[JE03] 鑑賞教育の効果を見直す
― レクチャーと対話型鑑賞の比較 ―
キーワード:美術教育, 鑑賞, 視線
企画趣旨
私たちは絵画や彫刻などの美術作品を鑑賞することで,自らの感情や思考への刺激を得,感動や安らぎを体験することができる。学校や美術館は鑑賞教育を通して,このような体験を支援している。例えば,伝統的な鑑賞教育の方法の一つとしてあげられるのは,作品に関する知識を伝授するレクチャー型の授業である。レクチャーでは美術史に関する知識を獲得することで,作品理解を促すことが目的となる。一方,近年は知識伝授を目的としない教育方法として対話型鑑賞が台頭している。対話型鑑賞は講師の代わりにファシリテーターと呼ばれる人の支援のもと,複数の学習者が作品について対話する。そうすることで学習者は自ら作品の意味を解釈するようになる。これらの教育方法はより多様な鑑賞教育を可能にしている。
しかし,レクチャー型と対話型鑑賞の教育効果の違いは十分に明らかになっていない。美術教育は他の教科に比べて教育心理学的研究が少なく(秋田, 1984),これら2つの鑑賞教育の違いを比較した研究もおこなわれてこなかった。そのため,本シンポジウムではレクチャー型と対話型鑑賞の2つの教育方法を比較するため玉川大学で行った実践・研究を紹介し,各々が学習者の鑑賞にどのような影響を与えるのかについて議論する。
まず,対話型鑑賞の実践者である阿部祐子氏から対話型鑑賞について実践を交えながら説明する。次に,従来のレクチャー型鑑賞教育と対話型鑑賞の効果を比較する実証研究を紹介する。最後に,レクチャー型や対話型鑑賞をどのように実際の教育現場で活用していくことができるかについて実践研究を紹介し,今後の鑑賞教育の展開について議論する。
対話型鑑賞の広がりと本実践の鑑賞について
阿部祐子
対話型鑑賞とは? 対話を通した美術鑑賞が美術館や学校で行われるようになって久しい。「対話型鑑賞」等と呼ばれるこの手法は,ファシリテーター(学芸員や教員等)が主に子どもの鑑賞者にオープンエンドな質問を投げかけ,それに対して鑑賞者が自由に答えるといった形で,対話をしながらグループで美術作品を見ていく鑑賞方法である。
対話型鑑賞は,米国の認知心理学者アビゲイル・ハウゼンとニューヨーク近代美術館(MoMA)で教育部長をしていたフィリップ・ヤノウィンにより開発されたVTS (Visual Thinking Strategies)がベースになっており,日本へは,1990年代,当時MoMAのエデュケーターだったアメリア・アレナスによって紹介された。
VTSで中心となる活動は,鑑賞者が美術作品を鑑賞して得た知覚の言語化であり(宇野, 2016),VTSは,ヴィジュアル・リテラシー,思考力,言語能力,コミュニケーション力等の諸能力を向上させるとされている(ヤノウィン, 2015)。
VTSを含む対話型鑑賞が日本で広がりを見せた背景には,それが子どもの鑑賞教育に適していたことに加え,学習指導要領の影響も挙げられる。平成10年の改訂以後,小学校・中学校共に,学習指導要領には美術館の活用や美術館との連携を促す文言が入り,鑑賞の充実が謳われてきた(文部科学省,平成10年,平成15年,平成20年,平成29年)。また,美術館と学校による鑑賞教育の研修(国立美術館, 2016)やファシリテーター養成講座(ARDA, 2018)等の増加もその一因といえるだろう。一方で,対話型鑑賞が一般的になったことは,その内容も多様になっていることを示唆する。
本実践で行った対話型鑑賞 本実践では,鑑賞者が大学生であることを意識しつつ,学生が美術作品を楽しむ時間となることを目指して対話型鑑賞を行った。筆者(実践者)はこれまでに,美術作品を見慣れていない鑑賞者が,VTSを踏まえた対話型鑑賞を通じて作品に興味を持ち始める姿を幾度となく目にし,VTSの意義を感じてきた。一方で,質問が定まっていることや情報提供を一切しないこと等,VTSには制約があり,筆者は過去にVTSに忠実な対話型トークを行った際,その限界を感じることがあった。たとえば,VTSの質問の一つである「この絵の中では何が起こっていますか?」は,肖像画や抽象画の場合には必ずしも適切とは言えず,鑑賞者が度々戸惑いを見せたことが度々あった。そこで本実践では,状況に応じて作品に合った質問に切り替える,発言を受け入れた後に新たな問いを投げかけ話題を発展させる等,VTSを主軸としながらも,それに囚われず,学生の反応に臨機応変に対応したゆるやかな対話形式のトークを心がけた。
レクチャーと対話型鑑賞が絵画鑑賞中の視線に与える影響
石黒千晶
これまでレクチャーや対話型鑑賞が学習者の鑑賞に与える影響は,学習者の感想文を質的に分析することで検証されてきた(Housen, 1987; 王・石崎, 2009他)。しかし,近年の鑑賞に関する心理学研究では,美術鑑賞過程には知識を利用した解釈過程のみならず,作品の視覚的情報を分析するための知覚的分析も含まれることが指摘されている(Leder et al., 2004)。実際に,近年の鑑賞教育に関する研究では,鑑賞者の解釈内容を示す感想文だけでなく,作品にどのように視線を向けていたかという知覚的分析過程も検証されつつある(Ishiguro, Yokosawa & Okada, 2016)。そのため,本研究はレクチャーと対話型鑑賞の教育効果の違いを比較する上で,教育的介入前後の絵画鑑賞時の視線の違いを検討した。
方法 大学生43名(男性8名,年齢M = 19.42,SD = 1.10)が実験に参加した。すべての学生はプレ・ポスト実験に参加し,そこでモニター上で12枚の絵画(具象画と抽象画各6枚)を鑑賞し,絵画鑑賞後に各作品の好き嫌いを評価した。学生の絵画鑑賞中の視線はアイトラッカー(Tobii X300)によって記録した。学生はレクチャー条件(n = 21)と対話型鑑賞条件(n = 22)にランダムに割り当てられ,プレ・ポストの間3回レクチャー,あるいは,対話型鑑賞の授業を受けた。
結果 各条件の絵画鑑賞時の視線を分析した結果,対話型条件においてのみ絵画鑑賞時間がプレ・ポストで増加することがわかった(Fig 1)。一方,絵画鑑賞中の眼球運動(e.g., fixation, saccade, scanpath)や作品の選好はいずれの条件でも変化しないことがわかった。
考察 レクチャーと対話型鑑賞が絵画鑑賞中の視線に与える影響を検討した結果,対話型鑑賞は鑑賞者の鑑賞時間を促進することがわかった。この結果は対話型鑑賞が,鑑賞者が作品と向き合う態度を養う教育方法である可能性を示唆している。
美術科教員養成で求められる「鑑賞」指導力の養成に関する課題
髙橋 愛
新学習指導要領が平成29年3月に告示された。学習指導要領は,学校種ごとに各教科や活動などの大まかな目標や教育内容を定めている。教員は学習指導要領を基に授業を計画し実施する。近年では,児童生徒の主体的な活動が意識され,アクティブラーニングをはじめとした動的学習が推進されてきた。この流れを受け,新学習指導要領では,「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を推進している。特に「深い学び」では,「見方・考え方」を働かせることを重要としている。「見方・考え方」とは,「どのような視点で物事を捉え,どのような考え方で思考していくのか」をさす。教科ならではの物事を捉える視点や考え方を働かせることが求められている。
この求めに応じた授業を美術科において実践していく上で,対話型鑑賞は授業改善の一翼を担う。阿部氏の既述にあるように,学習指導要領の改訂を受け,鑑賞活動の充実の実現化に伴い,対話型鑑賞は注目されてきた。VTSの手法や理論を基としながらも児童生徒の実態に合わせた鑑賞教育がなされてきた。
しかし,VTSのファシリテーター養成が体系化されているのに対して,日本の美術科教員養成において鑑賞活動の指導法は確立されていないようだ。学校で教える教員の鑑賞活動指導力育成は,まだまだ研究を重ねて行かねばならない。
本学では,美術科教員養成科目に「鑑賞教育理論」がある。この科目の中で,レクチャー型と対話型の鑑賞の両方を扱っている。どちらも理論を学んだのち,学生自身が実践してみる演習を行っている。レクチャー型も対話型もどちらにも教育上の長所があり,何を学ばせたいのかによって取り上げる型は異なる。レクチャー型よりも対話型の方が実践するのは難しいという感想を学生はもつようだ。最初に多くの学生が戸惑う場面がある。他の学生が指摘されているのを見聞きして理解しているが,実際に自分で実施してみるとできないことでもある。対話型は,はじめに作品をじっくり見てもらう時間を作る。その時間は,ファシリテーターによって異なるが,40秒以上は見てもらう。しかし,初めて実践する学生は10秒程度で言葉を発してしまう。「沈黙が不安」だそうだ。時間確保のために,自分で時間を測る学生もいるが,今度は時間ばかりに気をとられ,鑑賞者の様子を十分に観察できていない。レクチャー型にはレクチャー型でつまずきやすい面は多いが,鑑賞者とのその場の「対話」が必要になる対話型は,教員養成で活用しつつも課題がある。
私たちは絵画や彫刻などの美術作品を鑑賞することで,自らの感情や思考への刺激を得,感動や安らぎを体験することができる。学校や美術館は鑑賞教育を通して,このような体験を支援している。例えば,伝統的な鑑賞教育の方法の一つとしてあげられるのは,作品に関する知識を伝授するレクチャー型の授業である。レクチャーでは美術史に関する知識を獲得することで,作品理解を促すことが目的となる。一方,近年は知識伝授を目的としない教育方法として対話型鑑賞が台頭している。対話型鑑賞は講師の代わりにファシリテーターと呼ばれる人の支援のもと,複数の学習者が作品について対話する。そうすることで学習者は自ら作品の意味を解釈するようになる。これらの教育方法はより多様な鑑賞教育を可能にしている。
しかし,レクチャー型と対話型鑑賞の教育効果の違いは十分に明らかになっていない。美術教育は他の教科に比べて教育心理学的研究が少なく(秋田, 1984),これら2つの鑑賞教育の違いを比較した研究もおこなわれてこなかった。そのため,本シンポジウムではレクチャー型と対話型鑑賞の2つの教育方法を比較するため玉川大学で行った実践・研究を紹介し,各々が学習者の鑑賞にどのような影響を与えるのかについて議論する。
まず,対話型鑑賞の実践者である阿部祐子氏から対話型鑑賞について実践を交えながら説明する。次に,従来のレクチャー型鑑賞教育と対話型鑑賞の効果を比較する実証研究を紹介する。最後に,レクチャー型や対話型鑑賞をどのように実際の教育現場で活用していくことができるかについて実践研究を紹介し,今後の鑑賞教育の展開について議論する。
対話型鑑賞の広がりと本実践の鑑賞について
阿部祐子
対話型鑑賞とは? 対話を通した美術鑑賞が美術館や学校で行われるようになって久しい。「対話型鑑賞」等と呼ばれるこの手法は,ファシリテーター(学芸員や教員等)が主に子どもの鑑賞者にオープンエンドな質問を投げかけ,それに対して鑑賞者が自由に答えるといった形で,対話をしながらグループで美術作品を見ていく鑑賞方法である。
対話型鑑賞は,米国の認知心理学者アビゲイル・ハウゼンとニューヨーク近代美術館(MoMA)で教育部長をしていたフィリップ・ヤノウィンにより開発されたVTS (Visual Thinking Strategies)がベースになっており,日本へは,1990年代,当時MoMAのエデュケーターだったアメリア・アレナスによって紹介された。
VTSで中心となる活動は,鑑賞者が美術作品を鑑賞して得た知覚の言語化であり(宇野, 2016),VTSは,ヴィジュアル・リテラシー,思考力,言語能力,コミュニケーション力等の諸能力を向上させるとされている(ヤノウィン, 2015)。
VTSを含む対話型鑑賞が日本で広がりを見せた背景には,それが子どもの鑑賞教育に適していたことに加え,学習指導要領の影響も挙げられる。平成10年の改訂以後,小学校・中学校共に,学習指導要領には美術館の活用や美術館との連携を促す文言が入り,鑑賞の充実が謳われてきた(文部科学省,平成10年,平成15年,平成20年,平成29年)。また,美術館と学校による鑑賞教育の研修(国立美術館, 2016)やファシリテーター養成講座(ARDA, 2018)等の増加もその一因といえるだろう。一方で,対話型鑑賞が一般的になったことは,その内容も多様になっていることを示唆する。
本実践で行った対話型鑑賞 本実践では,鑑賞者が大学生であることを意識しつつ,学生が美術作品を楽しむ時間となることを目指して対話型鑑賞を行った。筆者(実践者)はこれまでに,美術作品を見慣れていない鑑賞者が,VTSを踏まえた対話型鑑賞を通じて作品に興味を持ち始める姿を幾度となく目にし,VTSの意義を感じてきた。一方で,質問が定まっていることや情報提供を一切しないこと等,VTSには制約があり,筆者は過去にVTSに忠実な対話型トークを行った際,その限界を感じることがあった。たとえば,VTSの質問の一つである「この絵の中では何が起こっていますか?」は,肖像画や抽象画の場合には必ずしも適切とは言えず,鑑賞者が度々戸惑いを見せたことが度々あった。そこで本実践では,状況に応じて作品に合った質問に切り替える,発言を受け入れた後に新たな問いを投げかけ話題を発展させる等,VTSを主軸としながらも,それに囚われず,学生の反応に臨機応変に対応したゆるやかな対話形式のトークを心がけた。
レクチャーと対話型鑑賞が絵画鑑賞中の視線に与える影響
石黒千晶
これまでレクチャーや対話型鑑賞が学習者の鑑賞に与える影響は,学習者の感想文を質的に分析することで検証されてきた(Housen, 1987; 王・石崎, 2009他)。しかし,近年の鑑賞に関する心理学研究では,美術鑑賞過程には知識を利用した解釈過程のみならず,作品の視覚的情報を分析するための知覚的分析も含まれることが指摘されている(Leder et al., 2004)。実際に,近年の鑑賞教育に関する研究では,鑑賞者の解釈内容を示す感想文だけでなく,作品にどのように視線を向けていたかという知覚的分析過程も検証されつつある(Ishiguro, Yokosawa & Okada, 2016)。そのため,本研究はレクチャーと対話型鑑賞の教育効果の違いを比較する上で,教育的介入前後の絵画鑑賞時の視線の違いを検討した。
方法 大学生43名(男性8名,年齢M = 19.42,SD = 1.10)が実験に参加した。すべての学生はプレ・ポスト実験に参加し,そこでモニター上で12枚の絵画(具象画と抽象画各6枚)を鑑賞し,絵画鑑賞後に各作品の好き嫌いを評価した。学生の絵画鑑賞中の視線はアイトラッカー(Tobii X300)によって記録した。学生はレクチャー条件(n = 21)と対話型鑑賞条件(n = 22)にランダムに割り当てられ,プレ・ポストの間3回レクチャー,あるいは,対話型鑑賞の授業を受けた。
結果 各条件の絵画鑑賞時の視線を分析した結果,対話型条件においてのみ絵画鑑賞時間がプレ・ポストで増加することがわかった(Fig 1)。一方,絵画鑑賞中の眼球運動(e.g., fixation, saccade, scanpath)や作品の選好はいずれの条件でも変化しないことがわかった。
考察 レクチャーと対話型鑑賞が絵画鑑賞中の視線に与える影響を検討した結果,対話型鑑賞は鑑賞者の鑑賞時間を促進することがわかった。この結果は対話型鑑賞が,鑑賞者が作品と向き合う態度を養う教育方法である可能性を示唆している。
美術科教員養成で求められる「鑑賞」指導力の養成に関する課題
髙橋 愛
新学習指導要領が平成29年3月に告示された。学習指導要領は,学校種ごとに各教科や活動などの大まかな目標や教育内容を定めている。教員は学習指導要領を基に授業を計画し実施する。近年では,児童生徒の主体的な活動が意識され,アクティブラーニングをはじめとした動的学習が推進されてきた。この流れを受け,新学習指導要領では,「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けた授業改善を推進している。特に「深い学び」では,「見方・考え方」を働かせることを重要としている。「見方・考え方」とは,「どのような視点で物事を捉え,どのような考え方で思考していくのか」をさす。教科ならではの物事を捉える視点や考え方を働かせることが求められている。
この求めに応じた授業を美術科において実践していく上で,対話型鑑賞は授業改善の一翼を担う。阿部氏の既述にあるように,学習指導要領の改訂を受け,鑑賞活動の充実の実現化に伴い,対話型鑑賞は注目されてきた。VTSの手法や理論を基としながらも児童生徒の実態に合わせた鑑賞教育がなされてきた。
しかし,VTSのファシリテーター養成が体系化されているのに対して,日本の美術科教員養成において鑑賞活動の指導法は確立されていないようだ。学校で教える教員の鑑賞活動指導力育成は,まだまだ研究を重ねて行かねばならない。
本学では,美術科教員養成科目に「鑑賞教育理論」がある。この科目の中で,レクチャー型と対話型の鑑賞の両方を扱っている。どちらも理論を学んだのち,学生自身が実践してみる演習を行っている。レクチャー型も対話型もどちらにも教育上の長所があり,何を学ばせたいのかによって取り上げる型は異なる。レクチャー型よりも対話型の方が実践するのは難しいという感想を学生はもつようだ。最初に多くの学生が戸惑う場面がある。他の学生が指摘されているのを見聞きして理解しているが,実際に自分で実施してみるとできないことでもある。対話型は,はじめに作品をじっくり見てもらう時間を作る。その時間は,ファシリテーターによって異なるが,40秒以上は見てもらう。しかし,初めて実践する学生は10秒程度で言葉を発してしまう。「沈黙が不安」だそうだ。時間確保のために,自分で時間を測る学生もいるが,今度は時間ばかりに気をとられ,鑑賞者の様子を十分に観察できていない。レクチャー型にはレクチャー型でつまずきやすい面は多いが,鑑賞者とのその場の「対話」が必要になる対話型は,教員養成で活用しつつも課題がある。