日本教育心理学会第58回総会

講演情報

ポスター発表 PF(01-64)

ポスター発表 PF(01-64)

2016年10月9日(日) 16:00 〜 18:00 展示場 (1階展示場)

[PF46] 教職課程におけるメンタライジングを促進する授業

自己と他者の思考への気づきに着目したロールプレイの実践事例

増田優子 (大阪大学大学院)

キーワード:メンタライジング, 教職課程, ロールプレイ

問題と目的
 これからの教師に求められる重要な資質能力の一つとして,コミュニケーション能力や協働していく姿勢が挙げられている(杉本,2015)。メンタライゼーション (Mentalization) は,他者との関りやリフレクション(省察・洞察)を通して形成される自己理解・他者理解の能力であり (Fonagy & Target,1997),その行為をメンタライジング(Mentalizing)という。このような力は学校現場において即戦力的に求められるため,教師養成段階において高めることが望ましいと考えられる。そこで,メンタライジングを促進すると考えられるロールプレイによる体験型のワークを実施し,ロールプレイの内容,および,振り返りの時間が,現職の教師や教師を志望する学生に,それぞれどのような思考の変化をもたらすかを検討する。
方   法
対象 教員養成大学の大学院学生4名(うち3名は社会人学生(現職教員)。全て女性。20XX年6月から翌年3月までの間に4回 (#2~#5),各約90分の体験型のワークを実施した(ただし,参加者4名全員が毎回参加することはできなかった)。なお,5月に大学院授業の1コマにて1回目(#1:参加者22名)を実施し,授業後にその後のワークへ参加希望する者を募った。
内容 実施するワークの内容は,良いメンタライゼーションの基準 (Bateman et al, 2006 菊池ら訳 2012)を参考に作成したロールプレイであった。全参加者に対して,毎回,児童(小学生を想定,学年設定も行った) ・教師・保護者などの役割を割り振り,それぞれの役割を演じることで自己や他者の思考についての気づきが体験できるだろうと考えた。ワークの流れは,①ロールプレイの内容説明,②ロールプレイ(自身も教師役などで参加),③その日のねらいを伝える,④個々の感想や振り返り,⑤各体験等に基づいた話し合い,⑥アンケート(記述式で「振り返り」や「気づいたこと」,「改善点」,「今後の希望」について記入),であった(具体的な内容は結果において示す)。
結   果
 毎回のワークにおける参加者の発言記録とアンケートをもとに,参加者の思考の変化をみた。以下,3回目と5回目のワークを抜粋して,各課題の内容と参加者の感想を示す。
#3:課題は,算数の授業において,ある児童が自由奔放な言動で授業を中断する場面で,まじめに学習したいと思う児童と授業を中断した児童の両方の立場を体験するというものであった(参加者2名,実施者が教師役を演じた)。 参加者の感想は,「児童役になったことで,(普段の)教師目線から子ども目線の気持ちになれた」「ワークの設定内容が,実際に担当した児童と似ていたため,(まじめな手のかからない児童が)こんな気持ちだったのかなと思った」「同じ『自由な児童』という設定でも,(参加者が)それぞれ違う児童を想定して演じたことが面白かった」「他の先生の関り方や経験談は知る機会があまりないので (実際にどのように対応したなどの)話をきけたことは良かった」であった。
#5:課題は,保護者が,他の児童の不注意で自身の子どもの作品が壊れてしまったことに対して,担任に不満を伝えにきたという場面で,教師と保護者の両方の立場を体験し,その思いを相手に伝えるというものであった(参加者2名)。 参加者の感想は,「(教師として)親・子ども・学校の立場をふまえながら話すのは難しかった」「(保護者として)最初はいっぱい文句を言おうと思っていたのに,教師役の人と話すうちにだんだん言いたいことが言えなくなってきた」「実際の親の立場になってみると想像していた親の気持ちとは違っていた」「(両方を演じて)教師は保護者の気持ちに寄り添うことが大事だと思った」であった。
考   察
 参加人数の関係で,多様な視点からの活発な意見交換や討論はできなかった。しかしながら,参加者からは多くの感想や気づきが述べられ,回を重ねるごとに話し合いが活発になっていった。なかでも,最初は「演じた役の気持ちに気付けた」という意見だったものが,次第に演じた役に入り込み,「本気で先生の態度に腹が立った」というものへと変わっていった。2回目には要望も提示され,最後の保護者対応は参加者の希望により行った。
 本研究において,現職教員の参加者より「あの時の子どもの気持ちが今わかった」というような気づきの言葉を聞けたことは大変意義があったといえる。ただし,実際に現場を経験していない学生にとっては,学校現場を想定してロールプレイを行うことは難しいのではないかという意見もあった。学生対象に実施する際には,さらに,取り組みやすい内容への検討や,配役などへの配慮が必要だろう。