日本教育心理学会第58回総会

講演情報

ポスター発表 PG(65-89)

ポスター発表 PG(65-89)

2016年10月10日(月) 10:00 〜 12:00 市民ギャラリー (1階市民ギャラリー)

[PG88] 境界知能児のIQはなぜ低いのか?

知能構造の差異による影響の可能性

緒方康介 (大阪府岸和田子ども家庭センター)

キーワード:因子不変性, WISC-IV, シミュレーション

 定型発達児の知能研究や障がい児の臨床研究に比較すると,境界知能児の研究報告は極めて少なく,診断,定義,概念の共通認識さえ充分ではない(Salvador- Carulla et al., 2013)。それでもIQ分布がベルカーブに従う限り,約13.6%にも及ぶ境界知能児の出現は避けられない。しかし現時点では障がいの診断も下りず(Wieland & Zitman,2015),境界知能だけが問題の場合,単なる学習遅滞児と捉えられ,支援の網目からは抜け落ちやすい。むしろ臨床現場では,不登校,非行,虐待など,他の問題のある児童として専門家の前に現れ,アセスメントの過程で発見されている。
 不登校や非行が学力を停滞させ,IQ低下を導くのか,虐待の被害が知的発達を抑制してしまうのか,いずれにせよ生育歴を背景にした因果論では過去を無に帰すことはできず,環境条件を適正化しただけでIQが促進されるわけではない。むしろ生育歴の相違を超えて,境界知能児に共通する知能特徴を描出することが,臨床支援にとって有効と考えられる。将来的な支援法の構築を射程に置き,境界知能児のIQが低い原因を探索すべく,本研究では知能構造の因子不変性を検証した。
方   法
 児童相談所で実施されたWISC-IVのデータを収集した。FIQの範囲が71-84の児童266名から,符号と記号探しの課題が異なるため,7歳以下の16名を除外した8-16歳(M = 12.6, SD = 2.6)の児童250名(女児84名)を境界群とした。
 NUMERICAL TECHNOLOGIES社のフリーソフトNtRand3.3を用いて多変量正規分布から乱数生成により規準集団をシミュレートした。日本版WISC-IVのマニュアルによると,標準化は児童1,293名に基づいているが,本研究の目的となる因子分析では1,285名のデータが使用されていた(Wechsler,2003 日本版WISC-IV刊行委員会,2010)。マニュアルから,基本10検査の評価点平均10と内部相関に基づく分散・共分散行列を指定し,生成した1,285のデータを乱数群とした。
 『行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律』に基づき,学術目的の例外にあたるが,倫理的観点から,データ利用に関しては当該児童相談所長の許可を得た。
結   果
 正規分布,内部相関,探索的因子分析,検証的因子分析を通して,乱数群の統計値がマニュアル記載の規準値と近似していることを確認した。
 乱数群と境界群における基本10検査の内部相関を計算したところ,規準集団をシミュレートした乱数群(.15 <r< .58)と異なり,境界群(-.29 <r<.36)の内部相関は全般的に低く,負の値さえ含まれていた。
 マニュアル記載の4因子モデルに従って,多母集団同時分析により因子不変性を検証した。Tableに示した通り,配置不変と測定不変は成立していたが,強因子不変は成立しなかった。測定不変モデルにおける因子間相関は,すべて正の値であった乱数群(.38 <r< .70)に対して,境界群(-.64 <r< -.08)ではすべて負の値となった。
考   察
 測定不変が成立したことから,境界知能児といえども各下位検査は理論通り想定された因子を反映していた。しかしながら,因子間相関が負の値を示したことから,ある下位検査を解く際に,当該因子とは別の因子が機能しないか,むしろ阻害している可能性が考えられた。すなわち,1つの下位検査に取り組む際,定型発達児であれば,主たる能力以外の能力も同時促進的に解決に貢献するのに対して,境界知能児ではそうした協同がなく,互いに抑制さえしてしまうことが低いIQを引き起こす原因の1つと考えられる。
 心理現象をすべて生理機序に帰する還元主義の立場から分析結果を考察すると,どのような生育歴であろうと,結局は脳機能が有機的に連携しないことが原因となる。したがって本知見に即せば,複数の能力を同時発揮するための訓練法や局在する脳機能の連携を促す薬理作用の開発が,境界知能児の臨床支援として期待できるかも知れない。