[PA013] 音楽における心理教育的効果(3)
難病を抱えた子どもへの支援を見つめて
キーワード:無痛無汗症, 音楽療法, 学校適応
1 はじめに
河合(1995)は臨床教育学の視線より,子供たちの教育の現場で生じる出来事を最も大切な事として捉えている。さらにその中で教師が為すべきことは,子供個人の尊重と全体への配慮を重要な教育心理的要素として述べている。
音楽療法の領域において村井(1995)は,音楽教育と音楽療法との融合を発展的に捉える新しい考え方を示している。それらは音楽療法が音楽教育の中に取り入れられる必要があることを示し,特に音楽教育は人間性の形成や人格の豊かさに深く関わる教育であることを村井は言及している。
しかし音楽療法と音楽教育とは近接する関係ではあるが,その目的を紐解けば本質的には違うものだという考えを村井は示している。その上で,音楽療法の治療の場には教育的観点が幾重にも入り込み,治療と教育の境目は判然としなくなる現実を捉えている。音楽の心理的作用について筆者は,合唱の授業でその効果を検証した。授業参加の事前・事後の情動評定の差についてt検定を行った結果,すべての項目に有意差が見られた。なかでも顕著な効果が,解放感(t (36)=8.2,p<.01)「積極性」(t (36)=8.8,p<.01)に出されたことは,音楽療法における心理臨床的要素と重なることが示された (芳野,2014)。
2 難病・先天性無痛無汗症について
「無痛症を伴う先天性感覚性ニューロパチー」の総称である。遺伝性末梢神経疾患の一つであり,痛覚障害,温度感覚障害,無痛症,知能障害を主徴とするまれな疾患である。発症は生下時から始まり,高温環境での発熱,四肢・口腔内の外傷,自傷行為等により乳児期に気づかれることが多い。組織学的には無髄線維と小径有髄線維の減少ないし欠如が認められており,痛覚と熱覚に関連する小径有髄線維の減少が,この感覚低下の原因である。無汗症の原因は汗腺の形態や数に異常はないが,汗腺を取り囲む血管を支配する交感神経節後線維の欠如とされている。また先天性無痛無汗症の家系内発症は常染色体劣性遺伝とみなされている。本児(以下Aと記載)の場合,先天性無痛無汗症の長男と同じく生後5日目に体温上昇時に汗が出ず赤い斑点が額に見られた為,母親により無痛無汗症と認知された。
3 難病・先天性無痛無汗症児Aとの出会い
Aとはエレベーターの扉の前で出会った。Aは車椅子を器用に動かし筆者と初めて挨拶を交わした。「こんにちは」と答え,愛くるしい表情の瞳と少し恥ずかしそうな様子が印象的であった。当時,Aは公立小学校6年に在籍する12歳の少年であった。Aの野球帽には誇らしげにジャイアンツのマークが入り,バットとボールを携えていた。Aにとって最も大切な記念の品(後日面接の中で語られた)を筆者に見せたい思いが伝わってきた。恐らくそれらの品はAの希望の象徴でもあり誇りでもあったと,面接を振り返り確信する。
4 Aとの音楽教育に息づくもの
Aとの音楽療法的支援教育は,Aの得意な教科が「音楽」であり,思春期の中学生にとって課題とされる自分の感情を素直に表現する場として,中学1年4月より面接時セッションに導入した。
また常に対人関係やクラス集団での葛藤や不安を抱きながら学校生活を送っているAの社会的状況を鑑みるに,課題解決への導入効果を期待した。
支援プログラム目標は①発達課題の克服②対人関係と集団適応③進路と学習課題④心理・情緒面の安定上記4項目に支援の焦点を定めた。なかでも④の項目は音楽療法の視点より感情表出,美的表現,欲求満足,アンサンブル音楽コミュニケーションに焦点を当て音楽的律動を用いて指導した。その面接過程を,Aの中学校卒業期まで記述する。
本研究は2006年聖徳大学家族問題相談センター紀要に提出した論文の一部に加筆し作成したものである。
河合(1995)は臨床教育学の視線より,子供たちの教育の現場で生じる出来事を最も大切な事として捉えている。さらにその中で教師が為すべきことは,子供個人の尊重と全体への配慮を重要な教育心理的要素として述べている。
音楽療法の領域において村井(1995)は,音楽教育と音楽療法との融合を発展的に捉える新しい考え方を示している。それらは音楽療法が音楽教育の中に取り入れられる必要があることを示し,特に音楽教育は人間性の形成や人格の豊かさに深く関わる教育であることを村井は言及している。
しかし音楽療法と音楽教育とは近接する関係ではあるが,その目的を紐解けば本質的には違うものだという考えを村井は示している。その上で,音楽療法の治療の場には教育的観点が幾重にも入り込み,治療と教育の境目は判然としなくなる現実を捉えている。音楽の心理的作用について筆者は,合唱の授業でその効果を検証した。授業参加の事前・事後の情動評定の差についてt検定を行った結果,すべての項目に有意差が見られた。なかでも顕著な効果が,解放感(t (36)=8.2,p<.01)「積極性」(t (36)=8.8,p<.01)に出されたことは,音楽療法における心理臨床的要素と重なることが示された (芳野,2014)。
2 難病・先天性無痛無汗症について
「無痛症を伴う先天性感覚性ニューロパチー」の総称である。遺伝性末梢神経疾患の一つであり,痛覚障害,温度感覚障害,無痛症,知能障害を主徴とするまれな疾患である。発症は生下時から始まり,高温環境での発熱,四肢・口腔内の外傷,自傷行為等により乳児期に気づかれることが多い。組織学的には無髄線維と小径有髄線維の減少ないし欠如が認められており,痛覚と熱覚に関連する小径有髄線維の減少が,この感覚低下の原因である。無汗症の原因は汗腺の形態や数に異常はないが,汗腺を取り囲む血管を支配する交感神経節後線維の欠如とされている。また先天性無痛無汗症の家系内発症は常染色体劣性遺伝とみなされている。本児(以下Aと記載)の場合,先天性無痛無汗症の長男と同じく生後5日目に体温上昇時に汗が出ず赤い斑点が額に見られた為,母親により無痛無汗症と認知された。
3 難病・先天性無痛無汗症児Aとの出会い
Aとはエレベーターの扉の前で出会った。Aは車椅子を器用に動かし筆者と初めて挨拶を交わした。「こんにちは」と答え,愛くるしい表情の瞳と少し恥ずかしそうな様子が印象的であった。当時,Aは公立小学校6年に在籍する12歳の少年であった。Aの野球帽には誇らしげにジャイアンツのマークが入り,バットとボールを携えていた。Aにとって最も大切な記念の品(後日面接の中で語られた)を筆者に見せたい思いが伝わってきた。恐らくそれらの品はAの希望の象徴でもあり誇りでもあったと,面接を振り返り確信する。
4 Aとの音楽教育に息づくもの
Aとの音楽療法的支援教育は,Aの得意な教科が「音楽」であり,思春期の中学生にとって課題とされる自分の感情を素直に表現する場として,中学1年4月より面接時セッションに導入した。
また常に対人関係やクラス集団での葛藤や不安を抱きながら学校生活を送っているAの社会的状況を鑑みるに,課題解決への導入効果を期待した。
支援プログラム目標は①発達課題の克服②対人関係と集団適応③進路と学習課題④心理・情緒面の安定上記4項目に支援の焦点を定めた。なかでも④の項目は音楽療法の視点より感情表出,美的表現,欲求満足,アンサンブル音楽コミュニケーションに焦点を当て音楽的律動を用いて指導した。その面接過程を,Aの中学校卒業期まで記述する。
本研究は2006年聖徳大学家族問題相談センター紀要に提出した論文の一部に加筆し作成したものである。