[PD07] 心の理論の文化差は“個人主義 vs. 集団主義”で説明できるか
心の理論課題と相互独立・相互協調的自己観尺度との関連
キーワード:心の理論, 文化差, 成人
問 題
心の理論(theory of mind)は,幼児を対象に主に誤信念課題を用いてその通過年齢について議論されてきた。そのデータが蓄積され,誤信念課題の成績に関するメタ分析が行われた。最もデータ数の多い欧米を基準とすると韓国の子どもは同じくらいの年齢で通過し,オーストラリアやカナダの子どもはそれより早く,日本やオーストリアの子どもは最も通過が遅れることが指摘された(Wellman, Cross,& Watson, 2001)。この通過年齢における文化差については,“個人主義vs.集団主義”理論がよく引用される(Markus & Kitayama, 1991)。西洋は個人主義であるため,誤信念課題のように自分と他者の視点を切り離した課題に関して,集団主義である東洋の子どもと比べて早いうちから通過できるというのである。しかし,同じ集団主義である韓国の子どもは西洋の子どもと同じくらい年齢で誤信念課題を通過できると報告されているため,個人主義vs.集団主義理論では説明がつかないと考えられる。そして,これまで個人主義vs.集団主義の観点から心の理論の文化差を検討した実証研究はない。文化とは“ヒトの生活を媒介する人工物の集合で,多くは世代を超えて共有されるもの”(波多野・高橋, 2003)とあるように,子どもの心の理論の文化差を論じる際に大人の文化差を考えることが重要である。そこで本研究では,西洋の子どもよりも早く誤信念課題を通過できるオーストラリアと西洋よりもかなり通過が遅れる日本の大学生における個人主義もしくは集団主義の程度と心の理論の成績との関連を見ることで文化差を説明できるか否かを明らかにすることを目的とする。
方 法
1.調査対象者:日本人大学生334名とオーストラリア人大学生131名を対象とした。
2.調査内容:(1)7種からなる心の理論課題(東山,2011; Wellman & Liu, 2004))を実施した。すなわち,①自分と他者の異なる欲求の理解,②自分と他者の異なる信念の理解,③自分と他者の異なる知識の理解,④予期せぬ中身課題タイプの誤信念の理解,⑤位置移動課題タイプの誤信念の理解,⑥自分と他者の異なる信念と感情の理解,⑦他者の隠された感情の理解に関する課題である。日本の大学生には質問紙もしくはwebで回答できる形式を用い,オーストラリアでは質問紙で回答を求めた。ターゲット質問は他者の隠された感情の理解課題で2問,他の6課題は1問ずつ計8問であるため合計点8点満点となった。また,記憶質問も含めると合計14点満点となった。(2)相互独立・相互協調的自己観尺度(木内,1995)を用いて個人主義が集団主義かの得点を算出した。この尺度は16問からなり,得点が高いほど集団主義の傾向が強く,64点満点であった。
結 果
1.心の理論課題得点
8点満点での日本人の平均は7.60点(レンジ4-8,SD=.73)でオーストラリア人は7.76点(レンジ6-8,SD=.50)であった。14点満点での日本人の平均は12.91点(レンジ8-14,SD=.99)でオーストラリア人は13.02点(レンジ10-14,SD=.75)であった。8点満点においてのみ,日本人よりもオーストラリア人の方が得点が有意に高かった(t(463)=2.23, p<.05)。
2.個人主義vs.集団主義得点
日本人の平均は44.34点(レンジ16-64,SD=7.78)でオーストラリア人は33.63点(レンジ21-55,SD=6.84)であった。オーストラリア人よりも日本人の方が集団主義傾向が強かった(t(463)=9.89, p<.001)。
3.心の理論課題と集団主義との関連
日本人における8点満点の心の理論課題と集団主義得点の相関は認められず(r=.08, n.s.),14点満点の心の理論課題と集団主義得点には有意な正の相関が認められた(r=.14, p<.05.)。オーストラリア人においては8点満点,および14点満点のいずれの心の理論課題とも集団主義得点と有意な相関は認められなかった(それぞれr=.01, n.s.; r=-.01, n.s)。
考 察
オーストラリアと日本では確かに日本の方が集団主義傾向が強かったが,心の理論の文化差を“個人主義vs.集団主義”でを説明することはできなかった。今後は,同じ集団主義である韓国でも同様の検討をする必要があるだろう。
謝辞:本研究は,科研費若手研究(B)15K21577の助成を受けて行っている。また,オーストラリアのデータはクイーンズランド大学のスローター先生に協力を得て収集してもらった。
心の理論(theory of mind)は,幼児を対象に主に誤信念課題を用いてその通過年齢について議論されてきた。そのデータが蓄積され,誤信念課題の成績に関するメタ分析が行われた。最もデータ数の多い欧米を基準とすると韓国の子どもは同じくらいの年齢で通過し,オーストラリアやカナダの子どもはそれより早く,日本やオーストリアの子どもは最も通過が遅れることが指摘された(Wellman, Cross,& Watson, 2001)。この通過年齢における文化差については,“個人主義vs.集団主義”理論がよく引用される(Markus & Kitayama, 1991)。西洋は個人主義であるため,誤信念課題のように自分と他者の視点を切り離した課題に関して,集団主義である東洋の子どもと比べて早いうちから通過できるというのである。しかし,同じ集団主義である韓国の子どもは西洋の子どもと同じくらい年齢で誤信念課題を通過できると報告されているため,個人主義vs.集団主義理論では説明がつかないと考えられる。そして,これまで個人主義vs.集団主義の観点から心の理論の文化差を検討した実証研究はない。文化とは“ヒトの生活を媒介する人工物の集合で,多くは世代を超えて共有されるもの”(波多野・高橋, 2003)とあるように,子どもの心の理論の文化差を論じる際に大人の文化差を考えることが重要である。そこで本研究では,西洋の子どもよりも早く誤信念課題を通過できるオーストラリアと西洋よりもかなり通過が遅れる日本の大学生における個人主義もしくは集団主義の程度と心の理論の成績との関連を見ることで文化差を説明できるか否かを明らかにすることを目的とする。
方 法
1.調査対象者:日本人大学生334名とオーストラリア人大学生131名を対象とした。
2.調査内容:(1)7種からなる心の理論課題(東山,2011; Wellman & Liu, 2004))を実施した。すなわち,①自分と他者の異なる欲求の理解,②自分と他者の異なる信念の理解,③自分と他者の異なる知識の理解,④予期せぬ中身課題タイプの誤信念の理解,⑤位置移動課題タイプの誤信念の理解,⑥自分と他者の異なる信念と感情の理解,⑦他者の隠された感情の理解に関する課題である。日本の大学生には質問紙もしくはwebで回答できる形式を用い,オーストラリアでは質問紙で回答を求めた。ターゲット質問は他者の隠された感情の理解課題で2問,他の6課題は1問ずつ計8問であるため合計点8点満点となった。また,記憶質問も含めると合計14点満点となった。(2)相互独立・相互協調的自己観尺度(木内,1995)を用いて個人主義が集団主義かの得点を算出した。この尺度は16問からなり,得点が高いほど集団主義の傾向が強く,64点満点であった。
結 果
1.心の理論課題得点
8点満点での日本人の平均は7.60点(レンジ4-8,SD=.73)でオーストラリア人は7.76点(レンジ6-8,SD=.50)であった。14点満点での日本人の平均は12.91点(レンジ8-14,SD=.99)でオーストラリア人は13.02点(レンジ10-14,SD=.75)であった。8点満点においてのみ,日本人よりもオーストラリア人の方が得点が有意に高かった(t(463)=2.23, p<.05)。
2.個人主義vs.集団主義得点
日本人の平均は44.34点(レンジ16-64,SD=7.78)でオーストラリア人は33.63点(レンジ21-55,SD=6.84)であった。オーストラリア人よりも日本人の方が集団主義傾向が強かった(t(463)=9.89, p<.001)。
3.心の理論課題と集団主義との関連
日本人における8点満点の心の理論課題と集団主義得点の相関は認められず(r=.08, n.s.),14点満点の心の理論課題と集団主義得点には有意な正の相関が認められた(r=.14, p<.05.)。オーストラリア人においては8点満点,および14点満点のいずれの心の理論課題とも集団主義得点と有意な相関は認められなかった(それぞれr=.01, n.s.; r=-.01, n.s)。
考 察
オーストラリアと日本では確かに日本の方が集団主義傾向が強かったが,心の理論の文化差を“個人主義vs.集団主義”でを説明することはできなかった。今後は,同じ集団主義である韓国でも同様の検討をする必要があるだろう。
謝辞:本研究は,科研費若手研究(B)15K21577の助成を受けて行っている。また,オーストラリアのデータはクイーンズランド大学のスローター先生に協力を得て収集してもらった。