10:00 〜 12:00
[PG35] 学習者のルール表象の抽象化および信念変容を促す個別学習指導の検討
計算過程の意味理解を伴う教訓帰納に取り組んだ認知カウンセリングの事例から
キーワード:認知カウンセリング, 計算過程, 教訓帰納
問題と目的
近年自らの学習を振り返り,主体的に学んでいく力の育成が叫ばれている(文部科学省,2015)。こうした文脈の中で殊に算数・数学学習において,多くの生徒が経験すると想定され,注目すべきつまずきとして「計算間違い」が挙げられる。心理学的視点からは,例えば市川ら(2009)が中学生を対象に,数学的リテラシーやつまずきを診断するツールの開発を試みている一方で,必ずしも全ての学校現場にこうした知見が普及しているわけではないと推察される。
また,上記に加えて問題視される点として,算数・数学学習に対する不安や自己効力感の欠如が挙げられる。例えば,PISA調査(国立教育政策研究所,2013)によれば,我が国の生徒が持つ数学に対する不安は,世界平均を大きく上回っている。また,こうした自己概念と数学的リテラシーとの相関が高いことからも,計算間違いの克服に加えて,生徒の認識に変容を促すことは必要だと考えられる。
本研究は,上記のような日本の算数・数学学習における課題解決を試みた例として,市川(1993)が提唱する,認知心理学を背景とし,学習者の認知面に焦点を当てた個別学習指導「認知カウンセリング」の一事例を報告する。今回は,計算間違いの多さに悩み,数学に嫌悪感を抱く中学生を対象に,理解を重視しながら段階的に教訓帰納を促すことで,自分自身の学習を振り返る方法を具体的に獲得させることを目的とした。
方 法
本事例のクライエント(以下,CL)情報
本事例のCLは,都内の私立中高一貫校の中学3年生の女子である。その主たる悩みは,多くの計算問題に取り組んでいるものの,なかなかミスが減らない,また,それ故に数学学習を嫌だと感じる,というものであった。
初回面談にて普段の学習について尋ねたところ,他教科では意味理解を重視して学習に取り組む一方で,数学においては公式の丸暗記傾向や計算法則の曖昧な理解が見受けられた。これより間違いの原因の一つに計算におけるルールの理解不足があると判断した。
そこで本指導においては,学習者自身の間違いに基づいて教訓を引き出し,次の学習に活かす「教訓帰納」を促すこととした。今回は,①間違えた問題から,自分の間違いのパターンを意識化し,②間違いが起きた原因の特定の際に,特に計算過程における理解が十分できているか確認し,③次に間違えないための対策を立てる,という具体的な段階を提示し,毎回の学習時に取り組んでいくことをCLと共有し,定期テストや普段の問題演習ノートを題材に指導を行った。
実施時期と回数
2016年7月上旬から2017年4月中旬までに,初回の診断も加えて計21回の個別指導を2,3週間に1度行った。1 回の指導は120 分であった。
結果と考察
指導前期(7月上旬から10月上旬)では,主に因数分解を中心に指導を行った。CL自身の間違いに基づき,公式などの理解を確認していく中で,指導において徐々に積極的な間違い特定がなされるようになった。
指導中期(10月中旬から1月中旬)になると,種々の計算問題で,教訓帰納の各段階に即して,的確に間違いやその原因を特定できるようになってきた。この時期になると,「ルールは理解して覚えた方が良い」といった,理解の重要性への言及が見られた。一方で普段の家庭学習の中で自主的に教訓帰納に取り組む様子は見られなかった。
自主的な取り組みに至らない理由としては,具体的な教訓の抽出過程のモデルが具体化されていないからだと推察した。そこで,指導後期(1月下旬から4月現在)では,普段の問題演習で教訓帰納を残しやすいノート使用を促した。その結果,自主学習の中でも教訓を残すようになり,また,ノートの記述を指しながら「間違えた時に,その種類と原因を考えて,次どうすればいいのか考えればいいか,わかってきた」のように,方略使用の有効性に関する言及が見られるようになった。また,この時期には「漠然と間違いの多さに苦しんでいたが,今は虚数を含む計算,解の公式の平方根内の計算など,自分の多くの間違いに共通したルールが理解できていなかった」といった,ルールを抽象化した発言や,「間違いは無くすべきだと思っていたが,むしろ間違いはするものだから,今はどう気づき,対処するかが大事だと思う」のような,学習上の失敗を肯定的に捉えた発言が出てくるようになった。
こうした変化の背景としては,段階的な教訓帰納に取り組む中で自身の間違いパターンやその原因を明確に意識したことや,理解を重視した学習方法の有効性を具体的な活動の中で認識できたことがあると推察される。今後の指導では,テスト場面といったオンラインでの問題解決中にも間違いに気づき,即時に対応できるといった,自身の間違いを更に改善していく手立ての考案に取り組みつつ,本指導で得られた示唆の信頼性を考慮しながら,授業場面にも適用できる知見を提示できるように,更なる指導に臨みたい。
近年自らの学習を振り返り,主体的に学んでいく力の育成が叫ばれている(文部科学省,2015)。こうした文脈の中で殊に算数・数学学習において,多くの生徒が経験すると想定され,注目すべきつまずきとして「計算間違い」が挙げられる。心理学的視点からは,例えば市川ら(2009)が中学生を対象に,数学的リテラシーやつまずきを診断するツールの開発を試みている一方で,必ずしも全ての学校現場にこうした知見が普及しているわけではないと推察される。
また,上記に加えて問題視される点として,算数・数学学習に対する不安や自己効力感の欠如が挙げられる。例えば,PISA調査(国立教育政策研究所,2013)によれば,我が国の生徒が持つ数学に対する不安は,世界平均を大きく上回っている。また,こうした自己概念と数学的リテラシーとの相関が高いことからも,計算間違いの克服に加えて,生徒の認識に変容を促すことは必要だと考えられる。
本研究は,上記のような日本の算数・数学学習における課題解決を試みた例として,市川(1993)が提唱する,認知心理学を背景とし,学習者の認知面に焦点を当てた個別学習指導「認知カウンセリング」の一事例を報告する。今回は,計算間違いの多さに悩み,数学に嫌悪感を抱く中学生を対象に,理解を重視しながら段階的に教訓帰納を促すことで,自分自身の学習を振り返る方法を具体的に獲得させることを目的とした。
方 法
本事例のクライエント(以下,CL)情報
本事例のCLは,都内の私立中高一貫校の中学3年生の女子である。その主たる悩みは,多くの計算問題に取り組んでいるものの,なかなかミスが減らない,また,それ故に数学学習を嫌だと感じる,というものであった。
初回面談にて普段の学習について尋ねたところ,他教科では意味理解を重視して学習に取り組む一方で,数学においては公式の丸暗記傾向や計算法則の曖昧な理解が見受けられた。これより間違いの原因の一つに計算におけるルールの理解不足があると判断した。
そこで本指導においては,学習者自身の間違いに基づいて教訓を引き出し,次の学習に活かす「教訓帰納」を促すこととした。今回は,①間違えた問題から,自分の間違いのパターンを意識化し,②間違いが起きた原因の特定の際に,特に計算過程における理解が十分できているか確認し,③次に間違えないための対策を立てる,という具体的な段階を提示し,毎回の学習時に取り組んでいくことをCLと共有し,定期テストや普段の問題演習ノートを題材に指導を行った。
実施時期と回数
2016年7月上旬から2017年4月中旬までに,初回の診断も加えて計21回の個別指導を2,3週間に1度行った。1 回の指導は120 分であった。
結果と考察
指導前期(7月上旬から10月上旬)では,主に因数分解を中心に指導を行った。CL自身の間違いに基づき,公式などの理解を確認していく中で,指導において徐々に積極的な間違い特定がなされるようになった。
指導中期(10月中旬から1月中旬)になると,種々の計算問題で,教訓帰納の各段階に即して,的確に間違いやその原因を特定できるようになってきた。この時期になると,「ルールは理解して覚えた方が良い」といった,理解の重要性への言及が見られた。一方で普段の家庭学習の中で自主的に教訓帰納に取り組む様子は見られなかった。
自主的な取り組みに至らない理由としては,具体的な教訓の抽出過程のモデルが具体化されていないからだと推察した。そこで,指導後期(1月下旬から4月現在)では,普段の問題演習で教訓帰納を残しやすいノート使用を促した。その結果,自主学習の中でも教訓を残すようになり,また,ノートの記述を指しながら「間違えた時に,その種類と原因を考えて,次どうすればいいのか考えればいいか,わかってきた」のように,方略使用の有効性に関する言及が見られるようになった。また,この時期には「漠然と間違いの多さに苦しんでいたが,今は虚数を含む計算,解の公式の平方根内の計算など,自分の多くの間違いに共通したルールが理解できていなかった」といった,ルールを抽象化した発言や,「間違いは無くすべきだと思っていたが,むしろ間違いはするものだから,今はどう気づき,対処するかが大事だと思う」のような,学習上の失敗を肯定的に捉えた発言が出てくるようになった。
こうした変化の背景としては,段階的な教訓帰納に取り組む中で自身の間違いパターンやその原因を明確に意識したことや,理解を重視した学習方法の有効性を具体的な活動の中で認識できたことがあると推察される。今後の指導では,テスト場面といったオンラインでの問題解決中にも間違いに気づき,即時に対応できるといった,自身の間違いを更に改善していく手立ての考案に取り組みつつ,本指導で得られた示唆の信頼性を考慮しながら,授業場面にも適用できる知見を提示できるように,更なる指導に臨みたい。