日本教育心理学会第60回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

[JG05] 自主企画シンポジウム 5
教職大学院での学校心理士養成カリキュラムに基づく合理的配慮提供に寄与する人材育成

学校適応援助の専門性の獲得に向けたスーパーヴィジョンの在り方

2018年9月17日(月) 10:00 〜 12:00 D310 (独立館 3階)

企画・話題提供:西山久子(福岡教育大学)
企画・話題提供:納富恵子(福岡教育大学)
話題提供:小泉令三(福岡教育大学)
話題提供:脇田哲郎#(福岡教育大学)
指定討論:柘植雅義(筑波大学)

[JG05] 教職大学院での学校心理士養成カリキュラムに基づく合理的配慮提供に寄与する人材育成

学校適応援助の専門性の獲得に向けたスーパーヴィジョンの在り方

西山久子1, 納富恵子2, 小泉令三3, 脇田哲郎4, 柘植雅義5 (1.福岡教育大学, 2.福岡教育大学, 3.福岡教育大学, 4.福岡教育大学, 5.筑波大学)

キーワード:合理的配慮, 学校心理士, 教職大学院

企画趣旨
 特別支援教育が本格的に整備され,10年を迎え,すべての子どもの自立と社会参加を目指した取組の法的根拠をふまえた校内体制の構築が求められるようになった。さらに,国連の「障害者権利条約,第二十四条 教育」では,教育現場でも障害者の権利として,差別なく均等な機会を保障するよう,インクルーシブ教育導入の体系的推進が求められている。具体的には「個人に必要とされる合理的配慮の提供」を実現させる必要がある。
 しかし,学校現場では教員の大量退職・大量採用により,教員の年齢構成が変わり,限られた経験の若年層教員も含めた教員全体の教育的ニーズへの対応の充実には課題も少なくない。そのなかで福岡教育大学教職大学院は,教育課題に適切に対処できる新人教員の養成と,現職教員の研修のため,特別支援教育を含む様々な領域の問題事象を客観的に検討し,改善策を見出すことを目指している。とりわけ,現職院生の学校適応援助の専門性の獲得を目指す生徒指導・教育相談リーダーコースでは,「学校適応援助」を専門とする中堅リーダーの養成を5種類12単位の学校実習と36単位の授業からなるカリキュラムに基づき行っている。  
 その一貫として学校適応アセスメント実習では,適応に課題を抱えるグレーゾーンの子どもの実態把握と支援計画の立案及び試行を目指し,インフォーマルなアセスメントと教育援助を行っている。
本企画では,教職大学院の教員の立場から,学校適応援助の専門的力量の形成を目指し,コースが養成する人材像と カリキュラムを報告し,続いて,12単位からなる実習全体の構成と,そこで大学教員から同学年の院生に合同で行われる「グループスーパーヴィジョン」の構造を報告する。そして,院生が取り組んだケースの概要と院生の成長過程について,2つのケースの報告を行う。
 指定討論者から,現職教育に関わられたご経験と,合理的配慮に関わる教員の力量向上について,全国的・国際的動向をふまえ問題提起をいただく。

教職大学院での学校適応援助の専門的力量の形成-カリキュラムから
脇田哲郎
 本学教職大学院,生徒指導・教育相談リーダーコース(以下,本コース)では,児童生徒の学校適応に関する学校全体の指導体制を整備し,取組をリードできる力量を備えた教員の養成を目指している。こうした教員を「生徒指導・教育相談リーダー」と位置づけている(小泉・納富・西山,2009)。ここでいう「リーダー」とは生徒指導担当の主幹教諭や生徒指導委員会等の校務分掌上の主任としての仕事を行う立場の教員など,学校適応援助の調整・推進を行う者を指し,学校のチーム化が進むことによって求められる「ミドルリーダー」のことである。
 「ミドルリーダーとは,組織の課題解決において戦略的役割を果たしうる教職員を指す」(福岡県教育センター,2016)とされ,生徒指導・教育相談リーダーとは,生徒指導上の課題解決のプロセスや方策の具体化を図って学校全体の動きを作りだし,学校のチーム化を促進する教員のことである。
 こうした児童生徒の学校適応を促進するスペシャリストとしての専門的力量の獲得は,学校心理士の資格取得によって担保できると考え,本コースでは「学校心理士認定運営機構学校心理士」資格取得を推奨し,大学院での関連科目新基準に準拠したカリキュラムを取り入れた。学校心理士は学校等を領域とした心理教育的援助の専門家である。学校生活の諸問題に,カウンセリング等による子どもへの直接的援助とともに,保護者・教師・学校に対し「学校心理学」の専門的知識と技能による心理教育的援助サービスの実践を行うことを目指している。また,本コースのカリキュラムは,スクールリーダーとしての理論を学び,実習等で中堅教員としての実践力を高めるよう構成されている。現職院生と新人院生とが共に学ぶ授業科目があり,生徒指導・教育相談リーダーの専門性も得ている。

「学校適応アセスメント実習」でのグループスーパーヴィジョンの構成     
福岡教育大学 小泉令三
 県あるいは政令市教育委員会から長期研修で派遣される現職教員大学院生は,在籍校での勤務はなく,2年間の履修をすべて大学院での学びに充てている。その間,合計12単位からなる5つの実習(図)を履修する。そのうち,次の4つが生徒指導・教育相談リーダーコース独自の実習である。
①学校カウンセリング実習(3単位):適応指導教室で,個へのカウンセリング力をつける。
②特別支援教育実践実習(2単位):特別支援学級において,個別のニーズのある児童生徒へ,     教員補助として教材教具の作成等の支援を行う。
③学校適応アセスメント実習(3単位):通常学級において,個別のニーズのある児童生徒に    授業や行事を通して関わり,必要な配慮を行う
④学校適応支援実習(3単位):学校全体の子どもへの適応援助を評価し,不足している領域を強化しバランスのとれたプログラムにする。
 これらのすべての実習で,実習生全員と大学院の指導教員全員(学校心理士3名,臨床心理士1名,小児担当の精神科医1名:重複あり)によるグループスーパービジョン(GSV)を行っている。例えば,③では実習先である大学近隣の公立小中学校に,週に1~2日の割合で終日通い,週に1回,1コマずつのGSVを行う。アセスメントの対象となる児童生徒は,学校側に実習の意図にもとづいて決めてもらっており,いわゆる“グレーゾーン”の子どもである。
 実習生は,終日,対象児童生徒の学級に入り,観察と支援を行うとともに,学校や教職員から情報の提供を受けてそれらを整理し,大学でのGSVで報告する。GSVでは,毎回,全員が報告するとともに,各事例について,まず大学院生が相互に質疑応答やコメントの発表を行うよう促している。その後,大学教員からの質問や助言が行われる。
アセスメント結果は,学校心理士の資格認定の際に提出するケースレポートの様式でまとめる。実習の中間・最終段階で,実習校関係者に報告することが課され,研修会等としても活用されている。

学校適応援助における院生の学び[Case1:小学校]
納富恵子
 本事例は,ベテラン小学校教員の学級で,教職経験約10年の現職教員である院生により行われた。この実習では事前に実習生は自らのアセスメントの力量を自己評価し,実習に向け個別の学習計画を立案し,実習後に再度自己評価を行う。
 当該児童は,保護者も就学前より心配しており,専門機関で相談していたが,転居のため確実な引継ぎがなかった。保護者は,学習パターンをつかみにくく,言葉の意味を取り違える児の状況から,簡潔な指示を依頼していた。しかし,実習生の観察から「落ちつきがない」「指示が通らない」ことよりも,読み・書き・不器用さなどの課題が根底にあることが推測できた。クラスでの「参与観察」と「カリキュラムに基づいたアセスメント」および関係者の情報提供を整理分析し,中間報告でRTI指導モデルに基づくMIMの導入の提案が了承された。その後T1としてMIMを継続的実施し,対象児童の急速な伸びと実習生のアセスメント力量の自己評価が,5段階評定で事前平均1から実習後3.7へと変化した。また実習全体の振り返りから「個々の教師の指導力量だけで子どもは変わる」という個人に依拠した指導観から「アセスメントは決して障害を疑うことではなく,可能性を探ること」という専門的力量形成の価値について,マインドセットの転換が起こった。当日は実習生の成長プロセスについて,具体的に報告を行う。

学校適応援助における院生の学び[Case2:中学校]
西山久子
 本事例は,中学校で中堅教員の学級において教員経験約15年の現職院生により行われた,注意集中や書字に課題のある中2男子の支援経過である。約2ヶ月間で15回の訪問と8回のGSVを併行し,個と集団の見取りと支援が行われている。
 当該生徒は,特別支援学級への配属を必要とする意見もありながら,通常学級に配属されていた。
対象児の概要:安定した性格で,部活動に熱心で,友人等とも一定のコミュニケーションがとれる。反面,学習面では書字による表出の困難さや乱れ,言語理解や注意集中への課題があり,周囲と熟議することは困難である。課題と対応を挙げる。
アセスメント:出席状況・定期考査の結果・授業での観察から,①学習面に全体的困難を抱え「書く能力」・「言語の知識・理解・技能」・「読む能力」が課題。授業中,課題の把握が遅く,取りかかりが遅れる。②教師の端的な指示・指示内容の板書には反応でき,学習のモチベーションもある。③書字を整えることが困難である。④生活ノートの記録の不備が忘れ物の一因である。⑤学力調査の数量,図形の知識・理解に長けているが,意味理解は難しい。
 対象児の支援では,スーパーヴァイザーも実習日ごとにシフトを組み訪問し,実態を理解した上で,本児の見取りや情報収集に関する助言をGSVにおいて行った。実習院生は,①本児を含む数名の書字と忘れ物に課題のある生徒数名に補助シートを配り,②注意集中が困難な本児に課題を視覚化できる支援を行い,学習中の姿勢や書字等にポジティブで具体的なフィードバックを行った。
 成果及び課題:中堅教員として,当該学級の担任や教科担任からの情報収集や連携の方略の理解,多様な課題を抱える生徒への個に応じた支援の在り方と,ミドルリーダーとしてのケース理解を深め,校内研修を経て全体の学びに還元するOJT型研修システム推進の流れに対する理解が進んだ。

※本発表において取り上げるケース2例については,個人情報保護のため複数の具体事例を統合した。

 本企画は,2018年度文部科学省概算要求 発達障害に関する教職院棟の理解啓発・専門性向上事業,発達障害の可能性のある児童生徒の多様な特性に応じた合理的配慮研究事業による。