[JG03] 子どもから事実を聞き取る面接技術
司法面接の教育現場での活用に向けて
キーワード:児童虐待, いじめ, 多機関連携
企画趣旨
本シンポジウムの目的は,子どもを対象に,負担が少なく,誘導せずに,正確で詳細な情報を得ることを目的として開発された司法面接(forensic interview)を,学校現場で活用する場合の可能性と課題を検討することである。
近年,虐待,いじめ,不登校,非行など,子どもが関わる問題の解決にあたって,学校が果たす役割は増大している。そして,上記のような問題は,親密な関係性の中で発生することが多く,本人や周囲から正確な状況や事情を聞き出すことの重要性が認識されるにつれて,司法面接の技術を学校教育の現場でも活用しようとする取り組みが増えている。
一方で,学校教育の現場では様々な事案が発生し,それぞれで対応が異なるので,実施や連携の判断が難しいという声もある。例えば,不自然な外傷がある子どもを発見した場合,いじめであれば,学校長のリーダーシップのもと教職員が主体となって組織的に問題解決に取り組むことが求められるが,虐待の場合には,教職員は被害について聴きこまずに専門機関につなぐ必要がある。
本シンポジウムでは,子どもから正確な情報を誘導なく,負担をかけずに聞き出すための面接技術(司法面接)について話題提供をいただいた後,保育・幼児教育,学校教育に展開する上での可能性と課題,展望について議論する。
学校現場における事実確認の方法
仲 真紀子
慎重な事実確認が必要となるのは司法や福祉の現場だけではない。学校においても,校内での事故やいじめ,校則違反,体罰等の疑いなど,客観的な事実の把握が重要な場面は少なくない。2013年に「いじめ防止対策推進法」が制定されてからは,「いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」(法28条第1項第2号)にはこれを重大事態と捉え,重大調査委員会を設置し,調査,審議し,予防対策を立てることが要請されるようになった。こういった事態では,委員会による児童・生徒,関係者への聞き取りの方法が重要である。また,そもそも「出来事」が起きたとされる時点でどういう調査がなされたかも問題となる。学校場面においても「事実調査のための面接」の方法を整備しておく必要があるだろう。
こういった面接法を整備する上で参考となるのは「司法面接」(forensic interviews, investigative interviews)という聴取法である。司法面接とは,児童・生徒の被暗示性やコミュニケーションの特性を踏まえて開発された事実調査のための面接法である(Lamb et al., 2008など)。誘導・暗示のないオープン質問(「何がありましたか」「それからどうなりましたか」)を用い,できるだけ正確な情報をできるだけ多く収集し,それを録音録画するなどして媒体に記録する。司法面接は福祉や司法の現場において,虐待や事件の事実確認を目的として設計されたものであるが,学校においても同様の原則で面接を行うことは有用であると思われる。
司法面接の原則は,まず(1)過去の情報をできるだけ正確に多く話してもらう「事実の調査」と,未来に向けた協同的な活動である「教育指導,教育相談,カウンセリング等」とを混同しないことである。事実の把握に務め,その後,この事実にもとづき指導やカウンセリングを行う。また,(2)面接は面接者と被面接者が一対一で行い,録音・録画が困難である場合は筆記役が面接者の横に着席し,口をはさまず記録する,ということがある。そして,(3)面接の手順としては,面接の主旨や約束事を告げ,ラポール形成や出来事を報告する練習を行った上で,問題となる本題に関し自由報告(自発的な語り)を求め,最後は質問や希望を聞いてクロージングを行う。
当日は札幌市の重大事態調査検討委員会が用いた面接方法(付録4)を紹介する。
司法面接技術の保育現場での活用に向けて
佐々木真吾
事件・事故の被害が疑われる時,保育・幼児教育に携わる保育者は,子どもの気持ちを「受容・共感」しながら,子どもの話を聞くことを重視する。子どもが答えに詰まった時には,子どもの気持ちを解釈し,代弁しながら聞き取りが進められる。一方,司法面接では,子どもの気持ちを解釈したり,代弁したりすることは推奨されない。子どもの自発的な発話を促すオープン質問により,淡々と聞き取りが進められる。また,司法面接では,子どもの気持ちではなく,「事実」に焦点を当てて話を聞き取る。
そもそも司法面接は,証拠として法的に用いることが可能な精度の高い供述を得るために実施される。そのため,「厳密な意味での司法面接」を実施するのは,事件・事故を調査する警察や児童相談所職員であり,保育者が司法面接を行うことはない。しかしながら保育者であっても,事件・事故の徴候に気づき,関連機関に連絡するよりも前に,子どもから事実を聞き取る場面が多々あると考えられる。この時,誘導や暗示が含まれる質問(「××だよね?」「××ってことかな?」)がなされると,子どもの記憶が汚染され,その後の調査で事実とは異なる情報が報告されるようになる危険性がある。また,特に初期の聞き取りで誘導や暗示が存在する場合,児童の供述の証拠価値が大きく低下し,法的な証拠として用いることが困難となる。
このような背景から,保育者であっても,特に初期の聞き取りでは,司法面接の技法を活用して話を聞くことが求められる。可能であれば,「事実確認」と「受容・共感」を切り分け,事実確認の後に子どもの心身のケアを行うなどの対応が求められる。これにより,児童の供述の証拠価値が確保され,その後の捜査機関との連携もスムーズに進むと考えられる。
このように,保育現場においても司法面接の技術は求められると考えられるが,そもそも保育現場では「司法面接」そのものが十分に知られていない。面接技法そのものに加え,司法面接の技法をなぜ用いる必要があるのかといった「司法面接の意義」についても,保育現場では十分に理解されていないと考えられる。保育者の方々を対象に司法面接の研修を実施し,司法面接を知ってもらい,現場でいかに活用できるかを議論していくことが求められる。そこで本提案では,提案者が実施した保育・教育関係者対象の司法面接研修の結果を報告し,保育現場における司法面接技術の活用について議論を深めたい。
司法面接技術の学校教育現場での活用に向けて
田中晶子
日頃から子どもと接する学校教育現場の教職員が虐待対応の初動に果たす役割は大きく,多くの教職員が,虐待の早期発見の努力義務・通告の義務を担っていることを認識している。しかし,実際には学校の教職員が虐待通告をためらいがちであることも報告されている。
通告をためらう理由は複合的であると思われるが,学校教育現場では「通告するには事実確認を十分に尽くさなければならない」,「通告するには虐待の事実を判断する必要がある」という認識が強く,そのことが速やかな通告を妨げる要因の1つになっているようである。
また,そのような認識が,通告前に学校の中で虐待の事実確認を十分に行おうとすることにつながり,かえってその後の対応を難しくしてしまうこともある。例えば,複数の教職員が子どもに対し,何度も被害について確認をしたために記憶の汚染が生じたり,つらい経験を何度も語ることにより子どもが精神的二次被害を受ける可能性もある。そのような事態になると,通告後の捜査や調査においてどのような被害があったのか明確になり難く,適切な司法手続きや福祉手続きにつなげることが困難になりかねない。つまり,教育機関が虐待対応の初動において十分に機能するためには,虐待被害の疑いを持った時に子どもからどのように話を聴けば良いのか,どのように対応すべきなのかについて知っておく必要があるだろう。
虐待の被害を疑った時に子どもからどのように話を聴き,対応すべきかについては,司法面接と呼ばれる面接法の知見が役立つ。司法面接は,記憶の汚染や精神的二次被害を避けることを目的とした子どもの体験を客観的に聴き取る面接法であり,近年児童相談所や警察・検察の連携のもと虐待の被害確認において導入が進められている。
教育機関が虐待被害を疑った時に,「司法面接そのもの」を実施することはないが,司法面接の考え方に基づく事実確認の方法について知ることにより,虐待対応における教育機関と司法・福祉機関とのより良い連携が促進されるように思う。また,子どもの体験を客観的に聴き取る方法は,虐待を疑った時だけでなく,学校内におけるケガや体調不良の状況を確認したり,子ども同士のトラブル・いじめの加害・被害の確認をする時等,他の事実確認が必要な場面においても利用することが出来るだろう。
ここでは,学校の教職員を対象とした研修の実施について報告する。研修は,司法面接の研修プログラムを参考に,学校教育現場で虐待被害を疑った場合を想定し,講義と演習(グループワーク)から構成された。研修の概要や実施状況,参加者からの感想等を共有し,学校教育現場における司法面接技術の活用に向けて議論したい。
引用文献
仲 真紀子(編著) (2016). 子どもへの司法面接:考え方・進め方とトレーニング 有斐閣
Lamb, M. E., Hershkowitz, I., Orbach, Y., & Esplin, P. W., (2008). Tell me what happened: Structured investigative interviews of child victims and witnesses. Chichester: Wiley & Sons.
札幌市児童等に関する重大事態調査検討委員会(2017). 札幌市立中学校における重大事態調査報告書
付 記
本研究は,JST RISTEXによる研究成果の一部である。
本シンポジウムの目的は,子どもを対象に,負担が少なく,誘導せずに,正確で詳細な情報を得ることを目的として開発された司法面接(forensic interview)を,学校現場で活用する場合の可能性と課題を検討することである。
近年,虐待,いじめ,不登校,非行など,子どもが関わる問題の解決にあたって,学校が果たす役割は増大している。そして,上記のような問題は,親密な関係性の中で発生することが多く,本人や周囲から正確な状況や事情を聞き出すことの重要性が認識されるにつれて,司法面接の技術を学校教育の現場でも活用しようとする取り組みが増えている。
一方で,学校教育の現場では様々な事案が発生し,それぞれで対応が異なるので,実施や連携の判断が難しいという声もある。例えば,不自然な外傷がある子どもを発見した場合,いじめであれば,学校長のリーダーシップのもと教職員が主体となって組織的に問題解決に取り組むことが求められるが,虐待の場合には,教職員は被害について聴きこまずに専門機関につなぐ必要がある。
本シンポジウムでは,子どもから正確な情報を誘導なく,負担をかけずに聞き出すための面接技術(司法面接)について話題提供をいただいた後,保育・幼児教育,学校教育に展開する上での可能性と課題,展望について議論する。
学校現場における事実確認の方法
仲 真紀子
慎重な事実確認が必要となるのは司法や福祉の現場だけではない。学校においても,校内での事故やいじめ,校則違反,体罰等の疑いなど,客観的な事実の把握が重要な場面は少なくない。2013年に「いじめ防止対策推進法」が制定されてからは,「いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」(法28条第1項第2号)にはこれを重大事態と捉え,重大調査委員会を設置し,調査,審議し,予防対策を立てることが要請されるようになった。こういった事態では,委員会による児童・生徒,関係者への聞き取りの方法が重要である。また,そもそも「出来事」が起きたとされる時点でどういう調査がなされたかも問題となる。学校場面においても「事実調査のための面接」の方法を整備しておく必要があるだろう。
こういった面接法を整備する上で参考となるのは「司法面接」(forensic interviews, investigative interviews)という聴取法である。司法面接とは,児童・生徒の被暗示性やコミュニケーションの特性を踏まえて開発された事実調査のための面接法である(Lamb et al., 2008など)。誘導・暗示のないオープン質問(「何がありましたか」「それからどうなりましたか」)を用い,できるだけ正確な情報をできるだけ多く収集し,それを録音録画するなどして媒体に記録する。司法面接は福祉や司法の現場において,虐待や事件の事実確認を目的として設計されたものであるが,学校においても同様の原則で面接を行うことは有用であると思われる。
司法面接の原則は,まず(1)過去の情報をできるだけ正確に多く話してもらう「事実の調査」と,未来に向けた協同的な活動である「教育指導,教育相談,カウンセリング等」とを混同しないことである。事実の把握に務め,その後,この事実にもとづき指導やカウンセリングを行う。また,(2)面接は面接者と被面接者が一対一で行い,録音・録画が困難である場合は筆記役が面接者の横に着席し,口をはさまず記録する,ということがある。そして,(3)面接の手順としては,面接の主旨や約束事を告げ,ラポール形成や出来事を報告する練習を行った上で,問題となる本題に関し自由報告(自発的な語り)を求め,最後は質問や希望を聞いてクロージングを行う。
当日は札幌市の重大事態調査検討委員会が用いた面接方法(付録4)を紹介する。
司法面接技術の保育現場での活用に向けて
佐々木真吾
事件・事故の被害が疑われる時,保育・幼児教育に携わる保育者は,子どもの気持ちを「受容・共感」しながら,子どもの話を聞くことを重視する。子どもが答えに詰まった時には,子どもの気持ちを解釈し,代弁しながら聞き取りが進められる。一方,司法面接では,子どもの気持ちを解釈したり,代弁したりすることは推奨されない。子どもの自発的な発話を促すオープン質問により,淡々と聞き取りが進められる。また,司法面接では,子どもの気持ちではなく,「事実」に焦点を当てて話を聞き取る。
そもそも司法面接は,証拠として法的に用いることが可能な精度の高い供述を得るために実施される。そのため,「厳密な意味での司法面接」を実施するのは,事件・事故を調査する警察や児童相談所職員であり,保育者が司法面接を行うことはない。しかしながら保育者であっても,事件・事故の徴候に気づき,関連機関に連絡するよりも前に,子どもから事実を聞き取る場面が多々あると考えられる。この時,誘導や暗示が含まれる質問(「××だよね?」「××ってことかな?」)がなされると,子どもの記憶が汚染され,その後の調査で事実とは異なる情報が報告されるようになる危険性がある。また,特に初期の聞き取りで誘導や暗示が存在する場合,児童の供述の証拠価値が大きく低下し,法的な証拠として用いることが困難となる。
このような背景から,保育者であっても,特に初期の聞き取りでは,司法面接の技法を活用して話を聞くことが求められる。可能であれば,「事実確認」と「受容・共感」を切り分け,事実確認の後に子どもの心身のケアを行うなどの対応が求められる。これにより,児童の供述の証拠価値が確保され,その後の捜査機関との連携もスムーズに進むと考えられる。
このように,保育現場においても司法面接の技術は求められると考えられるが,そもそも保育現場では「司法面接」そのものが十分に知られていない。面接技法そのものに加え,司法面接の技法をなぜ用いる必要があるのかといった「司法面接の意義」についても,保育現場では十分に理解されていないと考えられる。保育者の方々を対象に司法面接の研修を実施し,司法面接を知ってもらい,現場でいかに活用できるかを議論していくことが求められる。そこで本提案では,提案者が実施した保育・教育関係者対象の司法面接研修の結果を報告し,保育現場における司法面接技術の活用について議論を深めたい。
司法面接技術の学校教育現場での活用に向けて
田中晶子
日頃から子どもと接する学校教育現場の教職員が虐待対応の初動に果たす役割は大きく,多くの教職員が,虐待の早期発見の努力義務・通告の義務を担っていることを認識している。しかし,実際には学校の教職員が虐待通告をためらいがちであることも報告されている。
通告をためらう理由は複合的であると思われるが,学校教育現場では「通告するには事実確認を十分に尽くさなければならない」,「通告するには虐待の事実を判断する必要がある」という認識が強く,そのことが速やかな通告を妨げる要因の1つになっているようである。
また,そのような認識が,通告前に学校の中で虐待の事実確認を十分に行おうとすることにつながり,かえってその後の対応を難しくしてしまうこともある。例えば,複数の教職員が子どもに対し,何度も被害について確認をしたために記憶の汚染が生じたり,つらい経験を何度も語ることにより子どもが精神的二次被害を受ける可能性もある。そのような事態になると,通告後の捜査や調査においてどのような被害があったのか明確になり難く,適切な司法手続きや福祉手続きにつなげることが困難になりかねない。つまり,教育機関が虐待対応の初動において十分に機能するためには,虐待被害の疑いを持った時に子どもからどのように話を聴けば良いのか,どのように対応すべきなのかについて知っておく必要があるだろう。
虐待の被害を疑った時に子どもからどのように話を聴き,対応すべきかについては,司法面接と呼ばれる面接法の知見が役立つ。司法面接は,記憶の汚染や精神的二次被害を避けることを目的とした子どもの体験を客観的に聴き取る面接法であり,近年児童相談所や警察・検察の連携のもと虐待の被害確認において導入が進められている。
教育機関が虐待被害を疑った時に,「司法面接そのもの」を実施することはないが,司法面接の考え方に基づく事実確認の方法について知ることにより,虐待対応における教育機関と司法・福祉機関とのより良い連携が促進されるように思う。また,子どもの体験を客観的に聴き取る方法は,虐待を疑った時だけでなく,学校内におけるケガや体調不良の状況を確認したり,子ども同士のトラブル・いじめの加害・被害の確認をする時等,他の事実確認が必要な場面においても利用することが出来るだろう。
ここでは,学校の教職員を対象とした研修の実施について報告する。研修は,司法面接の研修プログラムを参考に,学校教育現場で虐待被害を疑った場合を想定し,講義と演習(グループワーク)から構成された。研修の概要や実施状況,参加者からの感想等を共有し,学校教育現場における司法面接技術の活用に向けて議論したい。
引用文献
仲 真紀子(編著) (2016). 子どもへの司法面接:考え方・進め方とトレーニング 有斐閣
Lamb, M. E., Hershkowitz, I., Orbach, Y., & Esplin, P. W., (2008). Tell me what happened: Structured investigative interviews of child victims and witnesses. Chichester: Wiley & Sons.
札幌市児童等に関する重大事態調査検討委員会(2017). 札幌市立中学校における重大事態調査報告書
付 記
本研究は,JST RISTEXによる研究成果の一部である。