日本教育心理学会第57回総会

講演情報

ポスター発表

ポスター発表 PC

2015年8月26日(水) 16:00 〜 18:00 メインホールA (2階)

[PC051] 地方都市における特別支援教育の推進状況と課題

特別支援教育コーディネーターの実態調査にもとづいて

立松英子1, 高橋由実#2 (1.東京福祉大学・大学院, 2.東京福祉大学・大学院)

キーワード:特別支援教育コーディネーター, 特別支援教育

問題と目的
障害者の権利に関する条約への批准が国連で承認され,我が国では障害者の権利を実現するための措置が具体化しつつある。全ての学校において「合理的配慮」の実践が求められるなか,現状はどのようになっているのだろうか。本研究では,特別支援教育コーディネーター(以下コーディネーター)の活動に焦点を当て,特別支援教育の推進において,小中学校でその職責を十分に発揮するための課題を探ることを目的とした。
方法:都心からやや離れた人口20万人の地方都市(A市)において調査を行なった。対象は小学校24校と中学校11校のコーディネーター及び校長である。A市の教育委員会の協力を得て悉皆調査(アンケート)として行なった。次に,回答のあった学校に追加調査を行い,文書で承諾を得たコーネーター9名に,面接調査を行なった。
結 果
第1回アンケート調査の回収(率)は小学校20校(80%),中学校11校(100%),校長29校(83%)であった。校内委員会の設置,特別支援教育コーディネーターの指名等特別支援教育制度の条件整備は全ての学校で完了し,個別の指導計画も90%の学校で作成していた。約7割の校長が,特別支援教育の制度や理念を保護者に説明していると答えていた。一方,専任のコーディネーターはおらず,29名(94%)が学級担任を兼務し,そのうち25名(81%)が特別支援学級を担当していた。コーディネーターの平均年齢は50.8歳であり,特別支援教育の平均経験年数は13.7年(2年-33年),特別支援学校教諭免許保有率は54.8%であった。学校評価の評価項目に「特別支援教育」がある学校は3校(10%),「特別支援教育コーディネーター」がある学校は1校であった。校内委員会の開催頻度は「学期に1回程度」が最も多く(19校:61%),「月に1回程度」が8校(26%),「それ以上」は3校(10%)であった。
次に,アンケート調査の自由記述及び面接調査の結果を検討した。特別支援教育を視野に入れた学校経営として,「研修を企画すること」「支援が必要な児童生徒に複数の教員がかかわるようにすること」「わかりやすい授業の推進」などが挙げられ,「全職員で」「複数の教員で」「全てのスタッフで」「多くの教師で」などの表現が頻出することから,学校全体で取り組みたいという校長の想いがうかがわれた。一方,コーディネーターの自由記述及び面接調査では,「学級経営で精一杯」「自分の学級を空けて支援の必要な児童生徒を見に行くことができない」「具体的な支援方法を助言しても,当該学級では日々の学級経営に追われ実行は困難」「スクールカウンセラーとの情報交換や共通理解が困難で,コーディネーターは全般的な情報をつかみにくい」など活動のしにくさがうかがわれ,校内委員会においては,「○○(障害名)ではしかたがない」など障害名が手だてを諦める結論になる場面があることも報告された。面接の承諾を得る過程で,第1回調査に回答した31校のコーディネーターに対し,「必要と思われる校内研修」について追加調査を行なったところ,「LD, ADHD等の障害理解」「児童生徒の支援内容」など直接指導に関わる内容が80-90%,他に「特別支援教育の理念」(38%),「制度や法律」(13%)という回答があった。
考 察
本研究の対象市では,全ての小中学校に特別支援学級があり,特別支援教育制度の条件整備も国全体の状況以上に進んでいる。一方,第1回調査からは,校内委員会の開催頻度は学期に1回程度が最も多く,学校評価の評価項目に「特別支援教育」はなく,コーディネーターが学級担任を兼ねているなど,制度が機能するための環境が整っていない実状が推察された。コーディネーターの自由記述や面接調査には,その職務に専念しにくい環境が,校内研修に関する調査結果には,特別な支援が必要な児童生徒への手だての共有のみならず,特別支援教育の理念・制度についての理解の浸透が課題となる状況が現れていたといえる。
「インクルーシブ教育システム」(inclusive education system)の構築が叫ばれる一方で特別支援学校・学級への人口流入が続く我が国の現状は,地域の学校での生きにくさの反映かもしれない。本研究の結果が国全体を代表しているとはいえないが,条件整備の進捗状況にかかわらず,理念の浸透や,教育の専門性向上への具体的対策が必要なことが示唆されている。障害者の権利に関する条約では,共生社会を形成し,障害のある子どもがその能力や可能性を最大限に伸ばす環境を作ることが必要としているが,そのことが障害のない子どもや教師にも何らかの利益や喜びをもたらすものとして捉えられることが必要であろう。場を同じくしたために,双方が不利益を被ることのないよう,組織的な工夫が求められている。