[PC004] 学習環境にデザインされた属性(2)
失敗の社会的構成
キーワード:教授学習, 日常実践, 課題調整
【目的】
一般に学校における試験では、辞書・ノート・教科書を用いることができず、また隣の生徒に答えを聞くことはカンニングとみなされる。学校では、失敗・成功は、個人の能力に帰属され、又それが可視化する。しかし日常の実践における課題は、遂行失敗として放置されることはまれであり、電卓等の人工物や先輩など、周辺のあらゆる認知的資源を活用することで解決されている(會津, 2010)。例えばベテラン営業マンは、新入社員単独では成立させ難い取引を必要に応じて援助し協同で成立させる。このような「足場かけ(scaffolding)」の概念は、今井(2008)によると、ヴィゴツキー(L, S. Vygotsky)の『発達の最近接領域』(1931)を手がかりとし、ブルナー (J, S. Bruner, 1976) らにより一般化されたとしている。
紅林・有元(2007)は、日常生活の学習場面に着目し、レストランのウェイターは、時間・コスト・店の評判等を考慮した実践の中で、個人の能力が顕在化しない学習環境デザイン下にあることを示した。同様にレストランでは、新米コック(以下コック)は、料理熟達者(以下シェフ)の監督のもと、先輩の仕事を見て学習し、こうして作られるものに練習品はなく、即ち完成品として客に提供される商品となる。実践ゆえ成功が当然、失敗は即座に店の利益・信用の失墜に直結する。つまり失敗が生起しない現実的な学習環境のデザインが重要となる。
本調査では、シェフによる、コックへの調理指導時の行為と会話を記述し、実践での失敗がどのように扱われ、リカバリー(立ち直り)されるかに焦点化した。これを記述することで「失敗」が、実践の中ではどの様に定義されるのかが明らかになると考える。
【方法】
調査対象:シェフ(調理歴38年・60才・男)とコック(調理歴2年・28才男)である。調査時期:2014年5月3日12:00から1時間。調査内容:営業中のレストラン厨房内で、シェフが行うコックへの調理指導場面を観察した。フィールドノーツから、失敗の許されない実践に特有の行為、及び会話を抽出し、分析した。
【結果と考察】
今回の調理指導場面は、通常シェフが行っている主菜の調理を、シェフの監督下でコックが初めて行った。順調にオーダーをこなしていくコックであったが、ランチタイムのピーク時にはオーダーが重なり、コックはガス台上及びオーブン内の4つのフライパンと2つのソース鍋の調理を同時進行させる難しい局面となった。
12:09:23 コック:「あっ、やっちゃった(小声
で)」(オマール海老入りのブイヤベースを煮詰め過ぎてソースが少なくなり、鍋内側上部の周囲が焦げ始め狐色になっている)
12:09:26 コック:(新しい鍋で最初から作りなおそうとする)
12:09:27 シェフ:「どれ」(煮詰まった鍋を覗き込み)「このままでいけるよ」(鍋からオマール他魚介を取出し深皿に盛り付ける)
12:09:35 シェフ:(コックに、煮詰まった鍋のソースに生クリームとバターを入れ弱火で温めさせると鍋中心のソースが元の状態に戻る)
12:09:45 シェフ:「強くかき混ぜずにソースの内側だけを使えば大丈夫だよ」
12:09:50 コック:「はい」(慎重に中心のソースを、盛り付けたオマールの上からかけ、仕上げる)
12:09:55 シェフ:「鍋の周り(のソース)に焦げのにおいがついてるから、強くかき混ぜなければ、あのぐらい(煮詰め具合が)なら大丈夫」
以上の会話と行動記録で示されたように、レストランにおける実践指導では、熟達者は初心者の「失敗」が失敗にならない様に支援をし、立ち直らせていた。ソース作成の再調理は、時間・経費共に店の不利益となることを熟達者は理解しており、失敗をリカバーすることで店の利益を守ったのである。学校教育では教育的意図による「失敗の可視化」が可能だが、日常の実践場面では「足場掛けによる課題の完遂」意外の選択肢はまずない。「失敗を可視化させない教授学習」のデザインは、今後の学校教育を再考する上で参考となると考える。
一般に学校における試験では、辞書・ノート・教科書を用いることができず、また隣の生徒に答えを聞くことはカンニングとみなされる。学校では、失敗・成功は、個人の能力に帰属され、又それが可視化する。しかし日常の実践における課題は、遂行失敗として放置されることはまれであり、電卓等の人工物や先輩など、周辺のあらゆる認知的資源を活用することで解決されている(會津, 2010)。例えばベテラン営業マンは、新入社員単独では成立させ難い取引を必要に応じて援助し協同で成立させる。このような「足場かけ(scaffolding)」の概念は、今井(2008)によると、ヴィゴツキー(L, S. Vygotsky)の『発達の最近接領域』(1931)を手がかりとし、ブルナー (J, S. Bruner, 1976) らにより一般化されたとしている。
紅林・有元(2007)は、日常生活の学習場面に着目し、レストランのウェイターは、時間・コスト・店の評判等を考慮した実践の中で、個人の能力が顕在化しない学習環境デザイン下にあることを示した。同様にレストランでは、新米コック(以下コック)は、料理熟達者(以下シェフ)の監督のもと、先輩の仕事を見て学習し、こうして作られるものに練習品はなく、即ち完成品として客に提供される商品となる。実践ゆえ成功が当然、失敗は即座に店の利益・信用の失墜に直結する。つまり失敗が生起しない現実的な学習環境のデザインが重要となる。
本調査では、シェフによる、コックへの調理指導時の行為と会話を記述し、実践での失敗がどのように扱われ、リカバリー(立ち直り)されるかに焦点化した。これを記述することで「失敗」が、実践の中ではどの様に定義されるのかが明らかになると考える。
【方法】
調査対象:シェフ(調理歴38年・60才・男)とコック(調理歴2年・28才男)である。調査時期:2014年5月3日12:00から1時間。調査内容:営業中のレストラン厨房内で、シェフが行うコックへの調理指導場面を観察した。フィールドノーツから、失敗の許されない実践に特有の行為、及び会話を抽出し、分析した。
【結果と考察】
今回の調理指導場面は、通常シェフが行っている主菜の調理を、シェフの監督下でコックが初めて行った。順調にオーダーをこなしていくコックであったが、ランチタイムのピーク時にはオーダーが重なり、コックはガス台上及びオーブン内の4つのフライパンと2つのソース鍋の調理を同時進行させる難しい局面となった。
12:09:23 コック:「あっ、やっちゃった(小声
で)」(オマール海老入りのブイヤベースを煮詰め過ぎてソースが少なくなり、鍋内側上部の周囲が焦げ始め狐色になっている)
12:09:26 コック:(新しい鍋で最初から作りなおそうとする)
12:09:27 シェフ:「どれ」(煮詰まった鍋を覗き込み)「このままでいけるよ」(鍋からオマール他魚介を取出し深皿に盛り付ける)
12:09:35 シェフ:(コックに、煮詰まった鍋のソースに生クリームとバターを入れ弱火で温めさせると鍋中心のソースが元の状態に戻る)
12:09:45 シェフ:「強くかき混ぜずにソースの内側だけを使えば大丈夫だよ」
12:09:50 コック:「はい」(慎重に中心のソースを、盛り付けたオマールの上からかけ、仕上げる)
12:09:55 シェフ:「鍋の周り(のソース)に焦げのにおいがついてるから、強くかき混ぜなければ、あのぐらい(煮詰め具合が)なら大丈夫」
以上の会話と行動記録で示されたように、レストランにおける実践指導では、熟達者は初心者の「失敗」が失敗にならない様に支援をし、立ち直らせていた。ソース作成の再調理は、時間・経費共に店の不利益となることを熟達者は理解しており、失敗をリカバーすることで店の利益を守ったのである。学校教育では教育的意図による「失敗の可視化」が可能だが、日常の実践場面では「足場掛けによる課題の完遂」意外の選択肢はまずない。「失敗を可視化させない教授学習」のデザインは、今後の学校教育を再考する上で参考となると考える。