日本教育心理学会第60回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

[JB02] 自主企画シンポジウム 2
学校の文脈に認知行動療法を活用する

公認心理師に求められる教育心理学分野における役割

2018年9月15日(土) 13:00 〜 15:00 D202 (独立館 2階)

企画・指定討論:嶋田洋徳(早稲田大学)
企画・話題提供:小関俊祐(桜美林大学)
司会:野村和孝(早稲田大学)
話題提供:中川智晴(日高市立高萩小学校)
話題提供:高田久美子(桜美林大学)
話題提供:吉田遥菜(早稲田大学)
話題提供:野中俊介(東京未来大学)
指定討論:菅野純(早稲田大学)

[JB02] 学校の文脈に認知行動療法を活用する

公認心理師に求められる教育心理学分野における役割

嶋田洋徳1, 小関俊祐2, 野村和孝3, 中川智晴4, 高田久美子5, 吉田遥菜6, 野中俊介7, 菅野純8 (1.早稲田大学, 2.桜美林大学, 3.早稲田大学, 4.日高市立高萩小学校, 5.桜美林大学, 6.早稲田大学, 7.東京未来大学, 8.早稲田大学)

キーワード:認知行動療法, 公認心理師

企画趣旨
 公認心理師養成における必修科目である「心理支援に関する理論と実践」に含まれる事項には,「力動論に基づく心理療法の理論と方法」と並んで「行動論・認知論に基づく心理療法の理論と方法」として,実質的に「認知行動療法」が位置づけられている。
 これまで,教育臨床の実践領域における認知行動療法は,不登校やいじめ,発達障害などの児童生徒の問題の理解とその具体的な治療的アプローチとして,そして,ストレスマネジメントや社会的スキル訓練に代表される予防的アプローチとして広く展開されている。その一方で,認知行動療法における「手続き」に着目されるあまり,認知行動療法が重視する「機能」の要素が見過ごされてきたことも否めない。
 たとえば,不登校の支援を例にとると,学校カウンセリングの立場からは,「引っ張るのか,寄り添うのか」という手続きの選択に焦点を当てて議論が行われることが多かった。これに対して,認知行動療法の立場からは,選択した行動に随伴して,どのような「結果」が得られたのか(どの方法が目標を達成しやすいのか)という,行動の機能に着目した枠組みが基本とされている。
 このような認知行動療法の視点に立った場合,教師は,児童生徒を取り巻く「環境」変数のひとつに位置づけられる。その上で,児童生徒の行動を環境との相互作用の中で見立てていくことが,支援の土台となることが必要不可欠である。これらの視点は,本来的には,認知行動療法の理論独自のものではなく,学校の中で適切に活用され,共有されてこそ,有効性が担保,共有されるものである。
そこで本シンポジウムでは,学校という文脈に即した形で認知行動療法をどのように活用していくか,さまざまな形式での実践を紹介しつつ,これからの実践の方向性を検討することを目的とする。
 そして,学校カウンセリングの立場から菅野純先生に指定討論を頂く。本シンポジウムによって,学校,教育心理学分野における公認心理師をはじめとした支援者の役割を明確にするとともに,児童生徒とその環境に対する支援の質の向上に貢献することを期待したい。

公認心理師時代における教育臨床の課題
小関俊祐
 公認心理師の養成における実習は,医療分野を必須とした3分野以上とされており,教育分野は必須とされていない。カリキュラムも,教育分野の内容や児童生徒を対象とした内容は重視されつつも,医療分野の内容には及ばない。今後,教育分野における心理的支援の質保証を担うためには,学校の文脈を活かす形で,公認心理師が支援を提供することが必須である。時折報告されるような,学校とSCの対立的な構造の改善に注力することから脱却し,チーム学校の考え方に代表される本質的な協働体制の確立が求められる。
 認知行動療法の特徴の1つとして,「行動」に基づく問題の整理と,集団における随伴性のアセスメントが挙げられる。「児童生徒の問題」として包括的に理解されがちな問題行動を,個々の行動に分けてリスト化することで,問題解決に対する効力感を高め,問題に取り組む際の優先順位を決める一助としている。また,集団で生じる問題であるからこそ,いわゆる「原因」の除去のみにこだわりすぎずに,問題が維持している要因を理解して,機能的に等価な代替行動の獲得や,環境の操作などの複数の選択肢を挙げて,対応していくというような特徴がある。
 このような視点から学校を理解すると,必ずしも児童生徒のみ,あるいは当該学級のみが支援や対応の対象になるわけではなく,教師や学年,学校全体が対象となる場合もある。そのような場合には,問題の共有と支援の観点の明確化を図ることが,認知行動療法を活かす上での前提となっている。
 このような観点から,本話題提供では,認知行動療法を活用することで前提となりうる,「行動」に基づく児童生徒の理解と,支援方略の共有について概観する。このような視点に基づきつつ,教育分野における心理的支援のさらなる発展のための議論を目指したい。

生徒指導力の向上を目指した認知行動療法に基づく教員研修の検討
中川智晴
 公立の小・中学校の通常学級に在籍する児童生徒の6.5%が,知的発達に遅れはないが学習面または行動面で著しい困難を示すなど,特別な教育的支援が必要とされており(文部科学省,2012),これまでの教師の指導法では対応が難しいことが少なくないと考えられる。
 従来の生徒指導は,長年の教師の「経験と勘」に基づいた指導法に焦点を当てた「型」であり(田邉,2012),指導が通らなかったときに当該の児童生徒に合った他の指導法を選択するという視点に至らないことが多く,経験と勘に基づいた教師の指導がむしろ問題を悪化させてしまう可能性も考えられる。そのため,教師自身が「機能的アセスメント」の観点を獲得することで,児童生徒の実態に合わせた指導をすることができるようになり,経験と勘に基づく「型」の指導によって効果を得られない児童生徒に対しても効果的な指導ができるようになることが期待できる。
 これまでに報告されている教師に機能的アセスメントを教授する研修会は,児童生徒の問題行動の減少(平澤,2008)や望ましい行動の増大(田中他,2014)に効果があることが示されている。これらの研修会には,仮想事例を用いたもの(猪子ら,2014)と実事例を用いたもの(田中,2017)があり,いずれも効果を示しているが,1つの事例についてグループで検討する形式は知識習得には効果が高い一方で日々の実践に応用するためには,教師自身が担任する児童生徒の事例について検討することが必要であると考えられる。
 このような観点から,本話題提供では,認知行動療法に基づいた事例検討型研修会の現状の成果と課題を報告し,学校という文脈に即した形で教師が研修会の成果を実践に応用していくための研修会の形式および学校の生徒指導体制について議論を深めたい。

認知行動療法に基づく高等学校通級指導プログラムの展開
高田久美子
 平成30年度(2018年度)から,高等学校でも通級指導が開始された。高等学校における通級指導の内容は,障害のある生徒が自立と社会参加を目指し,障害による学習または生活上の困難を主体的に改善,克服するための指導とし,小中学校等における通級指導の内容と同様,特別支援学校自立活動に相当するものとされている(文部科学省,2016)。
 しかしながら,実際には,通級指導で何を教えるか,ということが十分に確立していないのが現状である。高等学校における通級指導の内容は,障害のある生徒が自立と社会参加を目指し,障害による学習または生活上の困難を主体的に改善,克服するための指導とし,小中学校等における通級指導の内容と同様,特別支援学校自立活動に相当するものとされている(文部科学省,2016)が,学校に任されている要素が非常に多いのが実際である。
 自立活動の要素を含み,かつこれまで一定の有効性が確認されてきたものとして,社会的スキル訓練や,感情のコントロールに焦点を当てたアプローチなどで構成されている,認知行動療法がある。
 高校の通級指導において認知行動療法に基づくプログラムを展開することの利点として,教育内容における操作変数と従属変数を機能的にマッチングさせ,それを的確に説明することを可能にする点があげられる。これによって,さまざまな状態像の生徒に合わせた教育内容を提供することが可能となるとともに,通級指導担当以外の教員にも授業内容やその意図について説明することを容易にできることが期待される。本話題提供では,実際のプログラムの概要とその効果や実践上の留意点について紹介しつつ,通級指導にとどまらず,学校に根差させていくための視点について議論を行う。

保護者支援における機能的支援の考え方
吉田遥菜・野中俊介
 児童生徒の問題の支援に際し,家庭の適切な協力が必要であることが多い。児童生徒にとっては,家庭が取り巻く「環境」変数の1つであるととらえられるため,心理師(士)は保護者などの家庭の支援に携わることも多い。
 これまでの保護者支援においては,「子どもを叩く」のようなネガティブな養育行動を改善するなど,その行動の「形態」の変容に焦点を当てた支援が多く行われてきた(伊藤他,2014など)。一方で,認知行動療法的な観点から適切な養育行動の獲得を目指す際には,養育行動の「形態」というよりは,養育行動の結果である児童生徒の適応行動の増減に着目する「機能的側面」に焦点を当てる必要があることに変わりはない。すなわち,認知行動療法が重視する「機能」に着目すると,家庭環境における児童生徒の行動を保護者の養育行動との相互作用の中で見立てていくことが必要不可欠である。
 このような,保護者の養育行動に影響を及ぼす要因として,育児に関する価値観や考え方である育児信念(清水,2003)や,養育行動の結果(子どもの行動)についての親自身の俯瞰的な理解である随伴性知覚(野口,2003)などの認知的要因が養育行動に影響することが明らかにされている。
 そのため児童生徒の問題の解決のための今後の保護者支援においては,保護者が育児に対する適切な考え方や随伴性のモニタリングを獲得できるような支援にも焦点を当てる必要があると考えられる。そして,「機能」的な養育行動の獲得をさらに促し,児童生徒の行動と強い相互作用をもつ保護者自身が児童生徒の問題解決を担えることを目指すような支援の確立に関して議論を行う必要があると考えられる。