[PD66] 学級規模のTIMSS2015小学校第4学年理科への効果
操作変数を用いた家庭の学習資源の多寡によるカリキュラムの被覆状況別の分析
キーワード:学級規模、操作変数、特性・処遇・課題交互作用
問題・目的
学級規模について,萩原・山森・松原(2018)は,TIMSS2015の日本の公開データを用いて,小学校第4学年理科到達度への効果を,家庭の学習資源の多寡による部分母集団の分析によって探索的に検討した。その際には,各学校の重み因子の変数及び各学校が単学級かのダミー変数を操作変数として用いた。このことによって,学級規模にも学力にも影響を与える共変量がモデルから欠落した場合に,学級規模と学力の誤差項との間に相関が生じるという内生性の問題に対処した。その結果,当該の操作変数を通じた学級規模増の小学校第4学年理科到達度への平均的な効果は,特に家庭の学習資源が少ない児童には負であることが示唆された。
本研究では,特性・処遇・課題交互作用(TTTI: Berliner & Cahen, 1973)の考え方を援用し,新たに課題の観点を加える。具体的には,日本のカリキュラムの被覆状況(各調査項目の内容が国の調査学年までのカリキュラムに含まれたものであるか,以下,被覆状況)を取り上げる。萩原ら(2018)では,データにある理科到達度の推算値を用いたが,本研究では,被覆状況別に各項目を分類し,この分類ごとに因子を仮定し,確認的な多次元項目反応モデルを用いて,因子ごとに各児童の推算値を求める。以上より,どのような家庭の学習資源の児童にとって,どのような被覆状況のテストに対して,学級規模がどのような効果を示すかについて検討するのが本研究の目的となる。本研究では,家庭の学習資源の多寡による多母集団モデルを用いた学級規模の効果の結果を報告する。
方 法
分析対象:TIMSS2015の日本の小学校公開データ。
変数とモデル:グループ化変数・・・児童及び保護者質問紙に基づく家庭の学習資源の指標(3種類)。被説明変数・・・被覆状況別に,算数・理科の各項目を分類し,教科と被覆状況の組合せによる4因子を仮定した多次元の項目反応モデルで解答データを分析した。このモデルを,MCMCを用いてベイズ推定し,児童ごとに各因子につき10ずつの推算値を得た。このうち,理科に関する被覆状況別の2種類の推算値を用いた。説明変数(被説明変数へのパス)・・・学級規模(教師質問紙の回答と公開データから求めた児童数の大きい方)。操作変数(説明変数へのパス)・・・学校の重み因子の変数及び単学級かのダミー変数。共変量(被説明変数及び説明変数へのパス)・・・児童の性別・年齢,学校質問紙に基づく児童の経済的背景による学校の構成の指標(3種類及び欠損,欠損を参照カテゴリ),教師質問紙に基づく各児童の担当教師が(皆)女性かのダミー変数,(皆)理科の専門かのダミー変数,及び(平均)教職経験年数。なお,説明変数の誤差項と被説明変数の誤差項との間に共分散を設定し推定した。
分析方法:項目反応モデルを含め,分析にはMplus ver. 8.1(Muthén & Muthén,1998-2018)を用いた。学級規模の効果の分析の際は,学校IDのクラスタリングと各児童の標本の重み,及び推算値を考慮する方法で多母集団モデルを最尤推定した。共変量の有無別及び被覆状況別に分析した。
結果・考察
操作変数が弱相関でないことは,萩原ら(2018)で確認していた。ただし,下記の共変量ありのモデルでは,多母集団モデルの分析の際に,児童の経済的背景による学校の構成の指標で問題が生じたため,3種類目(より不利とされる学校)と欠損の場合を参照カテゴリとした。
カリキュラムの被覆がある場合の推算値を被説明変数として用いたモデルの平均の適合度は,χ2(3)=6.746,RMSEA=0.026,CFI=0.996,SRMR=0.006であった。学級規模の係数の推定値は,家庭の学習資源が多い児童(127校523人)では-0.010,ある程度家庭の学習資源がある児童(148校3678人)では0.010,家庭の学習資源が少ない児童(47校67人)では-0.064であった。検定の数を3としてHolmの方法で全体の有意水準が5%になるようにした結果,有意なものはなかった(群間の有意差もなかった)。カリキュラムの被覆がない場合の推算値を用いたモデルの平均の適合度は,χ2(3)=5.198,RMSEA=0.019,CFI=0.998,SRMR=0.005であった。学級規模の係数の推定値は順に,-0.009,0.009,-0.081であり,同様の方法で有意水準を調整した上で,家庭の学習資源が少ない児童について有意であった。推定値の差で見ても,この群は他の2群より有意に小さかった。なお,共変量がないモデルでも上記と同様の検定結果であった。
モデルの適合度は概ね良く,結果を解釈すると,当該の操作変数を通じた学級規模増の小学校第4学年理科への平均的な効果は,特にカリキュラムの被覆がない場合,家庭の学習資源が少ない児童には負であることが示唆された。授業でカリキュラムの内容を学習する以外に児童が学級で理科にアクセスできる機会が大規模学級ほど少なく,その影響は特に家庭の学習資源が少ない児童に見られやすい可能性も考えられるが,別のデータセットでこのことや結果の再現可能性が検証される必要がある。
付 記
SOURCE: TIMSS 2015 User Guide for the International Database. Copyright © 2017 International Association for the Evaluation of Educational Achievement (IEA). Publishers: TIMSS & PIRLS International Study Center, Lynch School of Education, Boston College and IEA.
本研究の一部は JSPS 科研費(17K04599)の助成を受けたものである。
学級規模について,萩原・山森・松原(2018)は,TIMSS2015の日本の公開データを用いて,小学校第4学年理科到達度への効果を,家庭の学習資源の多寡による部分母集団の分析によって探索的に検討した。その際には,各学校の重み因子の変数及び各学校が単学級かのダミー変数を操作変数として用いた。このことによって,学級規模にも学力にも影響を与える共変量がモデルから欠落した場合に,学級規模と学力の誤差項との間に相関が生じるという内生性の問題に対処した。その結果,当該の操作変数を通じた学級規模増の小学校第4学年理科到達度への平均的な効果は,特に家庭の学習資源が少ない児童には負であることが示唆された。
本研究では,特性・処遇・課題交互作用(TTTI: Berliner & Cahen, 1973)の考え方を援用し,新たに課題の観点を加える。具体的には,日本のカリキュラムの被覆状況(各調査項目の内容が国の調査学年までのカリキュラムに含まれたものであるか,以下,被覆状況)を取り上げる。萩原ら(2018)では,データにある理科到達度の推算値を用いたが,本研究では,被覆状況別に各項目を分類し,この分類ごとに因子を仮定し,確認的な多次元項目反応モデルを用いて,因子ごとに各児童の推算値を求める。以上より,どのような家庭の学習資源の児童にとって,どのような被覆状況のテストに対して,学級規模がどのような効果を示すかについて検討するのが本研究の目的となる。本研究では,家庭の学習資源の多寡による多母集団モデルを用いた学級規模の効果の結果を報告する。
方 法
分析対象:TIMSS2015の日本の小学校公開データ。
変数とモデル:グループ化変数・・・児童及び保護者質問紙に基づく家庭の学習資源の指標(3種類)。被説明変数・・・被覆状況別に,算数・理科の各項目を分類し,教科と被覆状況の組合せによる4因子を仮定した多次元の項目反応モデルで解答データを分析した。このモデルを,MCMCを用いてベイズ推定し,児童ごとに各因子につき10ずつの推算値を得た。このうち,理科に関する被覆状況別の2種類の推算値を用いた。説明変数(被説明変数へのパス)・・・学級規模(教師質問紙の回答と公開データから求めた児童数の大きい方)。操作変数(説明変数へのパス)・・・学校の重み因子の変数及び単学級かのダミー変数。共変量(被説明変数及び説明変数へのパス)・・・児童の性別・年齢,学校質問紙に基づく児童の経済的背景による学校の構成の指標(3種類及び欠損,欠損を参照カテゴリ),教師質問紙に基づく各児童の担当教師が(皆)女性かのダミー変数,(皆)理科の専門かのダミー変数,及び(平均)教職経験年数。なお,説明変数の誤差項と被説明変数の誤差項との間に共分散を設定し推定した。
分析方法:項目反応モデルを含め,分析にはMplus ver. 8.1(Muthén & Muthén,1998-2018)を用いた。学級規模の効果の分析の際は,学校IDのクラスタリングと各児童の標本の重み,及び推算値を考慮する方法で多母集団モデルを最尤推定した。共変量の有無別及び被覆状況別に分析した。
結果・考察
操作変数が弱相関でないことは,萩原ら(2018)で確認していた。ただし,下記の共変量ありのモデルでは,多母集団モデルの分析の際に,児童の経済的背景による学校の構成の指標で問題が生じたため,3種類目(より不利とされる学校)と欠損の場合を参照カテゴリとした。
カリキュラムの被覆がある場合の推算値を被説明変数として用いたモデルの平均の適合度は,χ2(3)=6.746,RMSEA=0.026,CFI=0.996,SRMR=0.006であった。学級規模の係数の推定値は,家庭の学習資源が多い児童(127校523人)では-0.010,ある程度家庭の学習資源がある児童(148校3678人)では0.010,家庭の学習資源が少ない児童(47校67人)では-0.064であった。検定の数を3としてHolmの方法で全体の有意水準が5%になるようにした結果,有意なものはなかった(群間の有意差もなかった)。カリキュラムの被覆がない場合の推算値を用いたモデルの平均の適合度は,χ2(3)=5.198,RMSEA=0.019,CFI=0.998,SRMR=0.005であった。学級規模の係数の推定値は順に,-0.009,0.009,-0.081であり,同様の方法で有意水準を調整した上で,家庭の学習資源が少ない児童について有意であった。推定値の差で見ても,この群は他の2群より有意に小さかった。なお,共変量がないモデルでも上記と同様の検定結果であった。
モデルの適合度は概ね良く,結果を解釈すると,当該の操作変数を通じた学級規模増の小学校第4学年理科への平均的な効果は,特にカリキュラムの被覆がない場合,家庭の学習資源が少ない児童には負であることが示唆された。授業でカリキュラムの内容を学習する以外に児童が学級で理科にアクセスできる機会が大規模学級ほど少なく,その影響は特に家庭の学習資源が少ない児童に見られやすい可能性も考えられるが,別のデータセットでこのことや結果の再現可能性が検証される必要がある。
付 記
SOURCE: TIMSS 2015 User Guide for the International Database. Copyright © 2017 International Association for the Evaluation of Educational Achievement (IEA). Publishers: TIMSS & PIRLS International Study Center, Lynch School of Education, Boston College and IEA.
本研究の一部は JSPS 科研費(17K04599)の助成を受けたものである。