[PC012] ジャズピアノレッスンにおける音の協働探索過程
キーワード:協働, 演奏, レッスン
問題と目的
演奏者の発達には他者との相互行為が必要不可欠である。Vygotsky(1934)は「発達の最近接領域」という概念を用いて,より発達した他者との相互行為を通してより高次な活動に参与することで発達することを指摘している。演奏者の発達に音楽文化特有の音の知覚の発達が関与しているのであれば,学習場面での音による相互行為を見ていくことが必要である。これまでの演奏者の発達過程の研究では,西阪(2008)によりレッスンでの学習の達成に向けての身体,発話,楽器などの構造化過程の検討がされてきたが,学習場面での音の相互行為については十分な検討はされてきていない。そこで本研究では,ジャズピアノのレッスン場面での学習者と指導者の音による相互行為の特徴を明らかにする。レッスンでは,発達の最近接領域を形成するために,学習者と指導者は互いに行為を調整し,より高次な音の探索活動を組織していくような協働過程が見られるだろう。そこで指導者はどのように学習者を高次の活動へと誘うよう音を組織化し,学習者はどのように応じたのかを検討した。
方法
指導者と学習者の一対一のジャズピアノレッスン場面を継続的にビデオにより記録したもののうち,2012年5月から10月までの10回のレッスンを分析対象とした。指導者と学習者それぞれの前にピアノが一台ずつ設置され,両者が同時に演奏することが可能な環境であった。
結果と考察
10回のレッスンを通して8曲が練習された。演奏を指導者独奏,学習者独奏,二重奏に分類したところ,全曲を通して指導者の独奏と二重奏が多く見られ(指導者独奏51%,学習者独奏8%,二重奏40%),指導者が積極的に音を用いて学習者を演奏に誘い出していること,学習者が主に二重奏で演奏の調整を行っていることが示唆された。
二重奏を行った回数が最も多かった曲<But not for me>の4回のレッスンについてより詳細に検討したところ,二重奏では,1曲以上(32小節以上)演奏される「全体的な二重奏」と1曲以下演奏される「部分的な二重奏」が交互に行われていることが明らかとなった。また「全体的な二重奏」を境にして,「部分的な二重奏」での課題内容の移行が見られ,「コード確認」,次に「アドリブで使用できる音の確認」,そしてフレーズの加減を調整する課題というように,より即興的な演奏へ,より演奏の細かな調整へと移行した。このことから,「部分的な二重奏」の課題で細かな調整を行い,「全体的な二重奏」で点検を行い,より高次な「部分的な二重奏」へ移行するというパターンが見られた。「全体的な二重奏」では,4回のレッスンを通して,曲の旋律をなぞる「テーマ」演奏が出現し,次に和音をもとにして旋律を演奏者が創作する「アドリブ」,その次に「テーマ」「アドリブ」の連続演奏,そして曲を終えるために最後の数小節を繰り返す「エンディング」演奏というように,曲の部分からより全体の演奏へと移行した。これらのことから,レッスンでの相互行為の内容が,より自由度の高い細かな調整へ,そして全体的な演奏へと変化することが明らかとなった。
次に<But not for me>の「部分的な二重奏」のなかから,演奏の即興性と細かな調整が要求される難易度が高い課題で,指導者と学習者の音の相互作用が活発に見られると予想される「フレーズ創造課題」について,音による相互行為を詳細に検討するため,音を記述し微視的分析を行った。
一方が演奏した音の並びの順序を,もう一方の演奏者がその直後の連続する演奏でそのまま引き継いで利用した場合を「継続音列」として,2,3音の音の連続については2回以上の演奏で引き継がれたもの,4音以上の音の連続は1回以上の演奏で引き継がれたものをカウントした。
指導者は,全12回の演奏のうち11回で継続音列が見られた。11回すべてが学習者の演奏の冒頭部分を引き継いだもので,演奏を繰り返すにつれて前半部分の音列を残して他の音へ変更された。このことから指導者は,学習者が演奏した音列の冒頭を維持しつつ音の変更を重ねることで,フレーズの展開可能性を探り,フレーズの微妙な調整を行っていたと考えられる。また,このような演奏は学習者の演奏に対して課題達成と評価をした後も行われており,さらに高度なフレーズの展開や調整に学習者が触れることを可能にしていた。
それに対し,学習者は同課題で全5回の演奏のうち1回で継続音列が見られた。継続音列が見られた演奏とその直前2つの演奏の音列を検討した(Figure1)。学習者の演奏1の「A♭G E♭」「C B♭」を指導者が演奏2で引継ぎ「A♭G 」を加えた。演奏2の7音「A♭ G E♭ C B♭ A♭ G」は学習者の演奏3へ引き継がれ,さらに「A♭ B♭ B C♯」という音列を新たに加えた。このことから,学習者は指導者とともに自ら演奏したフレーズを展開・調整する過程に参加していたことが示された。
これらの結果から,指導者が先導してよりよい音を求めて学習者のフレーズの変形を重ねるとともに,学習者もフレーズの変形過程に加わり,より細かな音の調整や多様な展開を行う活動に参加していたことが明らかとなった。
演奏者の発達には他者との相互行為が必要不可欠である。Vygotsky(1934)は「発達の最近接領域」という概念を用いて,より発達した他者との相互行為を通してより高次な活動に参与することで発達することを指摘している。演奏者の発達に音楽文化特有の音の知覚の発達が関与しているのであれば,学習場面での音による相互行為を見ていくことが必要である。これまでの演奏者の発達過程の研究では,西阪(2008)によりレッスンでの学習の達成に向けての身体,発話,楽器などの構造化過程の検討がされてきたが,学習場面での音の相互行為については十分な検討はされてきていない。そこで本研究では,ジャズピアノのレッスン場面での学習者と指導者の音による相互行為の特徴を明らかにする。レッスンでは,発達の最近接領域を形成するために,学習者と指導者は互いに行為を調整し,より高次な音の探索活動を組織していくような協働過程が見られるだろう。そこで指導者はどのように学習者を高次の活動へと誘うよう音を組織化し,学習者はどのように応じたのかを検討した。
方法
指導者と学習者の一対一のジャズピアノレッスン場面を継続的にビデオにより記録したもののうち,2012年5月から10月までの10回のレッスンを分析対象とした。指導者と学習者それぞれの前にピアノが一台ずつ設置され,両者が同時に演奏することが可能な環境であった。
結果と考察
10回のレッスンを通して8曲が練習された。演奏を指導者独奏,学習者独奏,二重奏に分類したところ,全曲を通して指導者の独奏と二重奏が多く見られ(指導者独奏51%,学習者独奏8%,二重奏40%),指導者が積極的に音を用いて学習者を演奏に誘い出していること,学習者が主に二重奏で演奏の調整を行っていることが示唆された。
二重奏を行った回数が最も多かった曲<But not for me>の4回のレッスンについてより詳細に検討したところ,二重奏では,1曲以上(32小節以上)演奏される「全体的な二重奏」と1曲以下演奏される「部分的な二重奏」が交互に行われていることが明らかとなった。また「全体的な二重奏」を境にして,「部分的な二重奏」での課題内容の移行が見られ,「コード確認」,次に「アドリブで使用できる音の確認」,そしてフレーズの加減を調整する課題というように,より即興的な演奏へ,より演奏の細かな調整へと移行した。このことから,「部分的な二重奏」の課題で細かな調整を行い,「全体的な二重奏」で点検を行い,より高次な「部分的な二重奏」へ移行するというパターンが見られた。「全体的な二重奏」では,4回のレッスンを通して,曲の旋律をなぞる「テーマ」演奏が出現し,次に和音をもとにして旋律を演奏者が創作する「アドリブ」,その次に「テーマ」「アドリブ」の連続演奏,そして曲を終えるために最後の数小節を繰り返す「エンディング」演奏というように,曲の部分からより全体の演奏へと移行した。これらのことから,レッスンでの相互行為の内容が,より自由度の高い細かな調整へ,そして全体的な演奏へと変化することが明らかとなった。
次に<But not for me>の「部分的な二重奏」のなかから,演奏の即興性と細かな調整が要求される難易度が高い課題で,指導者と学習者の音の相互作用が活発に見られると予想される「フレーズ創造課題」について,音による相互行為を詳細に検討するため,音を記述し微視的分析を行った。
一方が演奏した音の並びの順序を,もう一方の演奏者がその直後の連続する演奏でそのまま引き継いで利用した場合を「継続音列」として,2,3音の音の連続については2回以上の演奏で引き継がれたもの,4音以上の音の連続は1回以上の演奏で引き継がれたものをカウントした。
指導者は,全12回の演奏のうち11回で継続音列が見られた。11回すべてが学習者の演奏の冒頭部分を引き継いだもので,演奏を繰り返すにつれて前半部分の音列を残して他の音へ変更された。このことから指導者は,学習者が演奏した音列の冒頭を維持しつつ音の変更を重ねることで,フレーズの展開可能性を探り,フレーズの微妙な調整を行っていたと考えられる。また,このような演奏は学習者の演奏に対して課題達成と評価をした後も行われており,さらに高度なフレーズの展開や調整に学習者が触れることを可能にしていた。
それに対し,学習者は同課題で全5回の演奏のうち1回で継続音列が見られた。継続音列が見られた演奏とその直前2つの演奏の音列を検討した(Figure1)。学習者の演奏1の「A♭G E♭」「C B♭」を指導者が演奏2で引継ぎ「A♭G 」を加えた。演奏2の7音「A♭ G E♭ C B♭ A♭ G」は学習者の演奏3へ引き継がれ,さらに「A♭ B♭ B C♯」という音列を新たに加えた。このことから,学習者は指導者とともに自ら演奏したフレーズを展開・調整する過程に参加していたことが示された。
これらの結果から,指導者が先導してよりよい音を求めて学習者のフレーズの変形を重ねるとともに,学習者もフレーズの変形過程に加わり,より細かな音の調整や多様な展開を行う活動に参加していたことが明らかとなった。