日本地質学会第128年学術大会

講演情報

口頭発表

R19[レギュラー]応用地質学一般およびノンテクトニック構造

[1ch214-18] R19[レギュラー]応用地質学一般およびノンテクトニック構造

2021年9月4日(土) 14:30 〜 15:45 第2 (第2)

座長:山崎 新太郎、西山 賢一

14:30 〜 14:45

[R19-O-1] 2020年熊本県南部豪雨災害による岩盤崩壊について

*山崎 新太郎1、荒井 紀之1、西山 賢一2、丸谷 靖幸3、矢野 真一郎3 (1. 京都大学防災研究所、2. 徳島大学社会産業理工学研究部、3. 九州大学工学研究院)

キーワード:降雨地すべり、岩盤崩壊、深層崩壊、キャップロック、破砕帯

はじめに
2020年7月3日から4日午前中にかけて熊本県南部を中心に発生した豪雨によって斜面災害が多発した.この災害では地質構造に崩壊の素因があり,概ね崩壊深度が大きい岩盤崩壊が多発した.本発表ではその発生場の地質・地形学的な特徴を報告すると共に,特に以下の3つのトピックについて取り上げる.

キャップロック構造の崩壊
 津奈木町福浜の崩壊は,礫岩,砂岩,泥岩からなる堆積岩の上に強度の大きな灰白色の火山岩が位置するキャップロック構造で発生した崩壊である.火山岩は板状の斜長石斑晶に富んだ岩石であり,地域南側に分布する肥薩火山岩類に属すると思われる.崩壊前には周囲に比べて顕著な谷が形成されており,その谷頭をさらに拡大するように崩壊が発生した.崩壊発生後の2020年7月17日の調査時には火山岩と前述の堆積岩の境界付近に湧水が認められた.また,火山岩の直下にスメクタイトとカオリナイトを含む黄白色の軟弱な粘土層があり,この粘土層が湧水で侵食されていた.粘土層は山側に傾斜するか,部分的には乱れており,崩壊と関連する弱面となったかどうかは不明である.湧水は,上方の火山岩を浸透した水がこの粘土層付近で遮水され流出していると思われ,降雨時にはその水圧が崩壊源の背部に集中していた可能性がある.崩壊発生前に顕著な谷が形成されていたことを考えるとこの場所は周辺部と比べて特異的に地下水が集中し,侵食が集中していた場所であった可能性がある.

断層面を使った崩壊
 芦北町宮浦の崩壊は斎藤ほか(2010)のジュラ紀付加体「秩父帯」の整然相の分布地に位置している.同図幅では泥岩および砂岩泥岩互層を伴う砂岩が分布する地域となっており,現地の崩壊源にも砂岩と泥岩が露出していた.また,本地域の北に約100 m離れた場所に整然相地域とメランジュ地域を区分する断層があるとされる.崩壊前の地形には小谷があり.崩壊はこの小谷の谷頭部を拡大させるように発生していた.崩壊物質によって削剥されて露出した谷の北側には比較的堅硬で風化の程度の弱い泥岩,谷の南側や崩壊源には砂岩が主体の砂岩泥岩互層が認められた.砂岩は亀裂に富んでおり,亀裂を黒色の鉱物脈が網状に充填していた.また,砂岩は全体的に黄色化して強く風化しており,容易にハンマーの打撃で破壊できた.崩壊して流下した物質を観察する限り,主な崩壊物質は砂岩である.谷頭部の南側の砂岩には複数枚の平滑な面が認められた.この面は波を打つように大小の波長を持って湾曲しており,テクトニックなせん断作用によって形成されたと考えられる断層面である.さらに,北側の泥岩主体の岩相と南側の砂岩主体の岩相を区分する幅約1 mの破砕帯があり,複合面構造を持っていた.宮浦の崩壊はこれらの断層面を分離面とするくさび形の砂岩のブロックが崩壊したと考えられる.
 芦北町牛淵の崩壊は斎藤ほか(2010)のジュラ紀付加体で砂岩を主体とする層と層状チャートの整然相の分布地域に位置している.また,以上の砂岩や層状チャートの領域を区分する断層が同図には記載されており,これは崩壊の直近である.崩壊は幅が広く浅い谷の上部で発生し,崩壊に伴って断層ガウジやチャートの角礫を伴う幅5 m以上ある厚い破砕帯が露出した.崩壊は,明瞭に観察できる破砕帯中のY面と,それから分岐する湾曲した断層面の両方を使って分離するように発生したと考えられる. 牛淵で発生した岩盤崩壊は2波以上あり,おそらく第1波は,谷の南側(左岸側)で前述した破砕帯の断層面を分離面とするものである.その深さは最大10 m程度ありV字の谷を形成した.その時に崩壊した岩石は主に砂岩とチャートである.崩壊源に残された砂岩は黄色化して強く風化しており,灰白色の粘土脈を伴うこともある.第2波は谷の北側(右岸側)で発生したもので,地表付近に分布する厚さ1-2 m程度の赤褐色の土層が表層崩壊したものである.

破砕帯中の強風化砂岩の崩壊とその高い流動性
 芦北町宮浦および牛淵の崩壊は,いずれも断層面や破砕帯が分離面となっている岩盤崩壊であるが,岩盤崩壊によって流下した主な物質は砂粒子まで分解した砂岩の強風化物であった.そして,これらの崩壊物質は比較的長距離流動し,牛淵では民家を破壊させた.砂岩中に形成された破砕帯の物質が,強く風化して粒子化し,それが長距離を流走して大被害となった同様の例は,平成30年西日本豪雨災害の際に愛媛県宇和島市吉田町畦屋でも発生している(山崎,2019).破砕帯に含まれる砂岩風化物が崩壊後に粒子化し,そこに水が混合して土石流化したと思われる.

文献
斎藤眞ほか(2010)20万分の1地質図幅,八代及び野母崎の一部,地質調査総合センター
山崎新太郎 (2019)平成30年7月豪雨災害調査報告書,61-66,京都大学防災研究所