日本教育心理学会第57回総会

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2015年8月26日(水) 16:00 〜 18:00 メインホールA (2階)

[PC001] コックの日常実践における観測された学習

會津律治 (横浜国立大学大学院)

キーワード:学習, 実践, 観測

【目 的】
一般に日常生活や仕事の実践の場においては,長い時間をかけて多くの経験から学習するため,「いつ・なにから」学習が生起したかが明らかとなることは稀だと考えられる。一方,学校における学習では,試験や評価によって学習した量と質を可視的にする構造があるため,いつ(比較的短期なある一定期間)・なにから(教師・教材等)学習したかはずっと明示的である。有元(2013)は,短期における学習者の変化について「学習者の人生のうちのほんの一瞬を切り取りそこに学習を見て取るのは,科学的な設定というより人間的な思惑に過ぎない」としている。
本調査では,レストランのコックへのインタビューから実践における発達的な変化を記述し,長い時間をかけて生起する学習とはどのようなものかを明らかにする。
【方 法】
調査対象:コック(調理歴11年・37才・男)。調査時期:2015年2月25日10:30から15分間。調査内容:レストラン内でのコックへのインタビュー場面をビデオ録画した。録画記録より実践における学習に言及した会話を抽出し,分析した。
【結果と考察】
今回得られたデータより,コックが実践の場において「いつ・なにから」学習したかが明確にできない場面の発話に特に焦点化し,分析した。
10:32:21
調査者:「仕事について,何から学習しますか?」
10:32:27
コック:「料理本や情報,先輩からですね」
10:32:32
調査者:「他には,顧客からはどうですか?」
10:32:37
コック:「顧客から・・んー・・(考え込む)」
10:32:44
調査者:「学習というか,ささいなものでも」
10:32:51
コック:「顧客からかなー・・?料理を作っていて,手の込んだもの,より美味しいものを作ろうとするんですが,でも顧客はそれを本当に望んでいるのかな,と思うんですよね」
10:33:11
調査者:「はー・・,例えば?」
10:33:15
コック:「料理を作っていて,魚の上に何種類ものスパイスで出来たソースをかけて,最後に香草を飾る。顧客はもっと・・(考え込む)」
10:33:45
調査者:「手をいれない?」
10:33:48
コック:「そうそう,もっとシンプルに,顧客は素材そのものの味を望んでいるのでは,と思うんですよね」
10:33:56
調査者:「何からそう思うの,顧客の反応から?」
10:34:02
コック:「何だろう・・何から・・(考え込む)」
10:34:12
調査者:「何か言われた?そう思ったのはいつ?」
10:34:19
コック:「言われた訳では・・,前から,でもこのごろ特にそう思うんですよね」
以上の,会話データで示されたように,レストランの実践において,コックは長い時間をかけて調理の新たな方向性を学習していることが明らかになった。しかし「いつ・なにから」学習したかは不明であった。このような実践の中での長い経験のなかでの理解の変化は,短期における学習者の発達的な変化としては観測されにくい。
本調査で見られたコックの理解の変化は,コックが長期に渡り仕事の場の実践へ参加しつづけることによる,技術・地位・働く場の変転に伴うものの見方の変化と考えられる。このことをレイヴ&ウェンガー(1993)は「正当的周辺参加」において,「変わりつづける居場所とものの見方の変化が,行為者の学習の軌道(trajectories)であり,アイデンティティの発達であり,またメンバーとしてのあり方である」としている。
「いつ・なにから」を定め,どのくらい学習したかを観測する学習デザインとなっている学校にとって,本研究のリアルな実践場面における「短期の成果を基準としては見えない学習」は,今後の学校教育を再考する上で参考となると考える。