[PC036] 放射能の健康影響に関する誤った推論の否認
批判的思考態度と知識量の影響
Keywords:食品放射能リスク, 省略三段論法
問題と目的
2011年の東日本大震災では,放射能の健康影響について根拠の曖昧な情報が溢れ,人々のリスク認知に大きな影響を与えた。放射能リスクについて誤った推論を下さないためには,自分の推論が科学的に正しい情報を前提にしているか明確化する必要がある。その際,隠れた前提を明らかにして論証を評価する重要な能力として,批判的思考がある(e.g., Ennis, 1987)。
批判的思考能力の高い人は,適切な目標を持っている場合,正しく推論を評価する傾向にある(田中・楠見,2012)。しかし,目標によらず主体的に批判的思考を行うためには,能力とあわせて態度にも着目する必要がある。また放射線のような領域固有の知識も,情報の内容自体を吟味するために重要である(楠見,2015)。
そこで本研究では,放射能に関する省略三段論法推論(前提が明示されていない誤った推論)の同意度に,批判的思考態度と知識量が及ぼす影響について検討する。
方法
参加者 インターネット調査会社の登録モニター500人(M=40.1歳;男性250人,女性250人)。東北150人,関東200人,関西150人。子どもがいる人49.2%。
材料 放射能の健康影響に関する誤った推論を評価する課題として,省略三段論法推論6項目を作成した。省略三段論法推論とは,第1格前件肯定式の三段論法「pはq;Yはp;ゆえにYはq」から,大前提「pはq」を省いた「Yはp;ゆえにYはq」の形式をとる論法である (田中・楠見,2012)。本研究では,食品放射能リスクについて科学的に誤った情報を大前提とした。誤情報は,関係省庁のHPにあるQ & Aから収集した。また批判的思考態度は,平山・楠見(2004)に基づく短縮版12項目により測定を行った。さらに放射線の知識量を測るため,消費者庁(2014)「風評被害に関する消費者意識の実態調査(第3回)」から6項目を出題した。
手続き 以下の手順でウェブ調査を実施した。⑴子どもの有無 胎児・子どもがいる場合は学齢についても質問。⑵省略三段論法推論に対する同意度評価 架空の国Xが原発事故により放射性汚染を受けた状況を設定した。そしてX国に関する原子力の専門家Sさんの発言(小前提)から,友達Aさんのように考えること(結論)について,どの程度同意できるか5段階評定を求めた(6項目,例:専門家Sさんの発言「X国の人びとは食品から放射性物質を取り込みました」→友達Aさんの推論「X国の人の体にたまった放射性物質が悪影響を及ぼすのだろうな」)。本問で扱うテーマは倫理的な問題を伴うため,「架空の国Xが東日本大震災とは無関係である」ことをリード文で強調した。⑶批判的思考態度尺度(12項目,α=.93)。⑷放射線の知識(6項目,α=.81,例:放射線の人体への影響を考える際には,放射性物質ごとの物理学的半減期や生物学的半減期を考慮する必要がある)。最後にデブリーフィングを行った。
結果と考察
1.省略三段論法推論に対する同意度 6項目それぞれに対する同意度を単純集計により明らかにした。「5:同意」「4:少し同意」とした人は是認群,「1:同意できない」「2:余り同意できない」とした人は否認群,「3:どちらともいえない」人は中間群に分類された。 S1とS2は是認群が,S3~S5は中間群が,S6は否認群が最も多いという結果になり(Table 1),放射能の誤情報しだいで同意する傾向が異なっていた。
2.省略三段論法推論の否認に批判的思考態度と知識量が及ぼす影響 分析に先立ち,批判的思考態度尺度の平均値(M=3.58)に基づいて回答者を3群に分割した。3点未満を低群(72名),3点以上4点未満を中群(282名),4点以上を高群(146名)とした。知識量(「知っていた」と評定された項目ごとに1点を与えた合計値)は,得点の低い側に分布が偏っていた。そこで中央値(M=3)に基づいて3点未満を低群(219名),3点以上を高群(281名)とした。その後,省略三段論法推論6項目それぞれの同意度を従属変数として,批判的思考態度3(高・中・低)×知識量2(高・低)の2要因分散分析を行った。その結果,S1では知識の主効果が有意(p<.05),S2では態度の主効果が有意(p<.05),S3とS4ではどの要因も非有意,S5では知識の主効果が有意(p<.001),S6では態度と知識の主効果がいずれも有意(p<.05;p<.001)であった(Table 2)。つまり放射能情報の内容しだいで,批判的思考態度と知識量の及ぼす影響が異なっていた。よって,批判的思考態度と知識の両方を組み合わせることが,放射能リスクを客観的に推論する上で効果的である可能性が示唆された。
2011年の東日本大震災では,放射能の健康影響について根拠の曖昧な情報が溢れ,人々のリスク認知に大きな影響を与えた。放射能リスクについて誤った推論を下さないためには,自分の推論が科学的に正しい情報を前提にしているか明確化する必要がある。その際,隠れた前提を明らかにして論証を評価する重要な能力として,批判的思考がある(e.g., Ennis, 1987)。
批判的思考能力の高い人は,適切な目標を持っている場合,正しく推論を評価する傾向にある(田中・楠見,2012)。しかし,目標によらず主体的に批判的思考を行うためには,能力とあわせて態度にも着目する必要がある。また放射線のような領域固有の知識も,情報の内容自体を吟味するために重要である(楠見,2015)。
そこで本研究では,放射能に関する省略三段論法推論(前提が明示されていない誤った推論)の同意度に,批判的思考態度と知識量が及ぼす影響について検討する。
方法
参加者 インターネット調査会社の登録モニター500人(M=40.1歳;男性250人,女性250人)。東北150人,関東200人,関西150人。子どもがいる人49.2%。
材料 放射能の健康影響に関する誤った推論を評価する課題として,省略三段論法推論6項目を作成した。省略三段論法推論とは,第1格前件肯定式の三段論法「pはq;Yはp;ゆえにYはq」から,大前提「pはq」を省いた「Yはp;ゆえにYはq」の形式をとる論法である (田中・楠見,2012)。本研究では,食品放射能リスクについて科学的に誤った情報を大前提とした。誤情報は,関係省庁のHPにあるQ & Aから収集した。また批判的思考態度は,平山・楠見(2004)に基づく短縮版12項目により測定を行った。さらに放射線の知識量を測るため,消費者庁(2014)「風評被害に関する消費者意識の実態調査(第3回)」から6項目を出題した。
手続き 以下の手順でウェブ調査を実施した。⑴子どもの有無 胎児・子どもがいる場合は学齢についても質問。⑵省略三段論法推論に対する同意度評価 架空の国Xが原発事故により放射性汚染を受けた状況を設定した。そしてX国に関する原子力の専門家Sさんの発言(小前提)から,友達Aさんのように考えること(結論)について,どの程度同意できるか5段階評定を求めた(6項目,例:専門家Sさんの発言「X国の人びとは食品から放射性物質を取り込みました」→友達Aさんの推論「X国の人の体にたまった放射性物質が悪影響を及ぼすのだろうな」)。本問で扱うテーマは倫理的な問題を伴うため,「架空の国Xが東日本大震災とは無関係である」ことをリード文で強調した。⑶批判的思考態度尺度(12項目,α=.93)。⑷放射線の知識(6項目,α=.81,例:放射線の人体への影響を考える際には,放射性物質ごとの物理学的半減期や生物学的半減期を考慮する必要がある)。最後にデブリーフィングを行った。
結果と考察
1.省略三段論法推論に対する同意度 6項目それぞれに対する同意度を単純集計により明らかにした。「5:同意」「4:少し同意」とした人は是認群,「1:同意できない」「2:余り同意できない」とした人は否認群,「3:どちらともいえない」人は中間群に分類された。 S1とS2は是認群が,S3~S5は中間群が,S6は否認群が最も多いという結果になり(Table 1),放射能の誤情報しだいで同意する傾向が異なっていた。
2.省略三段論法推論の否認に批判的思考態度と知識量が及ぼす影響 分析に先立ち,批判的思考態度尺度の平均値(M=3.58)に基づいて回答者を3群に分割した。3点未満を低群(72名),3点以上4点未満を中群(282名),4点以上を高群(146名)とした。知識量(「知っていた」と評定された項目ごとに1点を与えた合計値)は,得点の低い側に分布が偏っていた。そこで中央値(M=3)に基づいて3点未満を低群(219名),3点以上を高群(281名)とした。その後,省略三段論法推論6項目それぞれの同意度を従属変数として,批判的思考態度3(高・中・低)×知識量2(高・低)の2要因分散分析を行った。その結果,S1では知識の主効果が有意(p<.05),S2では態度の主効果が有意(p<.05),S3とS4ではどの要因も非有意,S5では知識の主効果が有意(p<.001),S6では態度と知識の主効果がいずれも有意(p<.05;p<.001)であった(Table 2)。つまり放射能情報の内容しだいで,批判的思考態度と知識量の及ぼす影響が異なっていた。よって,批判的思考態度と知識の両方を組み合わせることが,放射能リスクを客観的に推論する上で効果的である可能性が示唆された。