[PH49] 聴覚障害生徒の書いた論証的文章における書く力の特徴
多数の言語要素による作文の分類と評価との関連から
キーワード:聴覚障害、論証文、評価
問題と目的
平成29,30年の学習指導要領の改訂では,言語活動の充実等の観点から,自己の考えや意見を論述する力の必要性が強調されている。一方,聴覚障害児には書き言葉の習得が苦手な者が多く,近年では,作文評価と言語要素との関連からその特徴が検討されている(新海・澤,2019)。しかし,論説文の産出に際しては言語的特徴を検討するに留まり(新海・澤,2018),具体的にどのような困難を示すのかは明らかでない。本研究では,聴覚障害児の書いた論証的文章について,言語要素の使用傾向から文章を分類し,作文評価との関連について検討することを目的とした。なお,本研究は,新海・澤(2018)に一部作文データを追加した上で分析を行った。
方 法
対象児:聾学校に在籍する中学部生徒57名,高等部生徒65名。
作文課題:新海・澤(2018)と同様の3つの論証的な作文課題(意見文,説得文A,説得文B)である。
課題の手続き:新海・澤(2018)と同様に実施した。
作文の印象評定:各作文を大学生9名に評定させた。評定には,新海・澤(2019)が使用した7つの評価観点(分析的評価)と総合評価に加え,一貫性,説得力,言論性,情動性の4つの評価観点(分析的評価)を用いた。11項目からなる分析的評価は7点満点,総合評価は10点満点で評定させた。
言語要素による分析:新海・澤(2019)と同様に48の言語要素を使用し,形態素解析の結果から各言語要素の出現率等を求めた。
分析方法:印象評定の結果は,評価者ごとに標準得点(z得点)に変換した。48の言語要素の出現率等は,新海・澤(2019)と同様に標準化を行った。
結 果
収集した作文のうち,記述途中又は課題の意図理解に誤りのあるものを除いた。そして,文字数が2S.D.以下の作文を除き,最終的に意見文35編(中学部14編,高等部21編),説得文A39編(中学部19編,高等部20編),説得文B38編(中学部15編,高等部23編)を分析対象とした。
学部×課題ごとに各作文における48の言語要素の標準値を基にクラスター分析(ユークリッド距離,Ward法)を行い,デンドログラムの結果から作文を3群に分類した。そして,各評価観点の標準得点の平均値を算出した(Table 1)。その結果,高等部意見文を除き1~2編の作文から構成され標準得点が顕著に高いもしくは低い作文群があること,その他の作文群間では全体的に標準得点の差が小さい傾向にあることが示された。一方,中学部意見文,高等部意見文,高等部説得文Aでは他の評価観点に比して“多様さ”“面白さ”又は“説得力”“言論性”の標準得点が高い,あるいは低い群が認められた。
考 察
本研究の結果,聴覚障害児の書いた論証的文章について、言語要素の使用傾向と作文評価とが関連することが示された。特に“面白さ”や“説得力”などを特徴とした文章を産出する聴覚障害児がいることが示唆され,「論証」という文章の目的に焦点を当てた指導が重要であることが推察された。一方,作文群間の標準得点の差が比較的小さく,とりわけ説得文Aにおいてその傾向が見られた。このことは各群には得点の高い作文と低い作文が混在している可能性を示しており,文章力の高低は言語要素の使用傾向のみでは説明できないことが考えられた。全体的に言論性と情動性との間に差のあることから,評価には論述の内容が大きく影響することが考えられ,今後は説得の理由等を分析していく必要がある。
参考文献
新海・澤(2019)音声言語医学,60(2),121-129./新海・澤(2018)日本特殊教育学会第57回大会発表論文集,P1-72.
付 記
本研究は,平成30年度特別研究員奨励費(課題番号:18J12599)の補助を受けた。また,本研究は,東京学芸大学内に設置された倫理審査委員会による承認を得て行われた。
(SHINKAI Akira, SAWA Takashi)
平成29,30年の学習指導要領の改訂では,言語活動の充実等の観点から,自己の考えや意見を論述する力の必要性が強調されている。一方,聴覚障害児には書き言葉の習得が苦手な者が多く,近年では,作文評価と言語要素との関連からその特徴が検討されている(新海・澤,2019)。しかし,論説文の産出に際しては言語的特徴を検討するに留まり(新海・澤,2018),具体的にどのような困難を示すのかは明らかでない。本研究では,聴覚障害児の書いた論証的文章について,言語要素の使用傾向から文章を分類し,作文評価との関連について検討することを目的とした。なお,本研究は,新海・澤(2018)に一部作文データを追加した上で分析を行った。
方 法
対象児:聾学校に在籍する中学部生徒57名,高等部生徒65名。
作文課題:新海・澤(2018)と同様の3つの論証的な作文課題(意見文,説得文A,説得文B)である。
課題の手続き:新海・澤(2018)と同様に実施した。
作文の印象評定:各作文を大学生9名に評定させた。評定には,新海・澤(2019)が使用した7つの評価観点(分析的評価)と総合評価に加え,一貫性,説得力,言論性,情動性の4つの評価観点(分析的評価)を用いた。11項目からなる分析的評価は7点満点,総合評価は10点満点で評定させた。
言語要素による分析:新海・澤(2019)と同様に48の言語要素を使用し,形態素解析の結果から各言語要素の出現率等を求めた。
分析方法:印象評定の結果は,評価者ごとに標準得点(z得点)に変換した。48の言語要素の出現率等は,新海・澤(2019)と同様に標準化を行った。
結 果
収集した作文のうち,記述途中又は課題の意図理解に誤りのあるものを除いた。そして,文字数が2S.D.以下の作文を除き,最終的に意見文35編(中学部14編,高等部21編),説得文A39編(中学部19編,高等部20編),説得文B38編(中学部15編,高等部23編)を分析対象とした。
学部×課題ごとに各作文における48の言語要素の標準値を基にクラスター分析(ユークリッド距離,Ward法)を行い,デンドログラムの結果から作文を3群に分類した。そして,各評価観点の標準得点の平均値を算出した(Table 1)。その結果,高等部意見文を除き1~2編の作文から構成され標準得点が顕著に高いもしくは低い作文群があること,その他の作文群間では全体的に標準得点の差が小さい傾向にあることが示された。一方,中学部意見文,高等部意見文,高等部説得文Aでは他の評価観点に比して“多様さ”“面白さ”又は“説得力”“言論性”の標準得点が高い,あるいは低い群が認められた。
考 察
本研究の結果,聴覚障害児の書いた論証的文章について、言語要素の使用傾向と作文評価とが関連することが示された。特に“面白さ”や“説得力”などを特徴とした文章を産出する聴覚障害児がいることが示唆され,「論証」という文章の目的に焦点を当てた指導が重要であることが推察された。一方,作文群間の標準得点の差が比較的小さく,とりわけ説得文Aにおいてその傾向が見られた。このことは各群には得点の高い作文と低い作文が混在している可能性を示しており,文章力の高低は言語要素の使用傾向のみでは説明できないことが考えられた。全体的に言論性と情動性との間に差のあることから,評価には論述の内容が大きく影響することが考えられ,今後は説得の理由等を分析していく必要がある。
参考文献
新海・澤(2019)音声言語医学,60(2),121-129./新海・澤(2018)日本特殊教育学会第57回大会発表論文集,P1-72.
付 記
本研究は,平成30年度特別研究員奨励費(課題番号:18J12599)の補助を受けた。また,本研究は,東京学芸大学内に設置された倫理審査委員会による承認を得て行われた。
(SHINKAI Akira, SAWA Takashi)