[JD02] 文系学生に対するRを用いた心理統計教育の実践
授業担当教員への面接調査の結果から
キーワード:心理統計教育, R, 面接調査
企画の趣旨
本シンポジウムの企画者は,心理統計関連科目を担当している大学教員24名を対象に面接調査を実施した。調査の目的は,主にRを用いた心理統計教育の実践に関する情報を収集し,心理統計の授業担当教員の間で有益な情報を共有できるようにすることであった。面接調査の内容は,面接対象者自身に関すること,自身の心理統計の授業について(教育内容,実践上の工夫や課題,上手くいった実践事例など),心理統計教育全般に関すること,などであった。24名のうち18名は日本の大学で授業を担当している日本人教員であり,6名はアメリカの大学で授業を担当している教員(うち4名はアメリカ人,2名は日本人)であった。本シンポジウムでは,この面接調査の結果を報告する。話題提供の内容は,(1)Rを活用した授業を実践している大学教員への面接調査の結果報告,(2)アメリカのある研究者養成大学における心理統計教育の事例報告,(3)面接調査についてのテキストマイニングによる分析結果,である。話題提供の後,心理統計学を専門とする指定討論者が,3名の話題提供に対してコメントした上で,今後の心理統計教育について展望する。続いて,フロアとの意見交換を通じて議論を深め,情報共有を行うことで,心理統計教育の改善に寄与するセッションとしたい。
なお,本セッションで発表する内容は,JSPS科研費26380886の助成を受けた。
Rを活用した授業を実践している大学教員への面接調査
村井潤一郎
企画者らは2014年度からの計4カ年にわたり「Rを活用した心理統計の授業を担当している教員への面接調査」を実施してきた。本話題提供では,日本の大学の教員18名(男性教員17名,女性教員1名)を対象にした面接調査の結果について報告する。研究課題としては「Rを用いた心理統計教育」としているが,必ずしもすべての面接対象者がRを使った授業を展開しているわけではなかったので,Rを基軸にしつつも,心理統計教育全般について論じていくことにしたい。まず,本研究で採用している半構造化面接の手続きについて説明した後(後述のアメリカでも,使用言語は異なるものの同内容としている),面接対象者個人に関する様々なこと(専門,ソフトウェアの使用歴など),授業内容・方法など授業に関すること,面接対象者間の共通性,独自性,などについて述べていく。必要に応じて,心理統計教育観などについて,実際の発話内容を引用したい。本面接調査では,面接対象となった大学教員がそれぞれ独自で行っている優れた教育実践,及び,授業を行う上での悩みなど興味深い情報を収集することができたので,その一部を整理して紹介することになる。こうした情報の集積を通して,心理統計教育に関わる大学教員同士のコミュニティの中で問題解決の糸口を探るような仕組みも今後作り上げたいと考えている。本面接調査にて,心理統計教育の現場で奮闘している大学教員の姿を垣間見ることができたことが最も有益であったが,それを可能な限り披露できればと考えている。
アメリカの研究者養成大学における心理統計教育の事例
山田剛史
話題提供者は,2016年8月から2017年5月まで,テキサス大学オースティン校に訪問研究者として滞在した。話題提供者が滞在した,テキサス大学オースティン校教育学部教育心理学科の量的方法研究室では,心理統計学,教育評価,教育測定学を専門とする5名のテニュア(及びテニュアトラック)の教員がいる。話題提供者は,量的研究室に在籍する教員4名(男性教員2名,女性教員2名)に面接調査を実施することができた。うち,2名はテニュア及びテニュアトラックの研究教員で研究者養成に関わっている。1人は副学部長も経験した教授職の教員で,回帰分析,メタ分析,そして,応用統計手法の授業を担当している。もう1人は,講師であり,統計ソフトR,因果推論,研究法の授業を担当している。後の2人は教育担当の教員(研究教員ではない教員のこと)で,1人は学部の教養教育科目として開設されている統計学入門の授業を担当している教員,もう1人は,大学院生対象の入門的な位置づけの統計学(前述の回帰分析の別クラス)の授業を担当している教員であった。
面接,及び滞在経験を通して,以下のことが把握できた。テキサス大学オースティン校はセメスター制を採用しており,1つのコースは,75分の授業を週2回,15週かけて行われ,3単位が付与される。講義資料等は,学習管理システムCanvasを利用して公開される。受講生は授業前に講義資料をダウンロードして授業に臨む。成績評価は事前にルーブリックが提示され,1点刻みの厳密な評価が行われている。修士課程から博士課程への進学で修士論文等による審査がないため,授業の成績は進学を希望する修士課程の学生にとっては非常に重要である。この辺りは,日本の大学と異なる点である。本面接調査全体を通して,教育に対する熱意が日米とも高いことが分かったが,これは面接対象者の抽出に多分に依存している。
以上の他,テキサス大学の大学院における心理統計のカリキュラムの詳細についても紹介するが,全般的に日本よりも充実していることが判明した。さらに,テキサス大学以外のアメリカの大学における,日本人教員2名の授業担当教員の面接結果についてもあわせて報告することを通して,心理統計の基礎教育,専門教育の充実化についての提言をしたい。なお,直前の話題提供は,日本国内であることに加え,必ずしも研究者養成のための大学ではない大学での授業実践を対象にしていたが,本話題提供は国が違うことに加え,研究者養成及び企業などで勤務する専門家養成に特化した心理統計教育であるという違いがあるので,その違いについても考察していく。
テキストマイニングによる教員の特徴づけ
寺尾 敦
日本の大学の教員18名への面接調査で得られた発話データを用いて,トピックモデルを作成した。トピックモデルとは,トピックと呼ばれるいくつかの小さなグループに文書を割り当てる,機械学習の手法のひとつである。ここでは,面接調査での質問への回答において,教員がどのようなトピックに言及しているのかを探索的に抽出する。次に,各教員の発話が各トピックに属する程度から,教員の特徴をとらえることを試みる。トピックを構成概念,教員(文書)を顕在変数とみなせば,探索的因子分析と類似した分析である。各教員の発話は複数のトピックが混在すると考えられるため,潜在的ディリクレ配分法を用いた。モデルの作成にはPythonの機械学習ライブラリのひとつであるgensimを使用した。
面接での質問への回答から一般名詞のみを抽出した。トピックと無関係と考えられる単語をそこから除去し,139語をトピックモデルの作成に用いた。探索的に,「モデル」「使い方」「内容」「教材」「スクリプト」「理論」「基礎」「方法」という,8つのトピックを抽出した。これらトピックの中で,「理論」および「使い方」に注目すると,教員が理論と実践にそれぞれどれぐらい力点を置いているか,ある程度とらえることができた。理論重視の傾向が顕著だった教員は「理論」トピックの重みが大きく,実践重視の傾向が顕著だった教員は「使い方」トピックの重みが大きかった。「理論」トピックでの特徴的な語は,「例」「基礎」「考え方」などであった。「使い方」トピックでの特徴的な語は,「やり方」「資料」「個人」「課題」などであった。
除外した単語が多すぎたかもしれないので,234語を用いた分析も行った。モデルの予測精度の指標であるperplexityに基づいてトピック数を決めることを試みた。相対的に最も精度がよかったトピック数は2であったが,どのトピック数でも精度はあまりよくなかった。それでも,2つのトピックにより教員を特徴づけることは,ある程度可能であった。
付 記
青山学院大学大学院社会情報学研究科の下田雄太,及川雄太の協力を得て分析を行った。
本シンポジウムの企画者は,心理統計関連科目を担当している大学教員24名を対象に面接調査を実施した。調査の目的は,主にRを用いた心理統計教育の実践に関する情報を収集し,心理統計の授業担当教員の間で有益な情報を共有できるようにすることであった。面接調査の内容は,面接対象者自身に関すること,自身の心理統計の授業について(教育内容,実践上の工夫や課題,上手くいった実践事例など),心理統計教育全般に関すること,などであった。24名のうち18名は日本の大学で授業を担当している日本人教員であり,6名はアメリカの大学で授業を担当している教員(うち4名はアメリカ人,2名は日本人)であった。本シンポジウムでは,この面接調査の結果を報告する。話題提供の内容は,(1)Rを活用した授業を実践している大学教員への面接調査の結果報告,(2)アメリカのある研究者養成大学における心理統計教育の事例報告,(3)面接調査についてのテキストマイニングによる分析結果,である。話題提供の後,心理統計学を専門とする指定討論者が,3名の話題提供に対してコメントした上で,今後の心理統計教育について展望する。続いて,フロアとの意見交換を通じて議論を深め,情報共有を行うことで,心理統計教育の改善に寄与するセッションとしたい。
なお,本セッションで発表する内容は,JSPS科研費26380886の助成を受けた。
Rを活用した授業を実践している大学教員への面接調査
村井潤一郎
企画者らは2014年度からの計4カ年にわたり「Rを活用した心理統計の授業を担当している教員への面接調査」を実施してきた。本話題提供では,日本の大学の教員18名(男性教員17名,女性教員1名)を対象にした面接調査の結果について報告する。研究課題としては「Rを用いた心理統計教育」としているが,必ずしもすべての面接対象者がRを使った授業を展開しているわけではなかったので,Rを基軸にしつつも,心理統計教育全般について論じていくことにしたい。まず,本研究で採用している半構造化面接の手続きについて説明した後(後述のアメリカでも,使用言語は異なるものの同内容としている),面接対象者個人に関する様々なこと(専門,ソフトウェアの使用歴など),授業内容・方法など授業に関すること,面接対象者間の共通性,独自性,などについて述べていく。必要に応じて,心理統計教育観などについて,実際の発話内容を引用したい。本面接調査では,面接対象となった大学教員がそれぞれ独自で行っている優れた教育実践,及び,授業を行う上での悩みなど興味深い情報を収集することができたので,その一部を整理して紹介することになる。こうした情報の集積を通して,心理統計教育に関わる大学教員同士のコミュニティの中で問題解決の糸口を探るような仕組みも今後作り上げたいと考えている。本面接調査にて,心理統計教育の現場で奮闘している大学教員の姿を垣間見ることができたことが最も有益であったが,それを可能な限り披露できればと考えている。
アメリカの研究者養成大学における心理統計教育の事例
山田剛史
話題提供者は,2016年8月から2017年5月まで,テキサス大学オースティン校に訪問研究者として滞在した。話題提供者が滞在した,テキサス大学オースティン校教育学部教育心理学科の量的方法研究室では,心理統計学,教育評価,教育測定学を専門とする5名のテニュア(及びテニュアトラック)の教員がいる。話題提供者は,量的研究室に在籍する教員4名(男性教員2名,女性教員2名)に面接調査を実施することができた。うち,2名はテニュア及びテニュアトラックの研究教員で研究者養成に関わっている。1人は副学部長も経験した教授職の教員で,回帰分析,メタ分析,そして,応用統計手法の授業を担当している。もう1人は,講師であり,統計ソフトR,因果推論,研究法の授業を担当している。後の2人は教育担当の教員(研究教員ではない教員のこと)で,1人は学部の教養教育科目として開設されている統計学入門の授業を担当している教員,もう1人は,大学院生対象の入門的な位置づけの統計学(前述の回帰分析の別クラス)の授業を担当している教員であった。
面接,及び滞在経験を通して,以下のことが把握できた。テキサス大学オースティン校はセメスター制を採用しており,1つのコースは,75分の授業を週2回,15週かけて行われ,3単位が付与される。講義資料等は,学習管理システムCanvasを利用して公開される。受講生は授業前に講義資料をダウンロードして授業に臨む。成績評価は事前にルーブリックが提示され,1点刻みの厳密な評価が行われている。修士課程から博士課程への進学で修士論文等による審査がないため,授業の成績は進学を希望する修士課程の学生にとっては非常に重要である。この辺りは,日本の大学と異なる点である。本面接調査全体を通して,教育に対する熱意が日米とも高いことが分かったが,これは面接対象者の抽出に多分に依存している。
以上の他,テキサス大学の大学院における心理統計のカリキュラムの詳細についても紹介するが,全般的に日本よりも充実していることが判明した。さらに,テキサス大学以外のアメリカの大学における,日本人教員2名の授業担当教員の面接結果についてもあわせて報告することを通して,心理統計の基礎教育,専門教育の充実化についての提言をしたい。なお,直前の話題提供は,日本国内であることに加え,必ずしも研究者養成のための大学ではない大学での授業実践を対象にしていたが,本話題提供は国が違うことに加え,研究者養成及び企業などで勤務する専門家養成に特化した心理統計教育であるという違いがあるので,その違いについても考察していく。
テキストマイニングによる教員の特徴づけ
寺尾 敦
日本の大学の教員18名への面接調査で得られた発話データを用いて,トピックモデルを作成した。トピックモデルとは,トピックと呼ばれるいくつかの小さなグループに文書を割り当てる,機械学習の手法のひとつである。ここでは,面接調査での質問への回答において,教員がどのようなトピックに言及しているのかを探索的に抽出する。次に,各教員の発話が各トピックに属する程度から,教員の特徴をとらえることを試みる。トピックを構成概念,教員(文書)を顕在変数とみなせば,探索的因子分析と類似した分析である。各教員の発話は複数のトピックが混在すると考えられるため,潜在的ディリクレ配分法を用いた。モデルの作成にはPythonの機械学習ライブラリのひとつであるgensimを使用した。
面接での質問への回答から一般名詞のみを抽出した。トピックと無関係と考えられる単語をそこから除去し,139語をトピックモデルの作成に用いた。探索的に,「モデル」「使い方」「内容」「教材」「スクリプト」「理論」「基礎」「方法」という,8つのトピックを抽出した。これらトピックの中で,「理論」および「使い方」に注目すると,教員が理論と実践にそれぞれどれぐらい力点を置いているか,ある程度とらえることができた。理論重視の傾向が顕著だった教員は「理論」トピックの重みが大きく,実践重視の傾向が顕著だった教員は「使い方」トピックの重みが大きかった。「理論」トピックでの特徴的な語は,「例」「基礎」「考え方」などであった。「使い方」トピックでの特徴的な語は,「やり方」「資料」「個人」「課題」などであった。
除外した単語が多すぎたかもしれないので,234語を用いた分析も行った。モデルの予測精度の指標であるperplexityに基づいてトピック数を決めることを試みた。相対的に最も精度がよかったトピック数は2であったが,どのトピック数でも精度はあまりよくなかった。それでも,2つのトピックにより教員を特徴づけることは,ある程度可能であった。
付 記
青山学院大学大学院社会情報学研究科の下田雄太,及川雄太の協力を得て分析を行った。