[PA077] 障害特性を有した青年の適応を支える母親の認識
強みの重視と弱みの受容
キーワード:障害特性, 適応, 母親
問題・目的
自閉症スペクトラム障害という診断名が象徴しているように発達障害は連続体であるため,スペクトラムに位置していても,診断や療育に至らないケースも未だに多い。その中には,障害特性を有しているが支援を受けずに成人期に達し,自立的な社会生活を送っている「非障害自閉症スペクトラム(ASWD)」と呼ばれる人が存在する(本田,2013)。本研究の対象者の子どもも,ADHDの特性を有しつつも診断や療育を経験することなく青年期に達し,適応的に学生生活を送ってきた。
発達障害のある子の親の場合,両価的な心理状態が長期に渡ることが示されている(松下,2003)が,診断や療育を経験せずに過ごしてきた学生の母親もまた,従来の研究結果のように両価的な気持ちの揺れ動きを経験してきているのであろうか。青年期において障害特性を有しつつも適応的な学生は,青年期以前の母親のどのような認識のもと育ったのであろうか。本研究では,ADHDの特性を有しつつも診断や療育を受けずに青年期に達し,適応的に生活している学生の母親の,子どもについての認識を明らかにすることを目的とする。
方法
ADHDの疑いのある大学生・大学院生(A,B)の母親2名に対し,半構造化面接を行った(1人あたり1回,約1.5時間)。この大学生・大学院生は未診断で療育を受けた経験もないが,自身の特性に関して認める発言をしており,WAIS-IIIによって発達の偏りを確認している。自己認知について,Aさんは自己をポジティブに見ており,Bさんはどちらとも言えないという発言も確認している。また両家族,子どもが大学生・大学院生になってから子どもの発達に偏りがあり,ADHDの特性によく当てはまるという気づきを得た家族である。
面接は許可を得て録音し,逐語録を作成し,Lofland(1997)を参考にコード化,類似したコードのカテゴリー化を行い,事例を比較した。
結果
子どもに関する認識の仕方は,母親2名共に幼い頃から現在に至るまで一貫しており,両価的な心理状態の揺れ動きは経験していなかった。
ADHDに当てはまる子どもの特性への最初の気づきは,2名ともに子どもが幼児期の保育場面であった。その気づきがあった時の母親の反応は以下の通りである。
A さんの母親:「周りの雰囲気に差し障りがない,本人が楽しそう,で私も,見てて面白かったっていうことで(笑),別にあの(子どもの行動は)何も不思議じゃなかったんで(笑)。まちょっと変わってるかもしれないなとは思いました(笑)。」
B さんの母親:「へーってあの子ってそういうとこあるんだと思って。」
また,子どもの強みと弱みについての発言も2名ともに得られたが,弱みについての認識に違いが見られた。上記の発言にもその違いが表れているように,Aさんは弱みと見なされるような特性を「いいですよね。ユニークな方が。絶対楽しいでしょ?」と弱みも含めて子どもを受け入れていた。一方Bさんはそのような特性を子どもが有していることに驚きや疑念を表明するのみに止まり,弱みを受け入れている発言は得られなかった。
考察
適応的に学生生活を送っているAさんの母親は,子どもの有する特性を認識しており,その認識は子どもの幼少期から青年期に至るまで一貫していた。子どもの特性を認識する上では,さらに,子どもの弱みも含めて受け入れ,強みに目を向けていくことが重要であると考えられる。このような母親の子どもに対する認識が,青年期のみならず青年期以前の障害特性を有した子どもの適応を支えうるであろう。
引用文献
本田秀夫(2013).子どもから大人への発達精神医学-自閉症スペクトラム・ADHD・知的障害の基礎と実践 金剛出版
松下真由美(2003).軽度発達障害児をもつ母親の障害受容過程についての研究 応用社会学研究 13,27-52
自閉症スペクトラム障害という診断名が象徴しているように発達障害は連続体であるため,スペクトラムに位置していても,診断や療育に至らないケースも未だに多い。その中には,障害特性を有しているが支援を受けずに成人期に達し,自立的な社会生活を送っている「非障害自閉症スペクトラム(ASWD)」と呼ばれる人が存在する(本田,2013)。本研究の対象者の子どもも,ADHDの特性を有しつつも診断や療育を経験することなく青年期に達し,適応的に学生生活を送ってきた。
発達障害のある子の親の場合,両価的な心理状態が長期に渡ることが示されている(松下,2003)が,診断や療育を経験せずに過ごしてきた学生の母親もまた,従来の研究結果のように両価的な気持ちの揺れ動きを経験してきているのであろうか。青年期において障害特性を有しつつも適応的な学生は,青年期以前の母親のどのような認識のもと育ったのであろうか。本研究では,ADHDの特性を有しつつも診断や療育を受けずに青年期に達し,適応的に生活している学生の母親の,子どもについての認識を明らかにすることを目的とする。
方法
ADHDの疑いのある大学生・大学院生(A,B)の母親2名に対し,半構造化面接を行った(1人あたり1回,約1.5時間)。この大学生・大学院生は未診断で療育を受けた経験もないが,自身の特性に関して認める発言をしており,WAIS-IIIによって発達の偏りを確認している。自己認知について,Aさんは自己をポジティブに見ており,Bさんはどちらとも言えないという発言も確認している。また両家族,子どもが大学生・大学院生になってから子どもの発達に偏りがあり,ADHDの特性によく当てはまるという気づきを得た家族である。
面接は許可を得て録音し,逐語録を作成し,Lofland(1997)を参考にコード化,類似したコードのカテゴリー化を行い,事例を比較した。
結果
子どもに関する認識の仕方は,母親2名共に幼い頃から現在に至るまで一貫しており,両価的な心理状態の揺れ動きは経験していなかった。
ADHDに当てはまる子どもの特性への最初の気づきは,2名ともに子どもが幼児期の保育場面であった。その気づきがあった時の母親の反応は以下の通りである。
A さんの母親:「周りの雰囲気に差し障りがない,本人が楽しそう,で私も,見てて面白かったっていうことで(笑),別にあの(子どもの行動は)何も不思議じゃなかったんで(笑)。まちょっと変わってるかもしれないなとは思いました(笑)。」
B さんの母親:「へーってあの子ってそういうとこあるんだと思って。」
また,子どもの強みと弱みについての発言も2名ともに得られたが,弱みについての認識に違いが見られた。上記の発言にもその違いが表れているように,Aさんは弱みと見なされるような特性を「いいですよね。ユニークな方が。絶対楽しいでしょ?」と弱みも含めて子どもを受け入れていた。一方Bさんはそのような特性を子どもが有していることに驚きや疑念を表明するのみに止まり,弱みを受け入れている発言は得られなかった。
考察
適応的に学生生活を送っているAさんの母親は,子どもの有する特性を認識しており,その認識は子どもの幼少期から青年期に至るまで一貫していた。子どもの特性を認識する上では,さらに,子どもの弱みも含めて受け入れ,強みに目を向けていくことが重要であると考えられる。このような母親の子どもに対する認識が,青年期のみならず青年期以前の障害特性を有した子どもの適応を支えうるであろう。
引用文献
本田秀夫(2013).子どもから大人への発達精神医学-自閉症スペクトラム・ADHD・知的障害の基礎と実践 金剛出版
松下真由美(2003).軽度発達障害児をもつ母親の障害受容過程についての研究 応用社会学研究 13,27-52