日本教育心理学会第60回総会

講演情報

自主企画シンポジウム

[JH01] 自主企画シンポジウム 1
教科教育の心理学

2018年9月17日(月) 13:00 〜 15:00 D201 (独立館 2階)

企画・司会:藤村宣之(東京大学)
企画:石橋優美(共立女子大学)
企画:鈴木豪(横浜商科大学)
話題提供:一柳智紀(新潟大学)
話題提供:町岳(静岡大学)
話題提供:小田切歩
指定討論:湯澤正通(広島大学)
指定討論:鹿毛雅治(慶應義塾大学)

[JH01] 教科教育の心理学

(2)授業実践研究の展開に実験・調査研究の発想や成果をどのように生かすか

藤村宣之1, 石橋優美2, 鈴木豪3, 一柳智紀4, 町岳5, 小田切歩6, 湯澤正通7, 鹿毛雅治8 (1.東京大学, 2.共立女子大学, 3.横浜商科大学, 4.新潟大学, 5.静岡大学, 6. , 7.広島大学, 8.慶應義塾大学)

キーワード:教科学習, 概念的理解, 協同

企画趣旨
藤村宣之
 小学生から高校生にかけての児童・生徒を対象に教授・学習や発達のプロセスを明らかにするには,学校教育における授業実践を直接対象とする研究と,個別実験,個別面接,集団調査など,授業場面を離れて実施される実験・調査研究の両者が必要であると考えられる。前者は様々な要因が関わる現実場面における生態学的妥当性の高いプロセスを描き出す一方で,後者はより厳密に統制された条件下での一人ひとりの子どもの心の動きを微細にとらえるなど,両者は独立性を保ちながら相互補完性を有すると考えられる。そして両者をつなぎ,基礎づける役割を果たすのが,教授・学習や発達に関わる「理論」である。前後者それぞれの研究は理論に依拠しながら進められると同時に,それぞれの研究を通じて得られる知見は,理論を修正し精緻化する役割を果たすであろう。
 教科教育に関わる心理学に関して,(A)授業実践を直接対象とする研究と,(B)授業とは相対的に独立に実施される実験・調査研究は,両者の相互補完性を越えて,いかに相互促進的に機能し,理論構築に寄与しうるであろうか。(1)前者を見通した後者の研究,(2)後者の発想や知見を生かした前者の研究,(3)前者で見いだされた実践上の課題を探究する後者の研究,(4)後者を通じて構成された学習モデルを多様な学習環境のもとで検討する前者の研究といった,両者を往還する研究が,教育心理学の研究としては,例えば,概念的理解の深化メカニズムの解明をもたらし,教育場面では「深い学び」を実現するような,各教科の授業実践の提案につながるのではないだろうか。
 以上のような問題意識から,教科教育の心理学というテーマのもとに,授業実践を直接対象とする研究と,授業場面を離れて実施される実験・調査研究との往還のあり方を探るシンポジウムを4年連続で組織することとした。本年度はその2年目として,実験・調査研究の知見や発想を,各教科における授業実践研究の展開にどのように生かすかについて,話題提供者には実証的データをもとに具体的提案を行っていただき,指定討論者やフロアの方々とともに,教育実践と教育心理学がどのように関わるかといった幅広い視点から検討を行っていきたい。

直後再生課題を用いた国語科物語文読解授業における学習過程の検討
一柳智紀
 教師による知識伝達型の授業から,学習者が互いの考えを出し合いながら協同的に学んでいく授業への転換の重要性が言われて久しい。しかし,ただ学級全体や小グループ,ペアでの話し合い活動を取り入れればよいわけではなく,そこで生起しているやりとりの質が問われている(e.g. 寺本・後藤・藤江, 2016; 秋田, 2016)。
 これに関わって,他者とのやりとりにおいて,自分の考えを一方的に発表するだけではなく,互いの考えを聴きながら探索的に意見を交わし,自身の考えを深めていくことの重要性が指摘されている(Barnes, 2008)。しかし,複数の学習者が多様な考えを発言していく授業において,学習者が誰の発言をどのように聴いて考えているのかを,授業者や参観者が捉えることは容易ではない。一方では,すべての学習者が発言する機会を必ずしも得るわけではない教室において,発言しない学習者も含め,一人一人の学習者がどのように話し合いに参加し,学んでいるのかを検討することは,授業を省察し,改善していく上では重要であろう。
 そこで,本発表では,従来記憶研究において用いられてきた再生課題に着目し,授業直後に再生課題を行うことで,発言しない学習者も含めた学習過程に迫った研究について報告する。具体的には,小学4年生学級で日常的に行われた国語の物語文読解の授業を対象に,授業の終了直後に直後再生課題を実施し,学級全体での話し合いにおいてどのような発言を覚えているかを記述してもらった。記述の分析にあたり,単に正しく再生ができているか(できていないか),どれだけ再生できているかどうかではなく,児童が誰のどのような発言をどのように記憶しているのかという点から考察した。さらには,国語科の物語文読解という観点から,そうした記述が児童の当初の読みとどのような関係にあり,どのように読みが変容しているかについても検討した。その結果,児童は自分の読みとは異なる他児童の読みに着目して聴いて新たな読みを創発しているだけでなく,自分と似た他児童の読みを共感的に聴き,自身の読みを補強していることがうかがえた。
 本発表を通して,実験研究で用いられてきた手法がどのように日常的な実践に位置付けられるのか,また,教育実践の文脈におけるそうした手法の捉え直しの可能性について議論を深めたい。

相互教授法から授業実践型相互教授へ―国語科における実験室的な成果を算数科における授業実践に生かす―
町 岳
学習指導要領改訂における授業改善のキーワード「主体的・対話的で深い学び」を受けて,学校現場ではグループ学習などの小集団による学び合いに注目が集まっている。しかし,それを授業で実践するのは簡単ではなく,教師が具体的な方略をもち,意図的に介入することが必要である(Johnson, Johnson, & Houlbec, 2002 石田他訳2010)。協同学習では,質の高い相互作用を生起させるための教師の方略について,様々な先行研究・実践が積み重ねられてきた(町・中谷, 2013)。その一つにPalincsar & Brown(1984)の相互教授法(Reciprocal Teaching;以下RT)がある。RTは,教師による支援のもと,児童が個々の役割を果たしながら読解方略を獲得するもので,読解力の向上とその持続的効果が確認されている。RTは,当初の1対1の実験室的な研究から,授業の中での実践可能性を探求する方向にも展開しつつあるが(Brown & Campione, 1994),その効果は,主に国語科における読解(リテラシー)が中心である(例えばSporer, Brunstein,& Kieschke, 2009)。
 町(2015)は,実験室的なデザインから生まれたRTを,国語科や読解以外のより広い授業実践で活用できる教授方略にアレンジした授業実践型相互教授(Reciprocal Teaching in Classroom; 以下RTC)を提案した。その手順については,まずRTが効果をもたらす要因として,「個人内思考の外化」,「役割付与」,「話し合いの手順の提示」の3点を抽出し,RTCの核となる枠組みとした。次に各教科や学習課題の特性をふまえ,「役割付与」と「話し合いの手順の提示」に修正を加えた。具体的には,様々な教科や学習課題に対する汎用性の高い「役割」として,学習課題に対する自分の考えを友達に説明する「説明役」と,説明役の児童の説明がより詳しくなるような質問をする「質問役」を設定した。またRTにおける,読解方略獲得のための「話し合いの手順」(予測・質問・明確化・要約)を,各教科や学習課題の特性をふまえたものに調整することとした。本シンポジウムでは,小学校5年生の算数科「四角形と三角形の面積」の単元におけるRTCの授業実践(町・中谷, 2014)が,小グループの話し合いに与えた影響について,学業達成度・質問紙・発話分析の調査結果を踏まえて提案する。あわせて実際の授業場面において,話し合いの質に影響を与える学力以外の要因について検討した結果も紹介したい。

協同過程を通じた個人の概念的理解の深まりと授業デザイン:数学科を中心に
小田切 歩
 他者との協同については,授業場面を離れて実施される実験研究と,授業実践を直接対象とする研究のいずれにおいても,児童・生徒の概念的理解の深まりに有効であることが先行研究によって示されている(e.g, 橘・藤村, 2010;田島・森田, 2009)。しかしながら実際の授業実践においては,協同過程は単なる小グループでの活動として導入され,児童・生徒の概念的理解の深まりにつながっていない場合もある。その理由として,実践の際に,協同過程を何のために導入するのかという目指す学力が明確にされていないことや,背景にある理論的理解がなされていないことが指摘されている(杉江, 2013)。
 また藤村・橘(2013)は,協同過程を通じた個人の概念的理解過程に焦点を当てて検討した研究はまだ多くはないことを指摘している。先述の橘・藤村(2010)のような実験研究においては,協同過程を通じた個々人の変化のプロセスが検討されている。一方,授業実践を対象とした先行研究においては,授業全体の対話活動の分析や抽出児の事例分析にとどまり,協同過程を通じた参加者全員の個々の変化のプロセスは検討されていないことが多い。具体的な授業デザインへの示唆を得るためには,授業実践を対象とした研究においても,協同過程を通じた個々人の変化のプロセスを明らかにする必要があろう。
 そこで本発表では,抽象的な数学的概念に関する理解の促進を目標とした,高校2年生の数学授業における,クラス単位の協同過程を通じた個人の変化を検討した2つの研究について,授業デザインの背景とともに報告する。具体的には,まず研究1(日常的知識と数学的知識の関連づけの促進に関する研究)では,三角関数の定義に関する理解を目標とし,日常的な題材を用いた課題を作成し,多様な解決方略の構造化を集団的に行うという協同過程を設けた。その結果,三角関数の定義に関する個人の理解は促進されたものの,その効果は一部の生徒にのみみられた限定的なものであった。そこで研究2(異なる単元の数学的知識の関連づけの促進に関する研究)では,研究1の結果をもとに授業デザインを改善し,数列と関数の関連に関する理解を目標とし,多様な解決方略の比較検討を行うという協同過程を設けた。その結果,数学的な知識を根拠とした個人の説明構築が促され,それが数列と関数の関連についての理解の深まりにつながったことが示された。
 本発表を通して,実験研究の知見を生かした協同過程の授業デザインについて,数学という教科固有性や領域一般性も考慮して議論を深めたい。