践に中心的にかかわった前校長から具体的に報告する。そして実践に関わった研究者が,自己調整学習研究の視点から実践を位置づける。また,授業におけるノートの分析や教師インタビューから見えてくる子どもの実際の様子についても紹介する。話題提供後には自己調整ができる学習者の育成方法について,参加者とともに,認知発達面・カリキュラム面・家庭環境面など多角的な視点から議論し,実践と研究の両面において示唆を得ることをめざす。
【話題提供1】
小学生に対する自己調整学習の教育可能性
-メタ分析研究からの示唆-
瀬尾美紀子
自己調整学習の促進に関する欧米の先行研究では,多くの学校教育実践プログラムが開発され効果の検証が行われてきている。90年代前半までの研究は,大半が中学,高校あるいは大学生を対象としたもので,それらと比べて小学生対象のものは数が少ないことが示されている(Hattie, Biggs, & Purdie, 1996)。自己調整学習に不可欠なメタ認知について,小学校低学年児や幼児はまだ十分に機能させることが難しいといった70~80年代における研究結果が,小学生,特に中・低学年児に対するプログラム開発研究を抑制してきたことが推察される。
しかし,「メタ認知に関する実験課題を低学年児の多くが解決できない」ということと,「低学年児に対して自己調整学習やメタ認知を訓練しても効果がない」ということとは区別して考える必要があるだろう。Dignath, Buettner, Langfeldt(2008)は,Hattie et al.(1996)のメタ分析以降に実施された約10年間分の小学生に対する30の介入研究をメタ分析し,自己調整学習全般(自己調整学習方略使用や動機づけ向上)に十分な効果量を示したことを報告している。さらに学年の影響を調べた分析では,自己調整学習方略の使用に対して,低学年児に対するプログラムが高学年児よりも有意に大きな効果をもたらしたことが明らかになった。Hattie et al.(1996)でも,中学や高校生よりも年少の小学生の方がより大きな効果を示したことが報告されている。これらの結果から,自己調整学習,特に方略使用に対しては小学校低学年からの指導が効果的である可能性が高い。
【話題提供2】
日々の授業を通じてメタ認知を育てる
―倉敷市立柏島小学校の実践-
藤澤信義
倉敷市立柏島小学校は,平成19年度から24年度にかけて,岡山県学力・人間力育成推進会議が推進しているIFプランと呼ばれる認知心理学を参考にした実践研究に取り組んできた(発表者は,平成19年度から22年度まで,校長としてこの実践に中心的にかかわった)。
この実践では,実践2年目の平成20年度から,目指す学習者像として「メタ認知の力がついた子ども」を設定し,これを中心に研究を進めるようになった。本校では「メタ認知の力がついた状態」とは,分かったこと・分からなかったことが自分で分かる状態,さらに,分からないことが分かったこと分かろうとする子どもと捉えている。
こうした学習者像を実現するための手立てとして,「教えて考えさせる授業」と授業前の予習をうまく連動させることを目指した。予習では,何が分かって何が分かっていないのかをはっきりさせ,「めあて意識」をもって授業にのぞむことを期待した。これは予習段階でのメタ認知である。具体的には「ここまでは分かったけど,ここからは分からないので~」や「だいたい分かった。でも説明まではできないよ。~」といった具合に,何のための授業にのぞむのかという目的意識を明確にさせ,授業に主体的に取り組むための構えを持たせることとしたのである。
さらに,授業では「教えて考えさせる授業」を取り入れ,めあてにつながるような授業を心がけた。例えば,冒頭の教師からの説明では,作業的・体験的な活動など,具体的な活動や対話を通して,子ども自身が意味を十分に理解できるように配慮した。意味の理解は,手続きの学習であっても重視した。さらに,本時に必要な方略(こうやったらできるんだな)や,考え方(こうやったらできるんだな)についても,子どもに伝わるように配慮した。教師に説明の次に設けられている,理解確認や理解深化とよばれる段階では,教師が分かりやすく教えるのみならず,その意味を子ども自身も説明できるようになることを重視した。さらに,学んだ考え方や方略を使ってみると,すこし難度が高い問題でも解決できる体験などを取り入れ,なるほどこういう方法をとれば良かったのだという感覚や,この次はこうやったら出来そうだという見通しを持たせるように心がけた。
授業の最後に行われている自己評価では,1)分かったこととして,内容にかかわること,理解の変容にかかわること,学び方(方略)にかかわることなどを記載できること,さらに,2)まだわかっていないこと(自分にとっての疑問)についても記載できることを目指した。これは,自己評価段階におけるメタ認知である。こうした一連の働きかけの総体として,子どものメタ認知が向上し,見通しがもてることで学習意欲が高まり,学力向上にもつながると考えたのである。
また,こうした学習サイクルは一朝一夕には形成されるものではない。そこでいくつかの工夫も加えた。例えば,予習については,発達段階を考慮した指導を行った。低学年では学習ページを読んできて,分かったことにアンダーラインをひく,基本の問題を考えてみる,分かったことや思ったことをノートに書くように指導した。中学年では,分からなかったこと,難しかったことをノートにかく,高学年では自分のめあてを書くといったことを目標とした。さらに,ノート週間といった期間を設けて,自主学習ノートや授業ノートを公開し,子ども同士が学びあえる環境を準備した。
1年目には「教えて考えさせる授業」にとりくんだものの学習成果があがらないという悩みが見られたが,こうした取り組みを行うようになった2年目からは学力の向上が数値の上でもみとめられるようになった。本発表では,認知心理学の理論をふまえながらも,学校現場が主体となってどのような工夫として具体化したのかについて紹介する。
【話題提供3】
柏島実践の心理学的位置づけとその具体
-ある授業のノートの分析をふまえて-
植阪友理
発表者は岡山県学力・人間力育成推進会議に立ち上げ当初からかかわっている。IFプランに参加した様々な実践の中でも,柏島小学校の実践には,単なる心理学の知見の活用を超えた,現場の独自の工夫が多く見受けられる。こうした工夫は自己調整学習をはじめとする認知心理学にとっても参考になるものである。本発表では,柏島小学校の理論的および実践的な位置づけを明らかにするとともに,ある授業のノート分析を通じて,柏島小学校の実際の子どもの姿を伝えることを目指す。
■柏島実践の実践的・心理学的位置づけ
自己調整学習研究では,自立した学習者を育てるために,様々なレベルの学習サイクルを継ぎ目なく回していくことが有効と考えられている。こうした観点に立って,学校の授業を見直してみると,予習(予見)→授業(遂行)→授業後の自己評価(自己省察)も1つのサイクルと考えることができる。しかし,従来の自己調整学習研究における介入研究の多くは,単元の学習とは独立した形で行われている。すなわち,上述したレベルで学習サイクルを捉え,日々の教科学習を通じて自立した学習者の育成につなげようとする試みはほとんど行われていない。一方,柏島小学校では,予習段階における「めあて」,授業,自己評価を一連の学習サイクルと捉え,それらを有機的に関連づける工夫を具体的に提案している。こうした取り組みは,実践的にも多くの点でユニークといえる。例えば,学力の定着は喫緊の課題とされているが,授業の改善,家庭学習といったいずれかの手だてを取るのみならず,両者をうまく連動させることで成果をあげていると捉えることができる。
■ノートの分析からみえる子どもの様子
柏島実践については,『「予習の際に子ども自身がめあてをもち,授業にのぞむ」という想定された学習のプロセスは,小学校で本当に可能なのか』といった疑問や,『めあてをもって授業にのぞむと本当に理解は深まるのか』,『クラス全体ではどのような特徴がみられるのか』といった疑問が生じる。これらの問いを,この実践に中心的にかかわった教師のある授業(小数÷小数の筆算の単元)における子どものノートと教師のインタビューを分析し明らかにする。柏島実践をより深く理解するための材料を提供できればと考えている。