日本教育心理学会第58回総会

講演情報

ポスター発表 PA(01-64)

ポスター発表 PA(01-64)

2016年10月8日(土) 10:00 〜 12:00 展示場 (1階展示場)

[PA60] 病や死の深刻化する危機的状況と青年の価値追求

ある友人に対する心情や行動が変容する青年

宮野祥雄 (0)

キーワード:青年の価値追求, 病や死の深刻化, 臨界実験法

問   題
 病や死が深刻化する危機的状況における,友人に対する青年の心情・行動変容の機序の探求に駆られた。文献検索を試みたが,該当する研究を見いだせなかった。前述した機序の追究にあたる。
方   法
 対象者は女子青年で,軟骨肉腫に罹患し,他界。臨界実験法の足場に立ち,Sprangerの了解に則り,公開された文献をもとに研究をすすめる。研究期間は2014年7月より2016年2月現在に至る。
了解的探求
(1)中学2年次の秋口から1960年11月の大学病院退院に至るまで 中学2年次の嗅覚減退,高校2年次の顔の圧痛などで医院や大学病院にかかり,異なる大学病院に入院(1960年3月)中の7月,院内である青年に出会い,文通を続けた。(2)気持ちの上での幸福の絶頂期(大学病院退院時より大学入学直前の1962年3月まで) 本青年は高校に復帰。大学合格を目指して夢・希望に酔い,猛勉をし,待望の大学に合格,高校を卒業。本青年の心情や行動の背後に勉強や仕事に励み,社会のため自己のために生きようとする価値追求心を読み取った。(3)文通する友人と思いがけず再会 大学入学を控えての4月,病気が顕現化。入学後,前述した大学病院で治療を受け,7月に入院。入院中の7月,文通中の友人と再会。(4)生きるために求めた心の支えとしての親友 8月の手紙に“…今まで…実際に話をしたのはごくわずか。…。…どんな…ことでも相談にのって…。…。…死ぬ時まで。”とある。前述した親友を求めての切実な心情や行動の背後に,死や病気を意識し,手紙に綴った “…死ぬ時に、幸福でしたと言えるよう、自分で努力しなければ…。…。青い鳥は自分の手で…。”という《(病や死を意識しての根幹的な)価値追求心》を読み取った。(5)顔の半分を失う手術と不治の病のことで,芽生えつつある“愛”のかかわる生と死の心情を揺れる 9月の日記に“…(K)先生の誠意…。嬉しくて涙が…。何もかも話して下さった。…。…相談にのっていただこう。” “…この愛情が美しい間に死にたい。”“…先生が…メディカル・ソーシャル・ワーカー(M・S・W)の小冊子を…貸して下さる。…。…(貴方との)交際もよそう。…(貴方を)不幸にする。…友達の領域を少々オーバー…。”と,あり,10月の日記に“手術をして顔半分…生きつづける価値が…あるのか。”“手術のあと…。死の宣告よりも恐ろしい。…。自殺の方法が頭を…。”と,ある。(6)本友人や周囲との関係を断って“奉仕事業”に生きることを決意 10月の日記に“…新しい人生の…出発を…。”と,ある。手紙には,ここの題目に記した,《価値追求心》に根ざす決意と,この決意の機序,別離のお願いが綴られている。が,日記には不眠様状態を綴り,“…睡眠薬…を買う。いつでも死ねるように。”とある。(7)プロポーズを受けてこの愛を支えに生き抜いていこうと変化 10月,本青年は,訪ねて来た本友人に対して心情を口にし,なんで来たの,と,怒った。本友人が愛を告白し,意見を言うと,本青年の態度は軟化。翌日,父親,医師も交えて話す。その日に,そんなに私を愛して…るなら,一緒に死んで…,と言って睡眠薬を出した。本友人が説得し,本青年は本友人の心を了解した。<1月の日記に“こんな顔になると先生から聞いた後でプロポーズした…(貴方)の言葉を忘れられない。”と,あり,この事柄については当日(10月17日)の日記にも綴っている。> 10月の日記に“…(貴方)の愛情なしでは生きていけない。”とあり,11月の手紙には,“…万一の場合…。…幸せにしてくれる人を一生懸命さがして、うんと幸せな家庭を…。” と,ある。(8)顔半分の大手術(11月) (9)再発の恐怖におびえながらも生き抜こうとする 1963年1月の日記に“最近、…鏡を見るように…。…美しくありたい。心をみがこう。” “…右の目の鼻側に…骨が…。…未来設計が…くずれ…。”とあり,手紙に“どんなことがあってもこの仕事(M・S・W)にうちこんでいく…。…。頑張るわネ、…(貴方)!”と,ある。(10)私の青春を奪い一生をくるわせた軟骨肉腫,私はこれをにくむ 1月の日記に,この題目に加えて“…。負けてたまるものか。いつか征服してあざ笑ってやろう。”と,ある。この心情の背後に社会のため,自己のために生きようとする強い価値追求心を読み取った。(11)こんな素晴らしい恋人がいる 2月の手紙には,題目に記した“…恋人が…。”とあり,日記に“…元気になって…(貴方)の愛情にむくいます、と書いたその瞬間から、また死の恐怖に…。”とある。(12)2月,再手術 (13)本友人の心の揺れに自分も揺れる 2月の手紙に“…(貴方の)いない世の中に執着はありません。”と,ある。日記に“…私の目は、ダメらしい。…。…いつ頃、天国へ…。…。…生まれ出たことを悔いはしない。愛すること…、愛されることを知っただけでも、充分である。”と,ある。4月の手紙には“…(貴方と)お話していなければ生きていけない私が、…(貴方を)失って…。” “…どうしてバーと悪くなってしまわないのかしら…。”と,あり,揺れている時の心情が綴られている。(14)貴方の心の中の妻として頑張る 6月の日記に“…(貴方が)いたからこそ、これだけ生きた…。” “…(貴方は)私を心の中の妻と呼んだ。…。…すばらしい妻になれるよう、ファイトをもって勉強(?)しますわ。”と,ある。(15)あなたに愛されながら逝きたい 7月,電話で本青年は「…もうダメです。…。…(貴方,)ここまで頑張ってきた努力を認めて…」と語り,訪問時に本友人は「顔を剃って」と本青年に言われ,剃ってあげた,という。前述してきた,本青年の“求め”に,ここの題目に記した心情を読み取った。(16)他界(8月)
 上記(5)(6)(7)(9)(10)(11)(13)(14)(15)の心情や行動の背後に病や死を意識しての根幹的な価値追求心を読み取った。本研究をもって,死や病が深刻化する状況における本青年の本友人に対する心情・行動変容の機序と,本青年の心情・行動の背後に存在する価値追求心を追究した。
引用文献
大島みち子 (2005). 若きいのちの日記 愛と死の記録大和書房(pp.20-26,31-33,51,56,66,67,78,81,83,88,90-95,97,130,131,138,142,145,146,162,163,222,225,228,234-243).
大島みち子・河野 実 (2006). 愛と死を見つめて ポケット版ある純愛の記録 大和書房(pp.19,20,22,25,26, 49-56,79,126,138,190,195,231,235).
丸山三郎「中学時代の思い出」/桑村 寛「高校時代の思い出(1)」/河井克夫「高校時代の思い出(2)」/金光正志「大島みち子さんはどんな病気だったのか」(2005)若きいのちの日記[特別付録]大和書房pp.1-12.