[PC13] 議論における多角的な思考の促進要因と評価基準の探索
キーワード:議論, 反論, ディスカッション
背景と目的
近年,高等教育の改革により話し合いを導入する授業が増えているが,対話的で主体的な深い学びには,科目等に閉じた話し合いの経験を蓄積・統合し,知の基盤となるコンピテンシーの育成を目的にした議論教育の手法の開発が求められている。Kuhnらは思考の結果としてのプロダクトを指す議論(アーギュメント)と,議論そのもののプロセスを指す議論(アーギュメンタティブ・ディスコース)に分け,議論研究を整理した(Kuhn & Udell,2007)。アーギュメンタティブ・ディスコースの研究は日常実践への応用の点で必要とされているが,複数の発話者によるアーギュメンタティブ・ディスコースに必要なスキルや何がスキルを発展させるのか本質的な研究が不足している。中野(2014,2018)では大学や高校で議論教育プログラムを構築・運用しながら議論教育の知見を蓄積してきた。これらの一連の研究からアーギュメンタティブ・ディスコースの発達には多角的な視点の獲得が不可欠であるという着想を得た(Table 1)。ここでの多角的な思考とは「ある主張に対して他の観点や考え方を複数提示できること」と定義する。そこで本研究は,議論における多角的な思考の促進要因と評価基準を探索することを目的とする。
方 法
議論の多角的思考の促進要因を明らかにするために,福岡工業大学の議論力育成をねらいとした平成29年度1年次後期必修科目「コミュニケーション基礎」で参与観察を行った。対象者は筆者が担当する3学科5クラスの受講者250名であった。2017年9月~2018年1月の期間,全15回の講義では毎回4~5名のグループに分かれて約20分間で議論をし,議論やテーマの理解を深めた。テーマは「日本政府は原子力発電所を廃止すべき」「書籍は電子化すべき」等,社会問題から日常生活まで多様な領域から選んだ。講義では教員と学生のサポーターの二名で参与観察を行い,講義後に得られた知見を共有した。本論では参与観察を通して抽出された多角的思考の促進要因と評価基準を報告する。
結果と考察
上記に述べた参与観察を通して,「環境要因」と「手続き要因」が議論における多角的思考の発達に関係していることが明らかとなった。一つ目の「環境要因」はグループでお互いの主張を競わせるか,協力するかである。競争環境では反駁や再反駁が起こりやすいのに対し,協力環境では各主張の共通点を踏まえた議論展開が見られた。二つ目の「手続き要因」は手順に従って議論を進めるか,自由に議論をするかである。手順に従った議論は効率的に議論が進むが,手順以外の選択肢が検討されない傾向があった。これに対し,自由な議論では重要な論点に焦点を絞って深められる一方で,収集がつかず結論が出ないことがあった。これらの知見から以下11点が評価基準として抽出された:「1. 一人あたりの発言時間」「2. 発言の論理性」「3. 発言者の意見を聞いているか」「4. 意見の数」「5. 反対意見の出現率」「6. 話が逸脱していないか」「7. 議論が理にかなっているか」「8. 意見がまとまったか」「9. グループの雰囲気」「10. グループで協力しているか」「11. 誰か1人勝ちしていないか」。1~3は個人の発言や聞き方,4~8はグループの議論プロセス,9~11はチームワークに関連する基準である。この結果から,二要因の組み合わせによりどの議論の条件が多角的思考の促進に寄与するか,評価基準を用いて比較分析することができる。
おわりに
本研究では参与観察を通して議論における多角的思考の促進要因と評価の基準を明らかにした。次の段階として,これらの知見を踏まえた条件を設定し実験を実施し,議論内容に関する詳細な分析が求められる。
引用文献
Kuhn, D., & Udell, W. (2007). Coordinating own and other perspectives in argument. Thinking and Reasoning, 13, 90-104.
中野美香 (2014) 実践コミュニティ創生型議論評価システムの開発: アーギュメンタティブ・ディスコースの道具の効果 福岡工業大学エレクトロニクス研究所所報30, 37-42.
中野美香(2018). 大学生からのグループ・ディスカッション入門 ナカニシヤ出版.
近年,高等教育の改革により話し合いを導入する授業が増えているが,対話的で主体的な深い学びには,科目等に閉じた話し合いの経験を蓄積・統合し,知の基盤となるコンピテンシーの育成を目的にした議論教育の手法の開発が求められている。Kuhnらは思考の結果としてのプロダクトを指す議論(アーギュメント)と,議論そのもののプロセスを指す議論(アーギュメンタティブ・ディスコース)に分け,議論研究を整理した(Kuhn & Udell,2007)。アーギュメンタティブ・ディスコースの研究は日常実践への応用の点で必要とされているが,複数の発話者によるアーギュメンタティブ・ディスコースに必要なスキルや何がスキルを発展させるのか本質的な研究が不足している。中野(2014,2018)では大学や高校で議論教育プログラムを構築・運用しながら議論教育の知見を蓄積してきた。これらの一連の研究からアーギュメンタティブ・ディスコースの発達には多角的な視点の獲得が不可欠であるという着想を得た(Table 1)。ここでの多角的な思考とは「ある主張に対して他の観点や考え方を複数提示できること」と定義する。そこで本研究は,議論における多角的な思考の促進要因と評価基準を探索することを目的とする。
方 法
議論の多角的思考の促進要因を明らかにするために,福岡工業大学の議論力育成をねらいとした平成29年度1年次後期必修科目「コミュニケーション基礎」で参与観察を行った。対象者は筆者が担当する3学科5クラスの受講者250名であった。2017年9月~2018年1月の期間,全15回の講義では毎回4~5名のグループに分かれて約20分間で議論をし,議論やテーマの理解を深めた。テーマは「日本政府は原子力発電所を廃止すべき」「書籍は電子化すべき」等,社会問題から日常生活まで多様な領域から選んだ。講義では教員と学生のサポーターの二名で参与観察を行い,講義後に得られた知見を共有した。本論では参与観察を通して抽出された多角的思考の促進要因と評価基準を報告する。
結果と考察
上記に述べた参与観察を通して,「環境要因」と「手続き要因」が議論における多角的思考の発達に関係していることが明らかとなった。一つ目の「環境要因」はグループでお互いの主張を競わせるか,協力するかである。競争環境では反駁や再反駁が起こりやすいのに対し,協力環境では各主張の共通点を踏まえた議論展開が見られた。二つ目の「手続き要因」は手順に従って議論を進めるか,自由に議論をするかである。手順に従った議論は効率的に議論が進むが,手順以外の選択肢が検討されない傾向があった。これに対し,自由な議論では重要な論点に焦点を絞って深められる一方で,収集がつかず結論が出ないことがあった。これらの知見から以下11点が評価基準として抽出された:「1. 一人あたりの発言時間」「2. 発言の論理性」「3. 発言者の意見を聞いているか」「4. 意見の数」「5. 反対意見の出現率」「6. 話が逸脱していないか」「7. 議論が理にかなっているか」「8. 意見がまとまったか」「9. グループの雰囲気」「10. グループで協力しているか」「11. 誰か1人勝ちしていないか」。1~3は個人の発言や聞き方,4~8はグループの議論プロセス,9~11はチームワークに関連する基準である。この結果から,二要因の組み合わせによりどの議論の条件が多角的思考の促進に寄与するか,評価基準を用いて比較分析することができる。
おわりに
本研究では参与観察を通して議論における多角的思考の促進要因と評価の基準を明らかにした。次の段階として,これらの知見を踏まえた条件を設定し実験を実施し,議論内容に関する詳細な分析が求められる。
引用文献
Kuhn, D., & Udell, W. (2007). Coordinating own and other perspectives in argument. Thinking and Reasoning, 13, 90-104.
中野美香 (2014) 実践コミュニティ創生型議論評価システムの開発: アーギュメンタティブ・ディスコースの道具の効果 福岡工業大学エレクトロニクス研究所所報30, 37-42.
中野美香(2018). 大学生からのグループ・ディスカッション入門 ナカニシヤ出版.