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[R22-P-5] (エントリー)淡水成炭酸塩の産状から示唆される九州地方における始新世の湿潤化
★(9/6)優秀ポスター賞受賞 ★
キーワード:始新世、淡水成炭酸塩、九州地方
新生代におけるアジア地域の気候変動は、約5000万年前に起きたインド亜大陸とユーラシア大陸の衝突によるヒマラヤ・チベット高原の隆起と関係することが示唆されてきた(e.g., Manabe and Terpstra, 1974)。東アジア夏季モンスーンの成立によって、東アジア沿岸地域は白亜紀の帯状気候分布から現在のアジアモンスーンの影響下にある気候分布へ変化し、湿潤化したと考えられるが、その時期は曖昧である。最近では、中国南部の低緯度地域において堆積物中の花粉群集や岩相の変化から始新世前期に湿潤化が起きたことが示された(Xie et al., 2020)。しかし、低緯度地域における気候変動は全球的な熱帯収束帯の影響も受けるため、始新世における東アジア沿岸地域の湿潤化とヒマラヤ・チベット高原の隆起の関係を評価するためには、中緯度地域での気候記録が必要である。
本研究では、始新世に東アジア沿岸域中緯度地域に位置していた九州地方の陸成層から産出する淡水成炭酸塩の産状と同位体比を調べ、その形成プロセスと気候条件を推定した。研究対象は、熊本県天草地方に分布する始新世初期の赤崎層と、佐賀県唐津地方に分布する始新世後期の芳の谷層である。これらの地層の野外調査を行って分析に用いる炭酸塩ノジュール試料を採取し、XRD分析による鉱物種の同定、薄片観察・EPMA分析による構造観察、酸素・同位体比分析による環境水の復元を行った。赤崎層は凝灰岩中のジルコン粒子の年代から始新世前期に堆積したことが分かっているが(Miyake et al., 2016)、芳の谷層は詳細な年代が不明なため、新たに凝灰岩試料を採取してジルコンのウラン–鉛年代測定から堆積年代を推定した(予察分析: 37 Ma)。
赤崎層のノジュール試料はカルサイト・ドロマイト・石英が主な構成鉱物である。EPMAを用いて微細組織を観察したところ、ドロマイトは粒状のものと、皮膜状のものの2つのタイプがあることが分かった。いずれの場合でもドロマイトの沈殿の後にスパー状カルサイトが空隙を埋めるように沈殿しており、ドロマイトが二次沈殿物である可能性は低い。炭素同位体比は約–10±1‰の範囲に集中しており、炭素の起源は土壌有機物と大気二酸化炭素の混合であることが分かった。一方で、酸素同位体比は–12~–4‰と幅広い値をとり、ドロマイトとカルサイトの構成比率と相関を示した。ドロマイトが多いほど同位体比が高くなるという関係は、土壌中の蒸発作用の過程で最初にカルサイトが沈殿し、土壌水中の16Oの優先的な蒸発とMg/Ca比の上昇が起こっていたと推測される。これらのノジュールの特徴や堆積構造からは、赤崎層のノジュールは土壌中で形成したものであると解釈される。一般に土壌成炭酸塩は年間降水量が1000mm以下の半乾燥~乾燥条件で形成することから(Zamanian et al., 2016)、始新世前期における天草地域は乾燥気候下に位置していたと考えられる。
一方、芳の谷層のノジュール試料は主に石英・長石・シデライトを含み、鉄酸化物やパイライトも少量含んでいることが分かった。炭素同位体比が1~13‰に達することが大きな特徴で、このような高い炭素同位体比は、メタン生成によって放出された高い炭素同位体比を持つ二酸化炭素を反映していると解釈される。酸素同位体比は–6~–2‰の範囲で変化し、シデライトの温度変換式から計算される環境水の同位体比は降水起源の同位体比であることを示す。このような特徴は湿地帯で沈殿するノジュールのものと一致しており(e.g., Pye et al., 1990)、石炭層の存在とも整合的である。したがって、始新世後期の唐津地域は年間を通じて湿地帯が存在するような湿潤気候下にあったことが示唆される。2つの地層のノジュールの鉱物・同位体的な特徴は、東アジア沿岸域中緯度地域においても始新世中期から後期にかけて湿潤化が起きたことを示唆する。
*参考文献
Manabe and Terpstra (1974). Journal of the Atmospheric Sciences, 31(1), 3–42.
Xie et al. (2020). Review of Palaeobotany and Palynology, 278, 104226.
Miyake et al. (2016). Paleontological Research, 20(4), 302-311
Zamanian et al. (2016). Earth-Science Reviews, 157, 1-17
Pye et al. (1990). Sedimentology, 37, 325-343
本研究では、始新世に東アジア沿岸域中緯度地域に位置していた九州地方の陸成層から産出する淡水成炭酸塩の産状と同位体比を調べ、その形成プロセスと気候条件を推定した。研究対象は、熊本県天草地方に分布する始新世初期の赤崎層と、佐賀県唐津地方に分布する始新世後期の芳の谷層である。これらの地層の野外調査を行って分析に用いる炭酸塩ノジュール試料を採取し、XRD分析による鉱物種の同定、薄片観察・EPMA分析による構造観察、酸素・同位体比分析による環境水の復元を行った。赤崎層は凝灰岩中のジルコン粒子の年代から始新世前期に堆積したことが分かっているが(Miyake et al., 2016)、芳の谷層は詳細な年代が不明なため、新たに凝灰岩試料を採取してジルコンのウラン–鉛年代測定から堆積年代を推定した(予察分析: 37 Ma)。
赤崎層のノジュール試料はカルサイト・ドロマイト・石英が主な構成鉱物である。EPMAを用いて微細組織を観察したところ、ドロマイトは粒状のものと、皮膜状のものの2つのタイプがあることが分かった。いずれの場合でもドロマイトの沈殿の後にスパー状カルサイトが空隙を埋めるように沈殿しており、ドロマイトが二次沈殿物である可能性は低い。炭素同位体比は約–10±1‰の範囲に集中しており、炭素の起源は土壌有機物と大気二酸化炭素の混合であることが分かった。一方で、酸素同位体比は–12~–4‰と幅広い値をとり、ドロマイトとカルサイトの構成比率と相関を示した。ドロマイトが多いほど同位体比が高くなるという関係は、土壌中の蒸発作用の過程で最初にカルサイトが沈殿し、土壌水中の16Oの優先的な蒸発とMg/Ca比の上昇が起こっていたと推測される。これらのノジュールの特徴や堆積構造からは、赤崎層のノジュールは土壌中で形成したものであると解釈される。一般に土壌成炭酸塩は年間降水量が1000mm以下の半乾燥~乾燥条件で形成することから(Zamanian et al., 2016)、始新世前期における天草地域は乾燥気候下に位置していたと考えられる。
一方、芳の谷層のノジュール試料は主に石英・長石・シデライトを含み、鉄酸化物やパイライトも少量含んでいることが分かった。炭素同位体比が1~13‰に達することが大きな特徴で、このような高い炭素同位体比は、メタン生成によって放出された高い炭素同位体比を持つ二酸化炭素を反映していると解釈される。酸素同位体比は–6~–2‰の範囲で変化し、シデライトの温度変換式から計算される環境水の同位体比は降水起源の同位体比であることを示す。このような特徴は湿地帯で沈殿するノジュールのものと一致しており(e.g., Pye et al., 1990)、石炭層の存在とも整合的である。したがって、始新世後期の唐津地域は年間を通じて湿地帯が存在するような湿潤気候下にあったことが示唆される。2つの地層のノジュールの鉱物・同位体的な特徴は、東アジア沿岸域中緯度地域においても始新世中期から後期にかけて湿潤化が起きたことを示唆する。
*参考文献
Manabe and Terpstra (1974). Journal of the Atmospheric Sciences, 31(1), 3–42.
Xie et al. (2020). Review of Palaeobotany and Palynology, 278, 104226.
Miyake et al. (2016). Paleontological Research, 20(4), 302-311
Zamanian et al. (2016). Earth-Science Reviews, 157, 1-17
Pye et al. (1990). Sedimentology, 37, 325-343