第18回日本クリティカルケア看護学会学術集会

講演情報

シンポジウム

[SY9] 最善の選択を目指す意思決定支援

2022年6月12日(日) 10:30 〜 11:50 第8会場 (総合展示場 E展示場)

座長:北村 愛子(大阪府立大学)
   福田 友秀(武蔵野大学看護学部)
演者:稲垣 範子(摂南大学看護学部看護学科)
   比田井 理恵(千葉県救急医療センター)
   則末 泰博(東京ベイ・浦安市川医療センター)

11:00 〜 11:25

[SY9-02] 「対話」を通して意味と価値を共有すること
~その人の生き物語と思いを知り、尊重するために~

○比田井 理恵1 (1. 千葉県救急医療センター)

キーワード:対話、患者の生き物語、意味と価値の共有

医療を利用する人々は、自分や家族の命の終焉や人生最期における医療のあり方についてイメージしたり、考えを深められている人ばかりではない。中でも、クリティカルケア領域の患者・家族は、突然の出来事に衝撃を受けている中で、大切な人の生命や人生に関わる意思決定を求められることも多い。その過程には大きな困難さをともない、支援の重要性が報告されている。このような意思決定を支援するうえで、患者・家族の「最善の選択」を目指すために必要なこと、重要なこととは何か。この議論に向けて、意思決定支援に携わった2事例を通して得た学びや示唆をもとに考えていきたい。
事例1は、呼吸不全の末期に近い状態にあるA氏の積極的治療の実施について、家族間で意見が分かれ家族・多職種カンファレンスを開催した事例である。家族の様々な疑問に多職種が各立場から応答し、各選択肢におけるメリット・デメリットと見通しについてのイメージ化を図り、共有した。同時に、家族からA氏の生きてきた過程-ここでは「生き物語」と呼ぶことにする-や大切にしていることなどをうかがい、対話を行う中でA氏と家族の生き物語への理解が深まり、最終的な家族の「積極的治療は行わず、苦痛緩和を図る」とする意思決定とその後の「家族が一緒にいられる時間を設ける」ことについて、参加していた医療者としても納得した感覚を覚えた。
事例2は、侵襲的治療は行わないとする明確な意思を持ち、終末期心不全で入院に至ったB氏が急に病態悪化を来した際に、当初B氏の意思を尊重し、苦痛緩和を積極的に行う方向性としていた家族がその意思を覆し、積極的治療を希望した事例である。結果としてB氏の意思は尊重されたが、このエピソードの背景には、積極的治療でB氏の状態が安定すれば、鎮痛鎮静も解除でき、家族との会話や時間を共に過ごすことができるという家族の希望をもとにした認識があった。医療者と家族との話し合いの際には共通理解・共通認識ができたと判断していたが、結果的にずれが生じていた。これは、治療選択において医療者側が家族の世界を十分理解するまで踏み込んだ対話に至れておらず、家族のもつイメージとその意味を共有できていなかったことが主な要因と考えている。
「最善の選択」とは、患者その人の生き物語における流れや信条を汲んで、“患者の生き方に添った選択”あるいは“患者らしい生き物語を全うできる選択” であると、患者・家族のみならず、関わる医療者も同様に感じ、納得できるものと考える。この状態を目指すためには、医療者は患者・家族の生き物語とともに、価値のあり様やその意味を知り理解すること、また、治療や各選択肢が患者の生き物語に及ぼす影響と意味について、患者・家族との対話を通して具体化し、共有することが重要なポイントになると考える。
「対話」は日常的に行う、当たり前のことと思いがちだが、相手の体験する世界を十分に理解するための「対話」は意識的で、自分の在り方や人間性が問われるものでもある。この「対話」は、意思決定支援に関わらず、すべての支援に共通する基盤となるものであり、そのスキルを磨き続けていくことがより質の高い支援につながると考える。