日本教育心理学会第58回総会

講演情報

ポスター発表 PD(65-89)

ポスター発表 PD(65-89)

2016年10月9日(日) 10:00 〜 12:00 市民ギャラリー (1階市民ギャラリー)

[PD84] 「精神的充足・社会的適応力」評価尺度の臨床的有意性

桂川泰典1, 山田達人#2, 飯島有哉3, 綿井雅康4, 加藤陽子5, 藤井靖6, 檜山久美#7, 蓑地一夫8 (1.早稲田大学, 2.早稲田大学大学院, 3.早稲田大学大学院, 4.十文字学園女子大学, 5.十文字学園女子大学, 6.早稲田大学, 7.株式会社実務教育出版, 8.株式会社実務教育出版)

キーワード:「精神的充足・社会的適応力」評価尺度, KJQ, 臨床的有意性

問題と目的
 子どもたちが学校集団の中で自己を発揮し,他者と折り合いをつけながら適応的,親和的に振るまうための精神的基盤は「精神的充足」「社会的適応力」と呼ばれ,これらを測定するための測度として「精神的充足・社会的適応力」評価尺度(菅野・綿井,2002;KJQ)が開発されている。
 近年,KJQを中長期的な生徒指導に活用する動きが広がり,データの経年変化の記述的検討がなされてきた。特に中学校期においては,学年の上昇に伴って「精神的充足」「社会的適応力」の得点がともに減少することが複数の研究で明らかとなっている(e.g., 猪熊・加藤・綿井・桂川・菅野,2012)。思春期発達の途上にある子どもは友人関係,進路の悩み等,心理的葛藤を抱えやすく,得点の減少が起こりやすい。そのため,KJQを用いて子どもの心の有意な変化を捉え,支援の必要性について判断するためには,発達に伴う標準的な変化とその他の要因による変化を峻別する必要がある。
 そこで,本研究では中学校期におけるKJQ得点の経年変化を詳細に分析することで当尺度における「意味のある変化とは何か」(臨床的有意性)について検討する。
方   法
分析対象:関東甲信越の公立中学校4校,私立中学校1校において,1年次~3年次まで同時期に3回縦断的に測定されたKJQデータ(N=749)。
調査時期:2013年4月-2015年12月
調査材料:「精神的充足・社会的適応力」評価尺度(菅野グループ,2011):57項目4件法。「安心感」(安),「楽しい体験」(楽),「認められる体験」(認)の3特性およびその合計評価点である「精神的充足」(精充),「自分の気持ちを伝える技術」(気伝),「自分をコントロールする技術」(統制),「状況を正しく判断する技術」(判断),「問題を解決する技術」(解決),「人とうまくやっていく技術」(上手),「人を思いやる技術」(思い)の6特性およびその合計評価点である「社会的適応力」(社適)の計11変数(全て1-5点)。分析は連結不可能匿名化されたデータを用いた。
分析方法:1年次と2年次,2年次と3年次のペアで分析した。IBM SPSS Statistics(ver.23)を用いて,被験者内信頼性の指標として級内相関係数(intraclass correlation coefficient: ICC)を算出した。続いて,奥村(2014)を参考に測定の標準誤差(standard error measurement: SEM)および検出可能な最小限の変化(minimum detectable change: MDC)を算出した。
結   果
 分析結果をTableに示す。「精神的充足」およびその下位特性は1-3年次への経年に伴い一貫して得点が減少した(「認められる体験」を除く)。「社会的適応力」およびその下位特性は,「自分をコントロールする技術」を除いて1-2年次にかけて一時的に増加するが3年次には1年次以下まで減少した。ICCは0.63-0.80,SEMは0.44-0.62,MDCは1.21-1.72の間で推移した。
考   察
 「認められる体験」の一時的な増加は,1-2年次にかけて友人関係の形成が進むことが理由として考えられる。ICC,SEM,MDCより「楽しい体験」,「問題を解決する技術」,「状況を正しく判断する技術」は経年による変動が大きく,「精神的充足」,「社会的適応力」,「人とうまくやっていく技術」は変動が小さい変数であることがわかった。今後は,MDCを超える変動が観測された際の積極的な支援とその評価が期待される。また,外部指標との関連を分析することでKJQにおける得点変化の臨床的な解釈可能性を向上させることが課題となるだろう。