[S16P-07] 地震動予測および液状化発生率予測の高精度化のための50mメッシュ詳細微地形区分の検討
1.研究の目的
地震時の広域の被害想定に用いる,工学的基盤以浅の地盤の地震動増幅率や液状化危険度の評価精度を高めるためには,離散的に分布する地盤データの空間的な補間の精度を向上させることが必要である.現状の内閣府や自治体の被害想定では,250mメッシュの微地形区分を参照して地盤データの空間補間がされていることが多い(例えば文献1.以下,J-SHIS区分).過去の地震災害を振り返ると台地を通る細い谷筋や旧河道などの小規模な地形で局所的な被害が見られることがあり,地盤データの空間解像度を高めることは広域の地盤評価(地震動増幅率,液状化危険度)の精度向上に極めて有用と考えられる.本研究では,50m解像度での微地形区分データの作成手法を南関東の一部地域で検討・適用し,その成果の有効性を示す.本成果によって,今後,自治体での地震被害想定などにおいて高解像度でのデータ整備が進み,地震防災がさらに進展することを期待する.
2.詳細微地形区分作成の考え方・方法
詳細微地形区分の作成方法の概要を以下に述べる.武蔵野台地東部から東京低地,下総台地西部にかけての地域を例とした詳細微地形区分とJ-SHIS区分を図-1と図2に示す.
2-1. 「ベクトルタイル地形分類・詳細版」等の利用
詳細微地形区分の作成にあたっては,全国展開を念頭に置き,国土地理院から公開され,主要平野部で使用可能な「ベクトルタイル地形分類・詳細版」等のデータと5mないし10mのDEMを使用した.前者は,主に水害や土砂災害の危険度予測のために作成されたものであるが,地形境界がポリゴンで構成されており,20-30m以下の精度で地形境界が設定できる.台地と低地の区分,低地内の自然堤防,砂丘,砂州・砂礫洲,砂州・砂丘間低地などの特徴的な微地形で,JSHIS区分とベクトルタイル区分がおおむね対応付けられる場合には,ベクトルタイル区分を整理して50mメッシュ化した.後背湿地や旧河道など,両者で区分の考え方が異なる場合には,詳細化を優先してベクトルタイルの区分を採用した.台地については,南関東地域で優勢なJ-SHIS区分の「火山灰台地」は,ベクトルタイルデータでは区分されていないため,J-SHIS区分をもとにおおよその分布域を設定した.また,DEMから算出したメッシュ内の標高差分をもとに,他の微地形区分との境界部に崖を設定した.
2-2.侵食作用を考慮した微地形区分
J-SHIS区分では,侵食作用の影響の評価は区分の定義上では明示されておらず,堆積面ないしそれを構成する堆積層に主に着目している.しかし,南関東地域の台地で見られるように,侵食が火山灰層の堆積と同時進行し,幅の広い谷底低地が形成される(久保,19882))など,元の地形が侵食された凹地に地層が堆積することにより,侵食面の特性が地形として現れることがある.この点を考慮するため,本研究では,平坦面を構成する堆積作用のみでなく,斜面や凹地を形成する侵食作用の影響について,50mメッシュ内の標高差分と地上開度3)を用いて検討した.まず,台地内での侵食作用で形成された標高差分の大きい斜面をJ-SHIS区分にない「段丘崖」として抽出して微地形区分に追加した.また, 50mメッシュ毎の標高差分と標高データを用いたクラスター区分(k-means法)により,大河川や海岸沿いの平坦な低地と「谷底低地」を区分した.「谷底低地」については,さらに,地下の侵食面より下の基盤層の地質構成をシームレス地質図から推定し,物性値が異なる可能性のある細区分を設定した.
3.作成した詳細微地形区分の有効性
東北地方太平洋沖地震で液状化が確認された地点について,先名ほか(2021)4)による微地形のグルーピングに基づく液状化危険率評価が,微地形区分を詳細化することにより,どのように変わるかを検討した.詳細微地形区分では,JSHIS区分に比べて,液状化が発生しやすいGroup1,2(埋立地,低い砂丘,砂州・砂丘間低地)に区分される地点が増加し,液状化発生可能性の低いGroup5,6(台地,扇状地,後背湿地,谷底低地)に区分される地点の合計は減少した.また,地震動増幅率の指標となる,微動探査によるAVS30を微地形区分毎に整理すると,詳細微地形区分とJSHIS区分では,平均値はおおむね同様であるが,標準偏差は,関東平野の代表的な地形区分(全地点の約80%)のどの区分においても,詳細区分のほうが小さくなった.さらに,主要な微地形区分について1/2.5万図郭毎に2つの区分方法によるAVS30を比較すると,50%以上の図郭で詳細区分のほうがAVS30のばらつきが小さくなった.本研究で作成した詳細微地形区分では地形の表現力が向上したことで,既往地震における液状化分布との対応付けや地震動増幅率の精度が良好となり,これらの評価に有効と考えられる.
4.考察・今後の課題
対象地域において,本研究で作成した詳細微地形区分がJ-SHIS区分の同様の微地形と一致しない割合は,全体で40%以上(微地形区分毎で85~7%)である.また,対象範囲内の地震観測地点(K-NET,KiK-net,MeSO-net)において,台地と低地という大きな地形のくくりが一致しない割合は16%以上ある.このような地点では,微地形に基づく地震動評価や液状化予測精度,あるいは観測地震動の空間補間に使われる工学的基盤の地震動推定精度等の向上の可能性がある.一方,今回,微地形区分と地盤物性に対応関係を詳細に検討するために実施した,(谷底)低地を横断する稠密微動探査により,低地の中央付近には工学的基盤深度が深い埋没谷が,低地の端部には工学的基盤が浅い平坦面が分布する傾向がしばしば確認された.前者では,後者に比べて軟弱な沖積層が厚くAVS30が小さい.このような低地端部における地下の不整形の地盤物性への影響は,低地と台地や丘陵,山地との境界部の地形の詳細な区分があって初めて識別が可能である.なお,今後は,関東以外で対象微地形の範囲を広げた検討を実施していく予定としている.
文献
1) 若松加寿江・松岡昌志(2020):地形・地盤分類250mメッシュマップの更新,日本地震工学会誌,40,24-27.
2)久保純子(1988):相模野台地・武蔵野台地を刻む谷の地形-風成テフラを供給された名残川の谷地形,地理学評論61(Ser. A)-1 25~48.
3)横山隆三・白沢道生・菊池祐(1999):開度による地形特徴の表示, 写真測量とリモートセンシング, 38,4.
4)先名重樹,小澤京子,杉本純也(2021):近年の地震における液状化地点情報に基づく液状化危険率推定式の提案,日本地震工学会論文集,21,2.
地震時の広域の被害想定に用いる,工学的基盤以浅の地盤の地震動増幅率や液状化危険度の評価精度を高めるためには,離散的に分布する地盤データの空間的な補間の精度を向上させることが必要である.現状の内閣府や自治体の被害想定では,250mメッシュの微地形区分を参照して地盤データの空間補間がされていることが多い(例えば文献1.以下,J-SHIS区分).過去の地震災害を振り返ると台地を通る細い谷筋や旧河道などの小規模な地形で局所的な被害が見られることがあり,地盤データの空間解像度を高めることは広域の地盤評価(地震動増幅率,液状化危険度)の精度向上に極めて有用と考えられる.本研究では,50m解像度での微地形区分データの作成手法を南関東の一部地域で検討・適用し,その成果の有効性を示す.本成果によって,今後,自治体での地震被害想定などにおいて高解像度でのデータ整備が進み,地震防災がさらに進展することを期待する.
2.詳細微地形区分作成の考え方・方法
詳細微地形区分の作成方法の概要を以下に述べる.武蔵野台地東部から東京低地,下総台地西部にかけての地域を例とした詳細微地形区分とJ-SHIS区分を図-1と図2に示す.
2-1. 「ベクトルタイル地形分類・詳細版」等の利用
詳細微地形区分の作成にあたっては,全国展開を念頭に置き,国土地理院から公開され,主要平野部で使用可能な「ベクトルタイル地形分類・詳細版」等のデータと5mないし10mのDEMを使用した.前者は,主に水害や土砂災害の危険度予測のために作成されたものであるが,地形境界がポリゴンで構成されており,20-30m以下の精度で地形境界が設定できる.台地と低地の区分,低地内の自然堤防,砂丘,砂州・砂礫洲,砂州・砂丘間低地などの特徴的な微地形で,JSHIS区分とベクトルタイル区分がおおむね対応付けられる場合には,ベクトルタイル区分を整理して50mメッシュ化した.後背湿地や旧河道など,両者で区分の考え方が異なる場合には,詳細化を優先してベクトルタイルの区分を採用した.台地については,南関東地域で優勢なJ-SHIS区分の「火山灰台地」は,ベクトルタイルデータでは区分されていないため,J-SHIS区分をもとにおおよその分布域を設定した.また,DEMから算出したメッシュ内の標高差分をもとに,他の微地形区分との境界部に崖を設定した.
2-2.侵食作用を考慮した微地形区分
J-SHIS区分では,侵食作用の影響の評価は区分の定義上では明示されておらず,堆積面ないしそれを構成する堆積層に主に着目している.しかし,南関東地域の台地で見られるように,侵食が火山灰層の堆積と同時進行し,幅の広い谷底低地が形成される(久保,19882))など,元の地形が侵食された凹地に地層が堆積することにより,侵食面の特性が地形として現れることがある.この点を考慮するため,本研究では,平坦面を構成する堆積作用のみでなく,斜面や凹地を形成する侵食作用の影響について,50mメッシュ内の標高差分と地上開度3)を用いて検討した.まず,台地内での侵食作用で形成された標高差分の大きい斜面をJ-SHIS区分にない「段丘崖」として抽出して微地形区分に追加した.また, 50mメッシュ毎の標高差分と標高データを用いたクラスター区分(k-means法)により,大河川や海岸沿いの平坦な低地と「谷底低地」を区分した.「谷底低地」については,さらに,地下の侵食面より下の基盤層の地質構成をシームレス地質図から推定し,物性値が異なる可能性のある細区分を設定した.
3.作成した詳細微地形区分の有効性
東北地方太平洋沖地震で液状化が確認された地点について,先名ほか(2021)4)による微地形のグルーピングに基づく液状化危険率評価が,微地形区分を詳細化することにより,どのように変わるかを検討した.詳細微地形区分では,JSHIS区分に比べて,液状化が発生しやすいGroup1,2(埋立地,低い砂丘,砂州・砂丘間低地)に区分される地点が増加し,液状化発生可能性の低いGroup5,6(台地,扇状地,後背湿地,谷底低地)に区分される地点の合計は減少した.また,地震動増幅率の指標となる,微動探査によるAVS30を微地形区分毎に整理すると,詳細微地形区分とJSHIS区分では,平均値はおおむね同様であるが,標準偏差は,関東平野の代表的な地形区分(全地点の約80%)のどの区分においても,詳細区分のほうが小さくなった.さらに,主要な微地形区分について1/2.5万図郭毎に2つの区分方法によるAVS30を比較すると,50%以上の図郭で詳細区分のほうがAVS30のばらつきが小さくなった.本研究で作成した詳細微地形区分では地形の表現力が向上したことで,既往地震における液状化分布との対応付けや地震動増幅率の精度が良好となり,これらの評価に有効と考えられる.
4.考察・今後の課題
対象地域において,本研究で作成した詳細微地形区分がJ-SHIS区分の同様の微地形と一致しない割合は,全体で40%以上(微地形区分毎で85~7%)である.また,対象範囲内の地震観測地点(K-NET,KiK-net,MeSO-net)において,台地と低地という大きな地形のくくりが一致しない割合は16%以上ある.このような地点では,微地形に基づく地震動評価や液状化予測精度,あるいは観測地震動の空間補間に使われる工学的基盤の地震動推定精度等の向上の可能性がある.一方,今回,微地形区分と地盤物性に対応関係を詳細に検討するために実施した,(谷底)低地を横断する稠密微動探査により,低地の中央付近には工学的基盤深度が深い埋没谷が,低地の端部には工学的基盤が浅い平坦面が分布する傾向がしばしば確認された.前者では,後者に比べて軟弱な沖積層が厚くAVS30が小さい.このような低地端部における地下の不整形の地盤物性への影響は,低地と台地や丘陵,山地との境界部の地形の詳細な区分があって初めて識別が可能である.なお,今後は,関東以外で対象微地形の範囲を広げた検討を実施していく予定としている.
文献
1) 若松加寿江・松岡昌志(2020):地形・地盤分類250mメッシュマップの更新,日本地震工学会誌,40,24-27.
2)久保純子(1988):相模野台地・武蔵野台地を刻む谷の地形-風成テフラを供給された名残川の谷地形,地理学評論61(Ser. A)-1 25~48.
3)横山隆三・白沢道生・菊池祐(1999):開度による地形特徴の表示, 写真測量とリモートセンシング, 38,4.
4)先名重樹,小澤京子,杉本純也(2021):近年の地震における液状化地点情報に基づく液状化危険率推定式の提案,日本地震工学会論文集,21,2.