日本教育心理学会第60回総会

講演情報

ポスター発表

[PA] ポスター発表 PA(01-78)

2018年9月15日(土) 10:00 〜 12:00 D203 (独立館 2階)

在席責任時間 奇数番号10:00~11:00 偶数番号11:00~12:00

[PA25] 学習資源の利用経験の差異からみるラーニング・コモンズにおける学びのプロセス

山田嘉徳 (大阪産業大学)

キーワード:ラーニング・コモンズ, 学び, 状況的学習論

問題と目的
 ラーニング・コモンズは「主として学生を対象とし,学習支援のための設備・施設,人的サービス,資料を総合的にワンストップで提供する学習支援空間」(呑海・溝上, 2015)と定義される。ラーニング・コモンズでの学びのプロセスを学習資源の利用の観点から捉える視点や概念は,未整備である。この学びのプロセスを捉えるには,自らの学習の仕方やあり方(学習概念)をラーニング・コモンズという場を通してどう相対化していくかという視点から記述することが有効とされる(山田, 2017)。ラーニング・コモンズにおける学びのプロセスはその意味で,状況的学習論(Wenger, 1990, Lave & Wenger, 1991)が学習概念を再定位する上で主張するような,学習資源としてのリソースへのアクセスという観点から描くことで分析し得る。そこで本研究は学びを学習資源の活用可能性から位置づけ,その差異やプロセスを探索的に検討することを目的とし,ラーニング・コモンズでの学習資源の利用経験が異なる複数の対象者へインタビューを行い,その様相を質的に探る。

方  法
調査対象と手続き フィールドとなるA大学のラーニング・コモンズは2016年5月に図書館1階の自習用の演習室のフロアを改装して開設された。主として学習環境・設備の提供という点に留まっており,正課外を含む学習支援が行われ始めたフィールドである(2018年4月時点)。ここではラーニング・コモンズにおける学習資源の利用経験の豊富な学生4名(A,B,C,D),利用経験の浅い学生2名(E,F)ののべ6名を対象に,どのような学びがなされているのか聞き取りを行う。なお対象者は,A大学ラーニング・コモンズの受付やイベント立案・企画を担っていた学生である。
分析手続き 学習資源の活用可能性としての学びに着目し,学習者に適した学習支援や学びをより深める知見の提起を行うことを目指す。そのために分析のための視点を析出してゆき,学習者の学習行動においてどう接続されていくのか,ラーニング・コモンズの学びのプロセスを描き,考察を行う。得られたデータについて,(1)ラーニング・コモンズで何がどう学べるようになり,何が学びの対象となるのか,(2)学習のための諸資源をどう利用するのか,(3)なぜそこへ行くのか(行かないのか)という観点から,「リソースへのアクセスの制約」(Wenger, 1990)を踏まえ,分析を進める。
結  果
 ここでは特に分析手続き(2)の観点に着目し,この分析観点の典型的な語りによって,ラーニング・コモンズの学びの一端を示す。利用経験年数が1年をこえる学生Bの語りを引用すると,(「実際に使ってみていいなと思うことって」との質問に対して)「ソフトは演習室のよりちょっと劣るんですけど演習室のパソコンは場所が固定されているんでその場所でしかできないと思うんですよ。ラーニング・コモンズの貸し出しのパソコンはノート型なので場所を固定されずにどこでも使えるのがいいのかな」と述べている。また,「ノートパソコンを借りることさえすればどこでも落ち着いた環境でレポートを作成できるのではないか」とも語る。これらの語りからは,演習室とラーニング・コモンズとの学習環境の対比から,有効な学習のあり方がラーニング・コモンズを利用した学習者の視点から相対化されていることが読み取れる。この視点の類似の語りは学生A,C,Dでもみられた。一方,学習資源の利用経験が少ない学生E,Fの語りをみていくと,学習が可能である状況はあくまでリソースが利用できるか否かといった視点で語られているに留まり,学習状況の相対化や文脈の置換といった様相はみられなかった。

考  察
 前述の分析を踏まえ,ラーニング・コモンズにおける学びのプロセスの一般化のための視点について検討する。第一に当該の場と他の学習環境とを比較検討し,独自の学び方に言及ができるか,第二に自らの活用の仕方について触れ,主体的に学習資源と学習状況とを結びつけ,選択的な活用の過程がみられるか,という分析視点が新たに提起し得る。ラーニング・コモンズにおける学びのプロセスとはすなわち,諸資源の活用可能性と選択という見方でもって自らの活用のあり方を探索していく志向の変容を伴うプロセスであるともいえる。その意味でラーニング・コモンズの学習支援への示唆を述べれば,学習状況は再構築可能であるとする認識の獲得の寄与に接続する手立てを講じることが重要ということになるだろう。

付  記
 本研究は科学研究費基盤研究(C)「正課教育とラーニング・コモンズにおける学習支援の連環を促す学習環境デザイン(岩﨑千晶代表:16K01143)の助成を受けて行われた。