[PF63] 学生相談における被援助利益の労力価値割引
労を惜しむ大学生は学生相談を利用したがらない?
Keywords:価値割引, 援助要請, 学生相談
問題と目的
学生相談場面で得られる利益とコストの認知が学生相談への援助要請に影響することが知られているが(高野・宇留田,2004),本来,利益とコストは相互に影響しあうと想定される。一方,報酬の労力価値割引に関する研究では,報酬を得るのに必要な労力が多くなるほど,報酬に対する主観的価値が低下することも知られている(Sugiwaka & Okouchi, 2004)が,カウンセリングで受ける被援助利益といった,心理的・道具的な報酬・利益を対象とした研究はほとんど行われていない。
本研究では,大学生がカウンセリング(学生相談)を受ける際に得る利益に着目し,その利益を得るまでの労力(コスト)が,相談に対する主観的価値を低下させるかについて検討した。さらに,相談利益の労力価値割引の程度と悩みの程度,学生相談の利用意思との関連についても検討を行った。
方 法
研究参加者
本研究の分析の対象となったのは欠損値のない男性95名(M=18.88歳,SD=0.94歳),女性72名(M=19.04歳,SD=1.28歳)の計167名の大学生。
測 度
1.学生相談で生じる被援助利益の労力価値割引
学生相談の利益として道具的利益と心理的利益の2つを想定し,質問紙を作成した。この質問紙では学生相談室を利用するという場面で,1回の相談か労力(コスト)を要する複数回の相談(3回,6回,15回,30回)のいずれを好むかを選ばせた。複数回の相談選択肢は利益を100%で固定し,1回の相談選択肢は利益を10%から90%の9段階で変化させ,回答者の選択が1回の相談への選好から複数回への選好に切り替わった点をもとに,複数回の相談に対する主観的等価点(主観的価値)を算出した。
2.学生相談の利用意思・悩みの程度
利用意思の測定には伊藤(2006)の尺度を用いた。この尺度は,現在もしくは将来,学生相談室を利用したいかを問う4件法の2項目と,8つの悩みの内容ごとに,学生相談室を利用したいかについて尋ねる5件法の8項目で構成されており,得点が高いほど利用意思が弱いことを示す。悩みの程度については,利用意思で使用した8つの悩みに対して,「今,どの程度それらの悩みを感じているか」という観点から5件法で評定を求めた。この尺度は得点が高いほど悩みが強いことを示す。
3.臨床心理相談に関する経験の有無
臨床心理相談を利用した経験の有無を問う項目である。本研究のサンプル内で相談経験のある者は男性5名,女性14名であった。
結果と考察
まず,主観的等価点を従属変数,労力水準を参加者内要因とした1要因の分散分析を行ったところ,道具的,心理的利益ともに労力水準の要因が有意であった(道具的利益:F(3, 498)=466.19,心理的利益:F(3, 498)=360.98, ともにp<.01)。Ryan法(5%水準)による多重比較の結果,各水準すべての間に有意差が認められた(3回>6回>15回>30回)。次に,割引の程度を示す指標である曲線下面積(AUC; Myerson et al.,2001)を算出し,2つの利益のAUCと悩みの程度,利用意思間の相関係数を算出した結果,2つのAUC間,2つのAUCと利用意思,悩みの程度と利用意思の間の相関係数が有意であった(Table)。さらに利用意思を目的変数,性別と年齢(Step1),悩みの程度(Step2),2つのAUCの平均値(AUC-Total;Step3)を基準変数とした階層的重回帰分析を行ったところ,Step2とStep3で投入した変数のβと⊿R2が有意であった(Step2:β=-0.22,⊿R2=0.04;Step3:β=-0.21,⊿R2=0.05,ともにp<.01)。また決定係数(Step2; R2=0.05, Step3; R2=0.10)も有意であった(p<.01)。
以上の結果は,学生相談での利益を得るまでの労力が多くなるほど,その主観的価値は低下することを示しており,労力による報酬の価値割引現象が,カウンセリングで得られる心理・道具的利益にも認められることが示唆された。また,被援助利益の価値を割り引くほど,学生相談の利用意思が弱くなるという結果からは,労力による割引傾向への介入によって,大学生の学生相談への援助要請態度が促進される可能性も示唆された。
謝 辞
本研究の実施に際し,弘前大学の平岡恭一先生と駒澤大学の桑原正修先生に多大なご協力をいただきました。記してお礼を申し上げます。
学生相談場面で得られる利益とコストの認知が学生相談への援助要請に影響することが知られているが(高野・宇留田,2004),本来,利益とコストは相互に影響しあうと想定される。一方,報酬の労力価値割引に関する研究では,報酬を得るのに必要な労力が多くなるほど,報酬に対する主観的価値が低下することも知られている(Sugiwaka & Okouchi, 2004)が,カウンセリングで受ける被援助利益といった,心理的・道具的な報酬・利益を対象とした研究はほとんど行われていない。
本研究では,大学生がカウンセリング(学生相談)を受ける際に得る利益に着目し,その利益を得るまでの労力(コスト)が,相談に対する主観的価値を低下させるかについて検討した。さらに,相談利益の労力価値割引の程度と悩みの程度,学生相談の利用意思との関連についても検討を行った。
方 法
研究参加者
本研究の分析の対象となったのは欠損値のない男性95名(M=18.88歳,SD=0.94歳),女性72名(M=19.04歳,SD=1.28歳)の計167名の大学生。
測 度
1.学生相談で生じる被援助利益の労力価値割引
学生相談の利益として道具的利益と心理的利益の2つを想定し,質問紙を作成した。この質問紙では学生相談室を利用するという場面で,1回の相談か労力(コスト)を要する複数回の相談(3回,6回,15回,30回)のいずれを好むかを選ばせた。複数回の相談選択肢は利益を100%で固定し,1回の相談選択肢は利益を10%から90%の9段階で変化させ,回答者の選択が1回の相談への選好から複数回への選好に切り替わった点をもとに,複数回の相談に対する主観的等価点(主観的価値)を算出した。
2.学生相談の利用意思・悩みの程度
利用意思の測定には伊藤(2006)の尺度を用いた。この尺度は,現在もしくは将来,学生相談室を利用したいかを問う4件法の2項目と,8つの悩みの内容ごとに,学生相談室を利用したいかについて尋ねる5件法の8項目で構成されており,得点が高いほど利用意思が弱いことを示す。悩みの程度については,利用意思で使用した8つの悩みに対して,「今,どの程度それらの悩みを感じているか」という観点から5件法で評定を求めた。この尺度は得点が高いほど悩みが強いことを示す。
3.臨床心理相談に関する経験の有無
臨床心理相談を利用した経験の有無を問う項目である。本研究のサンプル内で相談経験のある者は男性5名,女性14名であった。
結果と考察
まず,主観的等価点を従属変数,労力水準を参加者内要因とした1要因の分散分析を行ったところ,道具的,心理的利益ともに労力水準の要因が有意であった(道具的利益:F(3, 498)=466.19,心理的利益:F(3, 498)=360.98, ともにp<.01)。Ryan法(5%水準)による多重比較の結果,各水準すべての間に有意差が認められた(3回>6回>15回>30回)。次に,割引の程度を示す指標である曲線下面積(AUC; Myerson et al.,2001)を算出し,2つの利益のAUCと悩みの程度,利用意思間の相関係数を算出した結果,2つのAUC間,2つのAUCと利用意思,悩みの程度と利用意思の間の相関係数が有意であった(Table)。さらに利用意思を目的変数,性別と年齢(Step1),悩みの程度(Step2),2つのAUCの平均値(AUC-Total;Step3)を基準変数とした階層的重回帰分析を行ったところ,Step2とStep3で投入した変数のβと⊿R2が有意であった(Step2:β=-0.22,⊿R2=0.04;Step3:β=-0.21,⊿R2=0.05,ともにp<.01)。また決定係数(Step2; R2=0.05, Step3; R2=0.10)も有意であった(p<.01)。
以上の結果は,学生相談での利益を得るまでの労力が多くなるほど,その主観的価値は低下することを示しており,労力による報酬の価値割引現象が,カウンセリングで得られる心理・道具的利益にも認められることが示唆された。また,被援助利益の価値を割り引くほど,学生相談の利用意思が弱くなるという結果からは,労力による割引傾向への介入によって,大学生の学生相談への援助要請態度が促進される可能性も示唆された。
謝 辞
本研究の実施に際し,弘前大学の平岡恭一先生と駒澤大学の桑原正修先生に多大なご協力をいただきました。記してお礼を申し上げます。