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[R2-01] キータイト(SiO2)における低温・高圧相転移の可能性
キーワード:キータイト、SiO2、相転移、負の熱膨張率、分子動力学
キータイト(keatite)は天然では稀なSiO2の多形であり、安定領域を持たない。なお、キータイトは正式な鉱物名ではないが、60年以上に渡ってこの名称が広く使われており、ここでもその名称を使用する。密度的にはクリストバライトと石英の間に位置する。Keat(1954)が最初に報告したように、非晶質シリカを出発物質にした水熱合成でキータイトは比較的簡単に合成できる。最近、Kanzaki & Xue (2023)はSiと水を出発物質とした水熱実験でキータイトを合成して、結晶構造の精密化を行い、そのラマンと29Si MAS NMRスペクトルを初めて報告している。キータイトは室温から250 ºCまでは負の体積熱膨張率を示す(Keat, 1954)。それを活かして、キータイトとbeta-スポジュメン(LiAlSi2O6)の固溶体を90%程度結晶化させたガラスが耐熱材料として実用化されている。低圧シリカ多形の多くは温度誘起相転移を持ち、低温相から高温相への転移で体積熱膨張率が大きく下がり、高温石英のように負の熱膨張率を示すものまである。一方、キータイトでは相転移は今のところ知られておらず、室温でも負の熱膨張率を示し、他の多形とは振る舞いが異なるように見える。これを説明するために以下の仮説を立てた。「キータイトの転移は室温以下にあり、室温のキータイトは高温石英のような高温相である」。この仮説を検証するために、DFT計算や古典的MD計算を実施した。
DFTP振動計算にはQuantum Espressoのphコードを使った。pbesol-PAWポテンシャルを使っている。古典的MD計算にはMXDORTOとLAMMPSを使い、4x4x4または5x5x5のスーパーセルで、常行ら(1989)、Vashishtaら(1997)、Tersoff型(Muneyuki et al., 2007)のポテンシャルを試した。
まず常圧0 KでのDFPT計算(Quantum Espresso)を使った振動モード計算を行った。その結果、21 cm-1付近にラマン活性なB1モードが見つかり(図を参照)、少し圧力をかけると0 cm-1以下の振動数になった。これはこのソフトモードの変位に対して構造が不安定化することを示している。そこでソフトモードの変位方向に原子を移動させて構造最適化させたところ、元々の正方晶のキータイト構造(P43212 or P41212)から少し歪んだ直方晶格子(P212121)へと変化した。この直方晶相は体積がより小さく、エンタルピーから0.4 GPa以上で安定となることが分かった。したがってこの相がキータイトの高圧相と予想された。一方、常圧低温でこの相が安定することが考えられるため、古典的なMD計算(常圧)を実施した。その結果、高温側ではa/b軸比の時間平均が1であるが、低温にすると1からずれた値で落ち着くことが分かった。また、高温において時間平均したa/b軸比が1であっても、その時間発展を見るとa, b軸の長さが時間と共に逆位相で揺らいでおり、温度が下がるほどその揺らぎは長周期となる。つまり、2つの等価な直方晶構造の間を時間空間的に揺れ動いており、正方晶相のキータイトは時間空間平均として実現していると考えられる。同様なモデルは高温石英の構造を説明するために提案されており、キータイトにおける負の熱膨張率は高温相である故に発現していると思われる。なお、使ったポテンシャルによっては負の熱膨張率の再現はできないが、低温相の存在はどのポテンシャルでも生じた。最初に立てた仮説は計算からは支持された。シリカ相で室温においても構造に大きな揺らぎがあり得ることは興味深い。
しかし、現在まで低温における直方晶相は実験では確認できていない。あいちシンクロトロン光センターで-100 ºCにおける粉末X線回折測定を実施したが(Kanzaki and Xue, 2023)、この温度では正方晶相のままであった。しかし、体積膨張率が室温以下で正に転じていることがこの測定から分かった。ただ転移点が-100 ºC以下に存在する可能性は残り、さらに実験を続ける予定である。また、負の熱膨張率の起源についても調べたいと考えている。
Reference:
Kanzaki, M. & Xue, X. (2023) Keatite revisited, JMPS投稿予定
Keat, P.P. (1954) Science, 120, 328-330
Munetoh, S. et al. (2007) Comp Mat Sci, 39, 334-339
DFTP振動計算にはQuantum Espressoのphコードを使った。pbesol-PAWポテンシャルを使っている。古典的MD計算にはMXDORTOとLAMMPSを使い、4x4x4または5x5x5のスーパーセルで、常行ら(1989)、Vashishtaら(1997)、Tersoff型(Muneyuki et al., 2007)のポテンシャルを試した。
まず常圧0 KでのDFPT計算(Quantum Espresso)を使った振動モード計算を行った。その結果、21 cm-1付近にラマン活性なB1モードが見つかり(図を参照)、少し圧力をかけると0 cm-1以下の振動数になった。これはこのソフトモードの変位に対して構造が不安定化することを示している。そこでソフトモードの変位方向に原子を移動させて構造最適化させたところ、元々の正方晶のキータイト構造(P43212 or P41212)から少し歪んだ直方晶格子(P212121)へと変化した。この直方晶相は体積がより小さく、エンタルピーから0.4 GPa以上で安定となることが分かった。したがってこの相がキータイトの高圧相と予想された。一方、常圧低温でこの相が安定することが考えられるため、古典的なMD計算(常圧)を実施した。その結果、高温側ではa/b軸比の時間平均が1であるが、低温にすると1からずれた値で落ち着くことが分かった。また、高温において時間平均したa/b軸比が1であっても、その時間発展を見るとa, b軸の長さが時間と共に逆位相で揺らいでおり、温度が下がるほどその揺らぎは長周期となる。つまり、2つの等価な直方晶構造の間を時間空間的に揺れ動いており、正方晶相のキータイトは時間空間平均として実現していると考えられる。同様なモデルは高温石英の構造を説明するために提案されており、キータイトにおける負の熱膨張率は高温相である故に発現していると思われる。なお、使ったポテンシャルによっては負の熱膨張率の再現はできないが、低温相の存在はどのポテンシャルでも生じた。最初に立てた仮説は計算からは支持された。シリカ相で室温においても構造に大きな揺らぎがあり得ることは興味深い。
しかし、現在まで低温における直方晶相は実験では確認できていない。あいちシンクロトロン光センターで-100 ºCにおける粉末X線回折測定を実施したが(Kanzaki and Xue, 2023)、この温度では正方晶相のままであった。しかし、体積膨張率が室温以下で正に転じていることがこの測定から分かった。ただ転移点が-100 ºC以下に存在する可能性は残り、さらに実験を続ける予定である。また、負の熱膨張率の起源についても調べたいと考えている。
Reference:
Kanzaki, M. & Xue, X. (2023) Keatite revisited, JMPS投稿予定
Keat, P.P. (1954) Science, 120, 328-330
Munetoh, S. et al. (2007) Comp Mat Sci, 39, 334-339