[JF02] 数学教育における言語活動の意味
Keywords:数学, 言語活動, 抽象的概念の理解
■企画趣旨
新しい指導要領では,「言語活動」が重視され,数学においてもその充実が目指されている。数学における言語活動では,説明や協同的問題解決を通して,概念を理解し,活用可能な知識の獲得を目指していると言えるだろう。しかし,数学における言語活動に関しては,以下の二点に関して検討が不足していると言える。
まず,数学学習において,言語(自然言語)を用いることがどのような効果を持つか,という点に関しては十分に明らかにされていない。市川(2000)は,言語的表現による「理解の明確化」と「理解の深化」がなされることを主張しているが,ここでの効果は優れた指導者と対象となる学習者の二者間でのやりとりに示されるものである点には留意が必要だろう。「言語活動」は主に生徒間のやりとりや,教室の中での説明,協同問題解決場面を想定している。いわば未熟な学習者間でのやりとりが,問題解決や概念理解に寄与するのかは不明な点も多い。
また,抽象的概念の理解について言語活動がどのように寄与するのか,という観点からの検討も必要である。中等教育以降,数学で学ぶ内容は徐々に具体から離れ,抽象的概念を理解することの重要性が増していく。一方で,数学学習における心理学研究の多くが「具体的事例や事物に結びつける」ことを重視している。数学における言語活動を考える際には,具体に結びつけるのが困難な場合や,具体的事例との関連を強調すると誤概念を生むような場合にも着目する必要があるだろう。
そこで本シンポジウムでは,数学教育において,学習者が説明や協同をすることの意義を問い直す。言語活動の実践例をもとに,学習者による説明や協同の効果,そして問題点を指摘し,教室での言語活動がどのようになされるべきか(なされるべきでないか)を議論したい。話題提供者は,数学の実践事例を紹介し,その中でどのような言語活動がなされていたか,言語活動がどのような変化や効果をもたらしたかを説明する。これらの話題提供を受け,指定討論者は,数学教育における言語活動の意義と問題点を論じる。議論を通して,実践と研究の課題を見出したい。
■他者の誤りを説明する活動の有効性
小林 寛子
学習者が,学習した内容について誤って理解しているという状況はしばしば見受けられる。そうした誤った理解を修正するためには,学習者が自らの誤りに気づくメタ認知と,学習した内容を改めて正しく理解していくための知識構築の2つの認知的活動が必要となるだろう。メタ認知や知識構築を促すには,学習者に説明をさせることが有効であるという指摘が,いくつかの研究でなされている。しかし,何をどのように説明させることが上述の認知的活動を促すのかについては十分に整理されていない。
以上のような問題から,本発表では,学習した内容についての誤った理解を修正するために,学習者が抱きやすい誤りを他者の考えとして提示し,その考えのどこがどう間違っているのかを,学習内容を基に説明させるという指導を行って,報告する。同じ誤りであっても,自らの考えよりも他者の考えに対しての方が,適切な正誤判断が可能になることが期待される。また,誤った考えと正しい学習内容を対比させて,誤りを指摘し,正しい考えを明確にすることにより,構造化された知識の構築が図られるだろう。
指導の具体例は,中学2年生を対象に,比例の単元を用いて行った指導である。比例のような分野の学習においては,学習者の多くは,ある手続きを経て問題が解けたか否かに関心をもち,用語の定義に立ち返ったり明確化したりすることは少ない。また,定義について図や式・具体例を用いて表現するものの,それらについての解釈が間違っているということもある。そのような状況に鑑みると,学習者が抱きやすい誤りを他者の考えとして言語化して提示すること,その誤りについて学習者も言語的に説明することは,学習者の誤った理解を修正して正しい理解を構築していく上で有用であろうと考えた。事実,指導に参加した5名の中学生は,指導前には比例の定義を全く言語化できなかったり,誤って述べたりしていたが,指導を経て,定義に立ち返って考えることができるようになる様子がうかがえた。
以上の指導例を報告した上で,こうした方法の有用性と留意点について議論を深めていきたい。
■発展的課題における言語活動と証明スキルの獲得
犬塚 美輪
「証明」は数学教育の重要な目的の一つとして位置づけられている。証明には,「定義の明確化」「論理的な説明」「記号の適切な利用」などのスキルが必要である。こうした証明スキルは,数学において重要なだけでなく,論理的に推論するというより一般的な文脈においても重要である。しかし,証明スキルは,数学の授業を通して指導されているものの,学習者に十分身に付けられているとは言えない。
学習者が十分に証明スキルを身に付けられないことの背景に,こうしたスキルを用いる機会の少なさや,暗記的な取り組みが挙げられるのではないだろうか。高校で証明のスキルが中心的に扱われるのは「平面図形」の単元だが,「指導しにくい」という教員が多いことや,苦手意識を持つ生徒の多さが知られている。また,苦手な学習者に対して「パターンを憶える」指導が行われやすい。
証明スキルの獲得を促進するための方策として,本発表では論理的説明が重要な役割を果たす活動を提案する。数学における協同的問題解決を取り上げた研究からは,対象者の説明の論理性が向上したことが指摘されており,こうした論理性の向上が適切な証明につながることが期待される。
本発表では,高校1年生が,既習事項と関連するより発展的な問題に協同で取組んだ事例を取り上げる。この実践において,指導者は取り組む際の方針をアドバイスしたり,議論の方向付けを行なったりすることが主な役割であり,具体的な解決方法は指導しなかった。教科書や参考書にも解決方法は掲載されていないため,参加者は自分たちで学んだことをもとにアイデアを出し,解決方法を導いていくことが求められた。活動を通して,参加者は,証明すべき一般的記述を,特定の値を用いて限定し,そこで見られた共通点や相違点を一般化する,という手順で問題解決を行なおうとした。その過程では,現在取り組んでいる式の意味を言語的に説明したり,具体的数値を用いてまとめようと他のメンバーを説得したりする行動が多く見られた。活動の結果,取り組んだ発展的な問題に対して十分に一般化された答えを見つけることに成功したグループは一つも出なかった。しかし,より基本的な証明問題の回答は,活動実施前と比べてより適切な記述になっていた。こうした効果は,他のメンバーと意味を言語化したり,説得したりすることによって生じたと推察できた。
発表では,具体的にどのような点で適切な証明が可能になったか,またどのような問題点が見られたかという点についても触れ,発展的課題における言語活動の意義について考察する。
■高校の数学授業での協同過程における言語活動
小田切 歩
本発表では,高校の数学授業における言語活動として,協同過程での,多様な解決方略の集団的な構造化と,個人の発言およびワークシート上での説明構築に焦点を当てる。そして協同過程において,個人がどのような説明構築を行うことが,個人のどのような理解につながるのかについて報告を行う。
小田切(2013)では,回転運動に関する課題を用い,その多様な解決方略の構造化を集団的に行う協同過程において,個人が方略間の関連に関する説明を構築することで,回転運動と三角関数の関連をもとに,三角関数の定義についての個人の理解が深まることが示された。さらに,個人の理解が深まるためには,説明構築の際に,数学的な知識を根拠として用いる必要があることが示唆された。
算数・数学授業での協同過程においては,図形や日常的な題材を用いた課題の解決を行うことが多い。日常的な題材を用いることで,生徒各自の既有知識をもとにした多様な解決方略が可能になる。そして,協同過程における,その多様な解決方略の構造化を通じて,生徒は自分の解法をベースとして理解を深めていけると言える。一方で,高校数学の学習内容は,中学までの内容よりも抽象的であるため,日常的な知識だけを根拠とした説明は困難である場合が多く,説明の際には,数学的な定義に基づく必要がある。先述の小田切(2013)では,解決方略の集団的な構造化において,回転運動という日常的な事象に,三角関数を適用しようとする中で,三角関数の定義を見直す必要が生じ,生徒個人が,それまでは意識していなかった三角関数の定義の前提条件にまで目を向けることで,三角関数の定義についての理解を深めていったと言える。この解決方略の集団的な構造化の過程においては,生徒に,日常的な知識を根拠として用いた説明を,数学的な知識で言い換えるよう促す教師の発問が必要であった。さらに,数学教育においては,数学と日常的な事象の関連についての理解だけでなく,数学の内容の体系的な理解を促すことも重要である。そのような理解を促すには,日常的な題材を用いた課題よりも,様々な単元の内容を用いて解決可能であるような課題を設定し,それぞれの数学的知識の定義の明確化を促すような発問が効果的であると考えられる。
以上のことを踏まえ,当日は,個人の理解につながる説明構築を促すために,高校の数学授業における協同過程において,どのような授業目標に対し,教師はどのような課題を設定し,どのような発問を行う必要があるのかについて,具体的な課題例を紹介しながら考察を行う。
新しい指導要領では,「言語活動」が重視され,数学においてもその充実が目指されている。数学における言語活動では,説明や協同的問題解決を通して,概念を理解し,活用可能な知識の獲得を目指していると言えるだろう。しかし,数学における言語活動に関しては,以下の二点に関して検討が不足していると言える。
まず,数学学習において,言語(自然言語)を用いることがどのような効果を持つか,という点に関しては十分に明らかにされていない。市川(2000)は,言語的表現による「理解の明確化」と「理解の深化」がなされることを主張しているが,ここでの効果は優れた指導者と対象となる学習者の二者間でのやりとりに示されるものである点には留意が必要だろう。「言語活動」は主に生徒間のやりとりや,教室の中での説明,協同問題解決場面を想定している。いわば未熟な学習者間でのやりとりが,問題解決や概念理解に寄与するのかは不明な点も多い。
また,抽象的概念の理解について言語活動がどのように寄与するのか,という観点からの検討も必要である。中等教育以降,数学で学ぶ内容は徐々に具体から離れ,抽象的概念を理解することの重要性が増していく。一方で,数学学習における心理学研究の多くが「具体的事例や事物に結びつける」ことを重視している。数学における言語活動を考える際には,具体に結びつけるのが困難な場合や,具体的事例との関連を強調すると誤概念を生むような場合にも着目する必要があるだろう。
そこで本シンポジウムでは,数学教育において,学習者が説明や協同をすることの意義を問い直す。言語活動の実践例をもとに,学習者による説明や協同の効果,そして問題点を指摘し,教室での言語活動がどのようになされるべきか(なされるべきでないか)を議論したい。話題提供者は,数学の実践事例を紹介し,その中でどのような言語活動がなされていたか,言語活動がどのような変化や効果をもたらしたかを説明する。これらの話題提供を受け,指定討論者は,数学教育における言語活動の意義と問題点を論じる。議論を通して,実践と研究の課題を見出したい。
■他者の誤りを説明する活動の有効性
小林 寛子
学習者が,学習した内容について誤って理解しているという状況はしばしば見受けられる。そうした誤った理解を修正するためには,学習者が自らの誤りに気づくメタ認知と,学習した内容を改めて正しく理解していくための知識構築の2つの認知的活動が必要となるだろう。メタ認知や知識構築を促すには,学習者に説明をさせることが有効であるという指摘が,いくつかの研究でなされている。しかし,何をどのように説明させることが上述の認知的活動を促すのかについては十分に整理されていない。
以上のような問題から,本発表では,学習した内容についての誤った理解を修正するために,学習者が抱きやすい誤りを他者の考えとして提示し,その考えのどこがどう間違っているのかを,学習内容を基に説明させるという指導を行って,報告する。同じ誤りであっても,自らの考えよりも他者の考えに対しての方が,適切な正誤判断が可能になることが期待される。また,誤った考えと正しい学習内容を対比させて,誤りを指摘し,正しい考えを明確にすることにより,構造化された知識の構築が図られるだろう。
指導の具体例は,中学2年生を対象に,比例の単元を用いて行った指導である。比例のような分野の学習においては,学習者の多くは,ある手続きを経て問題が解けたか否かに関心をもち,用語の定義に立ち返ったり明確化したりすることは少ない。また,定義について図や式・具体例を用いて表現するものの,それらについての解釈が間違っているということもある。そのような状況に鑑みると,学習者が抱きやすい誤りを他者の考えとして言語化して提示すること,その誤りについて学習者も言語的に説明することは,学習者の誤った理解を修正して正しい理解を構築していく上で有用であろうと考えた。事実,指導に参加した5名の中学生は,指導前には比例の定義を全く言語化できなかったり,誤って述べたりしていたが,指導を経て,定義に立ち返って考えることができるようになる様子がうかがえた。
以上の指導例を報告した上で,こうした方法の有用性と留意点について議論を深めていきたい。
■発展的課題における言語活動と証明スキルの獲得
犬塚 美輪
「証明」は数学教育の重要な目的の一つとして位置づけられている。証明には,「定義の明確化」「論理的な説明」「記号の適切な利用」などのスキルが必要である。こうした証明スキルは,数学において重要なだけでなく,論理的に推論するというより一般的な文脈においても重要である。しかし,証明スキルは,数学の授業を通して指導されているものの,学習者に十分身に付けられているとは言えない。
学習者が十分に証明スキルを身に付けられないことの背景に,こうしたスキルを用いる機会の少なさや,暗記的な取り組みが挙げられるのではないだろうか。高校で証明のスキルが中心的に扱われるのは「平面図形」の単元だが,「指導しにくい」という教員が多いことや,苦手意識を持つ生徒の多さが知られている。また,苦手な学習者に対して「パターンを憶える」指導が行われやすい。
証明スキルの獲得を促進するための方策として,本発表では論理的説明が重要な役割を果たす活動を提案する。数学における協同的問題解決を取り上げた研究からは,対象者の説明の論理性が向上したことが指摘されており,こうした論理性の向上が適切な証明につながることが期待される。
本発表では,高校1年生が,既習事項と関連するより発展的な問題に協同で取組んだ事例を取り上げる。この実践において,指導者は取り組む際の方針をアドバイスしたり,議論の方向付けを行なったりすることが主な役割であり,具体的な解決方法は指導しなかった。教科書や参考書にも解決方法は掲載されていないため,参加者は自分たちで学んだことをもとにアイデアを出し,解決方法を導いていくことが求められた。活動を通して,参加者は,証明すべき一般的記述を,特定の値を用いて限定し,そこで見られた共通点や相違点を一般化する,という手順で問題解決を行なおうとした。その過程では,現在取り組んでいる式の意味を言語的に説明したり,具体的数値を用いてまとめようと他のメンバーを説得したりする行動が多く見られた。活動の結果,取り組んだ発展的な問題に対して十分に一般化された答えを見つけることに成功したグループは一つも出なかった。しかし,より基本的な証明問題の回答は,活動実施前と比べてより適切な記述になっていた。こうした効果は,他のメンバーと意味を言語化したり,説得したりすることによって生じたと推察できた。
発表では,具体的にどのような点で適切な証明が可能になったか,またどのような問題点が見られたかという点についても触れ,発展的課題における言語活動の意義について考察する。
■高校の数学授業での協同過程における言語活動
小田切 歩
本発表では,高校の数学授業における言語活動として,協同過程での,多様な解決方略の集団的な構造化と,個人の発言およびワークシート上での説明構築に焦点を当てる。そして協同過程において,個人がどのような説明構築を行うことが,個人のどのような理解につながるのかについて報告を行う。
小田切(2013)では,回転運動に関する課題を用い,その多様な解決方略の構造化を集団的に行う協同過程において,個人が方略間の関連に関する説明を構築することで,回転運動と三角関数の関連をもとに,三角関数の定義についての個人の理解が深まることが示された。さらに,個人の理解が深まるためには,説明構築の際に,数学的な知識を根拠として用いる必要があることが示唆された。
算数・数学授業での協同過程においては,図形や日常的な題材を用いた課題の解決を行うことが多い。日常的な題材を用いることで,生徒各自の既有知識をもとにした多様な解決方略が可能になる。そして,協同過程における,その多様な解決方略の構造化を通じて,生徒は自分の解法をベースとして理解を深めていけると言える。一方で,高校数学の学習内容は,中学までの内容よりも抽象的であるため,日常的な知識だけを根拠とした説明は困難である場合が多く,説明の際には,数学的な定義に基づく必要がある。先述の小田切(2013)では,解決方略の集団的な構造化において,回転運動という日常的な事象に,三角関数を適用しようとする中で,三角関数の定義を見直す必要が生じ,生徒個人が,それまでは意識していなかった三角関数の定義の前提条件にまで目を向けることで,三角関数の定義についての理解を深めていったと言える。この解決方略の集団的な構造化の過程においては,生徒に,日常的な知識を根拠として用いた説明を,数学的な知識で言い換えるよう促す教師の発問が必要であった。さらに,数学教育においては,数学と日常的な事象の関連についての理解だけでなく,数学の内容の体系的な理解を促すことも重要である。そのような理解を促すには,日常的な題材を用いた課題よりも,様々な単元の内容を用いて解決可能であるような課題を設定し,それぞれの数学的知識の定義の明確化を促すような発問が効果的であると考えられる。
以上のことを踏まえ,当日は,個人の理解につながる説明構築を促すために,高校の数学授業における協同過程において,どのような授業目標に対し,教師はどのような課題を設定し,どのような発問を行う必要があるのかについて,具体的な課題例を紹介しながら考察を行う。