日本教育心理学会第57回総会

講演情報

ポスター発表

ポスター発表 PH

2015年8月28日(金) 13:30 〜 15:30 メインホールA (2階)

[PH040] 自己感の回復に寄与する自己回帰過程の検討

中間玲子 (兵庫教育大学大学院)

キーワード:自己感, 自己回帰

【問題と目的】
自分が自分として存在することの感覚を有することは自己意識の基盤であり,それが欠如した事態である人格感喪失あるいは離人現象における訴えは,私たちの通常の生活が能動性の意識によって支えられていることに気づかせる(ヤスパース, 1913)。さらに私たちは自らが“自分らしい”と感じられる基準を有しており(松尾,2006),Kernis(2002)は,自分らしくあるという感覚を適応の中核的概念として位置づけている。
だが現実生活の中で,常に自分らしく生きることは難しい。多くの人は,他者との関係性や差し迫った課題状況を生きる中で,多少なりとも自己の欲求や感情を抑制している。これは人間が社会化の過程で身につけるべき自己制御の能力であり,社会適応において必要な側面でもある。ならばおそらく,適応的な人の場合,社会的あるいは状況的に規定された規範を守るため,また,他者や周囲の期待に応えるために,自らの意図とは反した行動を必要に応じて遂行しつつも,主体としての自己の感覚を維持するための過程も確保できているのだと考えられる。強制的な役割意識やプレッシャーなど,自己疎外感を抱かせるような外的圧力から解放された際,安堵感とともに「自分を取り戻す」感覚が経験されることがある。これが,自己感の回復に寄与するような上記過程にあたるのではないかと推測される。
しかしながら,適応的な状態としての本来感(伊藤・小玉,2005),不適応的な状態としての過剰適応(石津,2006)やバーンアウト(落合,2003)において自分らしさの感覚の程度が問われることはあるものの,そのような自己感の回復過程について検討した研究はあまりみられない。本研究では,「自分を取り戻す」過程を“自己回帰”過程と名付け,それが自己疎外的な場面からの自己感の回復にいかに影響するのかを明らかにすることを目的とする。具体的には自己の欲求や感情に対する配慮のしやすさの点から状況要因を操作し,それぞれの状況における感情状態や自己の状態と,自己回帰の様相との関連について検討する。
【方 法】
手続き:Web調査会社にインターネット調査を依頼した。
調査内容:a)日常状況(最近の生活全般),b)リラックス状況,c)緊張状況,d)一時的休息状況の4状況を想定し,各状況における感情および自己感の状態,自己回帰の程度について回答を求めた。①感情状態:一般感情尺度24項目(小川ら,2000)および安堵感情10項目(門地・鈴木,2000)より33項目(1項目は重複のため除外),②自己感: 自己の強さとしてのS動機感情および他者との親密さとしてのO動機感情(Hermans & Hermans, 1995),各4項目,6件法。③自己回帰:私的自己意識の状態における知見や自己一致に至るカウンセリング過程の内容などから80項目作成。6件法。
対象:20歳代男女500名(男女各250名)とした。ただし,回答傾向や状況想起チェックなどから不適切な回答は削除し,最終的には209名(男子93名,女子116名)を分析対象とした。分析対象者の平均年齢は26.01歳(SD=2.55)であった。
【結 果】
1.自己回帰尺度の作成 4状況に共通して3因子を抽出した。状況普遍的に用いうることを基準に項目の選抜を行い,最終的に“安心”因子12項目,“自己確認”因子12項目,“私的空間”因子5項目からなる29項目の尺度を作成した。
2.状況による得点差の検討 実験条件である3状況における自己回帰得点の差を検討したところ,いずれの下位尺度でも状況の主効果,および,[緊張<休息<リラックス]の得点差が有意であった。感情状態についても状況の主効果が有意であった。ただし,S得点とO得点については,緊張状況と休息状況との得点差が有意ではなかった。
3.自己回帰と感情・自己感との関連 各状況における自己回帰の下位尺度得点の標準得点を算出し,そこからクラスターを作成した。リラックス状況および休息状況においては4クラスター(高,低,自己確認優勢,安心優勢),緊張状況においては3クラスター(高,中,低)を得た。各状況においてクラスターによる感情得点の差を検討した(Fig. 1)。自己感の回復には,特に自己確認が影響していることが明らかとなった。