[PF72] 広汎性発達障害生徒の描画の特徴
輪郭線抽出と線描
キーワード:広汎性発達障害, 輪郭線抽出, 線描
目 的
広汎性発達障害を含む自閉症スペクトラムの生徒の中には,描画作品に精緻な作品を制作する生徒がいる。最近は,「アウトサイダーアート」という呼び名で,社会的に美術作品としてその価値が認められるようになった。美術を担当する教師として,生徒の「表現」を支援する立場の者として社会的認知は誠に喜ばしいことである。
しかし,その美意識に対する違和感や能力のアンバランスを常に感じてきた。
本事例は,教科学習においてインサイダーの表現技法を身につけるチャンスは十分にありながら定着は困難であった。現在の表現能力において,立体物は極めて精緻である一方で,描写については,モデルを見て描けないが,興味のあるキャラクターのイラスト模写は上手である等の特徴の背景について作例の比較を通して考察した。
方 法
対象
年齢 18歳 性別 男子
障害名 広汎性発達障害
① 立体
図1の立体作品は,大きさ・タテ5.7㎝×ヨコ2.8㎝×高さ6㎝ 素材は信楽の粗めの陶芸用粘土。指だけで,へらは使用せず7分程度で制作した。
② イラスト模写
図2は,対象の好きなアニメキャラクターを,印刷物を見て模写した。書き直すことは少なく,キャラクターの台詞を口にしながら40分で仕上げた。
③ モデルスケッチ
図3は,同じクラスの男子をモデルにして描いた。何から描いたらいいのか分からず,輪郭や顔のパーツなど指示した。80分かかった。
結 果
対象の指先の巧緻性については,鉛筆の持ち方及び握る,つまむなどの微細な動作に問題はない。イラストの模写ではキャラクターの特徴を見事にとらえており描写能力は高い。しかし,モデルを前にすると各パーツの形,大きさ,位置などのバランスをとることや描写に稚拙さが目立った。これは,輪郭線 (Outline) を意識して描くことは困難であるが,描かれた線を手掛かりにすれば高い描写力を示すことができるという特徴を示す結果となった。
考 察
三浦 (2010) によれば,自然界に輪郭線はなく,輪郭線を描写するには,「面」と「面」との色や明るさの異なる境界に生じるエッジの抽出が必要となる。本事例の作品比較の結果より,このエッジの抽出が困難であることから輪郭線や「面」を意識することも困難となっていることが推察される。
「面」をもとに立体感や写実性を表現する者が感じる違和感の発生はここにあり,対象生徒がアニメ・漫画のように線で表している作品に関心が向きやすいこと,そしてイラストの模写とモデルのスケッチの描写力の差もエッジ抽出能力の差が背景になっていると考察する。
文 献
三浦佳世 (2010). 電子情報通信学会 知識ベース 知識の森 感覚・知覚・認識の基礎, 第10章 絵画の知覚・認知, 1-6.
広汎性発達障害を含む自閉症スペクトラムの生徒の中には,描画作品に精緻な作品を制作する生徒がいる。最近は,「アウトサイダーアート」という呼び名で,社会的に美術作品としてその価値が認められるようになった。美術を担当する教師として,生徒の「表現」を支援する立場の者として社会的認知は誠に喜ばしいことである。
しかし,その美意識に対する違和感や能力のアンバランスを常に感じてきた。
本事例は,教科学習においてインサイダーの表現技法を身につけるチャンスは十分にありながら定着は困難であった。現在の表現能力において,立体物は極めて精緻である一方で,描写については,モデルを見て描けないが,興味のあるキャラクターのイラスト模写は上手である等の特徴の背景について作例の比較を通して考察した。
方 法
対象
年齢 18歳 性別 男子
障害名 広汎性発達障害
① 立体
図1の立体作品は,大きさ・タテ5.7㎝×ヨコ2.8㎝×高さ6㎝ 素材は信楽の粗めの陶芸用粘土。指だけで,へらは使用せず7分程度で制作した。
② イラスト模写
図2は,対象の好きなアニメキャラクターを,印刷物を見て模写した。書き直すことは少なく,キャラクターの台詞を口にしながら40分で仕上げた。
③ モデルスケッチ
図3は,同じクラスの男子をモデルにして描いた。何から描いたらいいのか分からず,輪郭や顔のパーツなど指示した。80分かかった。
結 果
対象の指先の巧緻性については,鉛筆の持ち方及び握る,つまむなどの微細な動作に問題はない。イラストの模写ではキャラクターの特徴を見事にとらえており描写能力は高い。しかし,モデルを前にすると各パーツの形,大きさ,位置などのバランスをとることや描写に稚拙さが目立った。これは,輪郭線 (Outline) を意識して描くことは困難であるが,描かれた線を手掛かりにすれば高い描写力を示すことができるという特徴を示す結果となった。
考 察
三浦 (2010) によれば,自然界に輪郭線はなく,輪郭線を描写するには,「面」と「面」との色や明るさの異なる境界に生じるエッジの抽出が必要となる。本事例の作品比較の結果より,このエッジの抽出が困難であることから輪郭線や「面」を意識することも困難となっていることが推察される。
「面」をもとに立体感や写実性を表現する者が感じる違和感の発生はここにあり,対象生徒がアニメ・漫画のように線で表している作品に関心が向きやすいこと,そしてイラストの模写とモデルのスケッチの描写力の差もエッジ抽出能力の差が背景になっていると考察する。
文 献
三浦佳世 (2010). 電子情報通信学会 知識ベース 知識の森 感覚・知覚・認識の基礎, 第10章 絵画の知覚・認知, 1-6.