[PG27] 講義型授業における大学生の認知的能動性の検討
コメントペーパーの記述分析から
キーワード:認知的能動性, 授業研究, 大学生
問題と目的
大学教育の質の向上に向けた施策の一つとしてアクティブ・ラーニングの導入が謳われているが,その形態は一般的に探求学習やプロジェクト型学習等の行動的活動を想定していることが多い。しかし,ある知識の獲得やその適用等を学習目標とするならば,授業では学習者の認知的活動を促すことに焦点を置かなければならないだろう。関連してMayer(2014)は,activityを行動的活動と認知的活動の二軸から捉え,後者に焦点を当て教授法を検討することの必要性について論じている。では,従来批判の対象とされてきた講義型の一斉授業において,学習者の認知的活動はどれほど生じているのだろうか。本研究では,このことについて明らかにするため,授業のコメントペーパー記述に注目し,その内容を分析することで検討する。その際,Chi(2009)の指摘するconstructive learningの認知的過程,すなわち既有知識との関連づけ,学習者による質問生成といった認知的能動性がどの程度生じているかに着目する。
方 法
分析対象とした授業 一般教養科目「心理学」である。学習目標は,心に関する一般法則および日常生活経験との関連について理解すること,それらを自分の言葉でまとめられることである。当該授業は同一内容を2クラス(A,Bの順)で展開している。授業者は筆者である。分析対象は「感覚」の回とした。それは一般法則と事例が比較的明瞭であり,学習者にとって生活経験と結びつけやすいと想定したことによる。授業は2017年実施,分析対象の受講生はAクラス132名,Bクラス55名である。
授業展開(概要) まず五感の種類および感覚様相を取り上げ,感覚の生じるプロセス,刺激量と感覚の関係(刺激閾,刺激頂,弁別閾)について説明した。その後,感覚の一般的特性として順応,対比,マスキングを取り上げ,その説明とともに生活場面で経験する現象を例示した。順応は嗅覚(部屋の匂いが最初はきつくても徐々に気にならなくなる),味覚(甘い菓子を食べた後に果物を食べると,果物の甘さを感じにくくなる),視覚(暗順応,明順応)を取り上げた。また皮膚感覚の痛覚は順応が起こりにくいことに触れた。対比は味覚(塩チョコなど甘いものに塩味を加えると甘さが引き立つ),視覚(明るさの対比)を取り上げた。マスキングは聴覚(街中の雑踏では普段の会話が聞こえない),嗅覚(部屋の不快な匂いを芳香剤で隠す)を取り上げた。最後に,感覚様相の相互関係について食事を例に説明した。
コメントペーパーの構成 授業の最後に10分弱時間を取りコメントペーパーへの記入を求めた。構成は(1)例示課題,(2)疑問・質問,(3)感想からなる。当該授業の例示課題は「順応,対比,マスキングの日常場面の例を挙げる」ことであった。
結果と考察
例示課題の一人当たり平均記述数はAクラス1.3,Bクラス1.6,無記入はそれぞれ3名,1名であった。(1)例示課題について,授業で紹介した事例以外(授業外の例)の記述数はAクラス132(全記述数の80%),Bクラス77(89%)であり,学習者は積極的に事例探しを行っていたことがうかがえた(Table1)。ただし,内容をみると,順応の例として「感覚」以外の馴化にあたる例や,カテゴリ間違い(マスキングと対比の取り違えや,感覚特性の例にあたらないもの)がAクラスで特に多くみられた。一方,(2)疑問・質問の記入人数はAクラス15名(11%),Bクラス18名(33%)であった。(3)感想では,日常生活場面や自身の既有知識と関連づけるなどして新たな気づきを得ていた者がAクラス18名(14%),Bクラス14名(25%)であった。このように,コメントペーパーの例示課題の記述からは,多くの学習者が積極的に授業内の情報と自身の経験や知識とを結びつけようとしていることがうかがえた。一方,質問や感想記述ではその割合は決して高くはなかった。単に質問や感想を書かせるだけでは,そのような学習者の積極性がみえにくくなっている可能性がある。
大学教育の質の向上に向けた施策の一つとしてアクティブ・ラーニングの導入が謳われているが,その形態は一般的に探求学習やプロジェクト型学習等の行動的活動を想定していることが多い。しかし,ある知識の獲得やその適用等を学習目標とするならば,授業では学習者の認知的活動を促すことに焦点を置かなければならないだろう。関連してMayer(2014)は,activityを行動的活動と認知的活動の二軸から捉え,後者に焦点を当て教授法を検討することの必要性について論じている。では,従来批判の対象とされてきた講義型の一斉授業において,学習者の認知的活動はどれほど生じているのだろうか。本研究では,このことについて明らかにするため,授業のコメントペーパー記述に注目し,その内容を分析することで検討する。その際,Chi(2009)の指摘するconstructive learningの認知的過程,すなわち既有知識との関連づけ,学習者による質問生成といった認知的能動性がどの程度生じているかに着目する。
方 法
分析対象とした授業 一般教養科目「心理学」である。学習目標は,心に関する一般法則および日常生活経験との関連について理解すること,それらを自分の言葉でまとめられることである。当該授業は同一内容を2クラス(A,Bの順)で展開している。授業者は筆者である。分析対象は「感覚」の回とした。それは一般法則と事例が比較的明瞭であり,学習者にとって生活経験と結びつけやすいと想定したことによる。授業は2017年実施,分析対象の受講生はAクラス132名,Bクラス55名である。
授業展開(概要) まず五感の種類および感覚様相を取り上げ,感覚の生じるプロセス,刺激量と感覚の関係(刺激閾,刺激頂,弁別閾)について説明した。その後,感覚の一般的特性として順応,対比,マスキングを取り上げ,その説明とともに生活場面で経験する現象を例示した。順応は嗅覚(部屋の匂いが最初はきつくても徐々に気にならなくなる),味覚(甘い菓子を食べた後に果物を食べると,果物の甘さを感じにくくなる),視覚(暗順応,明順応)を取り上げた。また皮膚感覚の痛覚は順応が起こりにくいことに触れた。対比は味覚(塩チョコなど甘いものに塩味を加えると甘さが引き立つ),視覚(明るさの対比)を取り上げた。マスキングは聴覚(街中の雑踏では普段の会話が聞こえない),嗅覚(部屋の不快な匂いを芳香剤で隠す)を取り上げた。最後に,感覚様相の相互関係について食事を例に説明した。
コメントペーパーの構成 授業の最後に10分弱時間を取りコメントペーパーへの記入を求めた。構成は(1)例示課題,(2)疑問・質問,(3)感想からなる。当該授業の例示課題は「順応,対比,マスキングの日常場面の例を挙げる」ことであった。
結果と考察
例示課題の一人当たり平均記述数はAクラス1.3,Bクラス1.6,無記入はそれぞれ3名,1名であった。(1)例示課題について,授業で紹介した事例以外(授業外の例)の記述数はAクラス132(全記述数の80%),Bクラス77(89%)であり,学習者は積極的に事例探しを行っていたことがうかがえた(Table1)。ただし,内容をみると,順応の例として「感覚」以外の馴化にあたる例や,カテゴリ間違い(マスキングと対比の取り違えや,感覚特性の例にあたらないもの)がAクラスで特に多くみられた。一方,(2)疑問・質問の記入人数はAクラス15名(11%),Bクラス18名(33%)であった。(3)感想では,日常生活場面や自身の既有知識と関連づけるなどして新たな気づきを得ていた者がAクラス18名(14%),Bクラス14名(25%)であった。このように,コメントペーパーの例示課題の記述からは,多くの学習者が積極的に授業内の情報と自身の経験や知識とを結びつけようとしていることがうかがえた。一方,質問や感想記述ではその割合は決して高くはなかった。単に質問や感想を書かせるだけでは,そのような学習者の積極性がみえにくくなっている可能性がある。