準備委員長あいさつ・ご案内
第60回総会準備委員会 (慶應義塾大学)
委員長 安藤寿康
日本教育心理学会総会も第60回を迎えることになりました。人ならば還暦の年。わが国の教育心理学研究史のこの大きな節目を,ここ慶應義塾大学で迎えることになった運命と重責を感じています。
今年,慶應義塾大学も創立160年目を迎えます。九州中津の藩士だった福澤諭吉が安政5年(1858年),江戸築地の中津藩中屋敷に開いた私塾が,のちの慶應義塾でした。その翌年,外国人居留地のあった横浜に出向き,それまで学んでいたオランダ語が全く役に立たないことに衝撃を受けた諭吉は,以来英語を精力的に習得,西欧の思想を貪欲に学び,また自ら考え,近代に突入した迷える日本の拠って立つべき精神的支柱となるさまざまな言葉を残しました。
そのひとつが「実学」です。いまでこそ「実用的な役に立つ学問」という意味としてしか使われなくなったこの言葉ですが,福澤はこれを“science”,つまりいまわたしたちが身と心をささげている「科学」の訳語として充て,「サイヤンス」と呼んだのでした。それは単に自然科学だけでなく,人文科学も社会科学も包含し,広く実証的に論理立てて物事を究明してゆく知的営み全般を指していました。しかもそれが机上の空論に終わることなく,現実の世界を批判的・合理的にとらえ,迷信や偏見から解放された社会の形成を目指すものでした。
いささか我田引水になりますが,この姿勢が「教育」に向かうとき,それはまさに「教育心理学」がとるべき姿勢といえるのではないでしょうか。そしていま,「実学(サイヤンス)」としての教育心理学が,その名にふさわしい学問的成果をきちんと世に示すことができているかをふりかえって考えるべきときなのではないでしょうか。
日本教育心理学会はいまや6,300人を数える学会となりました。教師として実践に携わる会員の発表も充実するようになり,その裾野は教育現場に深く入り込んだ研究から脳・遺伝子を扱った研究まで広がって,かつてのような「教育心理学の不毛論争」は影を潜めたかのように見えます。しかしそのあまりの広さとそれが生み出す局所的な豊かさがかえって災いし,実のところ会員一人ひとりの研究や実践が他の多様な研究や実践と「科学=実学(サイヤンス)」的に結びつき,価値ある理論を育て,学問的・実践的認識を深めることに本当に寄与しているのか,いささか不安に思うことも多くなりました。名古屋大学での第59回総会で掲げられたテーマ「実践を豊かにする確かな理論」を見たとき,同じ思いがあることを感じました。
その意味で,「教育を実学(サイヤンス)する」という本年度のテーマは,見かけこそ慶應義塾大学風の体裁をとってはいますが,こんにち教育心理学に関わる者が共通して抱き,そしてこれからも追い求めていかなければならない普遍的なテーマであると思います。今回,招待講演をご快諾くださったElsbeth Stern先生はその意味でまさに教育心理学の王道を行く研究者といえるでしょう。それ以外にも教育心理学を多様な角度から考え直すためのさまざまな企画を用意いたしました。
会員のみなさまには,日ごろの研究・実践を改めて根本から見直していただく機会として,第60回の記念総会が開催される慶應義塾大学日吉キャンパス(三田ではありません,おまちがえなきよう)にふるってご参集いただけますことを,心より願っております。
会員の皆様へ,「第60回(2018年)総会のご案内」をお送りしました。以下よりダウンロードもできます。
第60回(2018年)総会のご案内 (PDF:812KB)