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[R3P-11] 中性子回折と分子動力学法を用いたFeS Vの水素化挙動の探索
「発表賞エントリー」
キーワード:FeS、水素、中性子回折、高圧実験、分子動力学法
水素は高温高圧条件下で鉄の結晶格子間サイトに侵入し、水素化鉄FeHxを生成する (e.g., Fukai et al., 1984)。水素化鉄の単位胞体積は単位胞中の水素量に比例して増加し、その比例係数は水素誘起体積膨張係数ΔVHと呼ばれる。これまでに鉄水素化物中の水素安定位置と水素誘起体積膨張係数に関する議論が多く行われてきた(e.g., Machida et al., 2014)。 一方、鉄と硫黄の化合物であるFeSの高温高圧相であるFeS Vも鉄と同様に高温高圧条件下で水素化することがX線回折その場観察実験により示されている(Shibazaki et al., 2011)。FeS Vは水素化鉄と同様にdhcp構造を持つため、dhcp水素化鉄と同様に結晶格子間サイトに水素が存在していると考えられる。一方で、FeS V中の水素原子の安定位置とΔVHは決定されておらず、先行研究におけるFeS V中の水素溶存量の上限は鉄のΔVHを用いて推定されている。本研究では、①FeS V中の水素安定位置、②FeS VのΔVH、③水素溶存量の上限の3つを、高温高圧下での中性子回折によるその場観察実験と第一原理計算をはじめとした数値シミュレーションを併用して明らかにすることを目的としている。
中性子回折によるその場観察実験はJ-PARC MLF BL11(PLANET)に設置されている6軸マルチアンビルプレス「圧姫」を用い、加圧には中性子回折用に開発されたAlジャケット付きMA6-6方式 (TEL=10 mm)(Sano-Furukawa et al., 2014)を採用した。ヒーターにはグラファイトを用いた。出発試料にはFeS(troilite)、重水素源にはND3BD3を用い、放出される重水素の物質量がFeSと等しくなるよう調整した。試料容器には水素封止材であり、圧力マーカーとしても機能するNaClを用いた。 5.35 GPa, 1000 Kで中性子回折パターンの時分割測定を行いFeS Vの単位胞体積の時間変化を調べたところ、FeS Vの単位胞体積が0.1 ų程度膨張する現象が見られた。膨張量が非常に小さく、この体積膨張がFeS Vの水素化起因なのか、長時間保持による圧力の僅かな低下に起因するものなのかは判断できなかった。FeS V中の水素位置と水素量を決定するため、5.35 GPa, 1000 Kと4.68 GPa, 700 Kの2点で長時間測定を行い、得られた回折プロファイルに対して結晶構造精密化を行った。dhcp水素化鉄において水素は八面体サイトのみを占有するため、FeS Vについても重水素は八面体サイトのみを占有すると考え、結晶構造精密化を行った。重水素の等方原子変位パラメータ(ADP)が極端に大きな値に収束する傾向が見られたため、重水素のADPを鉄水素化物の先行研究(e.g., Machida et al., 2019; Saitoh et al., 2020)に基づきBFe=2.2(700 K)、4.0(1000 K)に固定して結晶構造精密化を行った。その結果、重水素の八面体サイトの占有率は5.35 GPa, 1000 Kで0.022(2)、4.68 GPa, 700 Kで0.014(2)となった。X線回折で求めた体積膨張からFeSの水素化量を求めた先行研究では、5 GPaにおける水素化FeS Vの単位胞中の水素量を0.2と見積もっており、本実験で得られた水素量は先行研究より非常に小さい。FeSがほぼ水素化しなかった原因として、①本研究の温度圧力条件ではFeSはほぼ水素化しない、②NaClカプセルの予期せぬ変形により、水素がNaClカプセル内に保持されなかった、という2つの可能性が考えられる。①は、水素化起因の体積膨張と融点の低下を報告した先行研究(Shibazaki et al., 2011)と矛盾することから有力な説とは言い切れず、②は、実験中に水素が漏れ出た際に観察されるヒーターの抵抗の上昇が確認されていないため、水素が漏れ出たとは言い難い。水素化がほぼ起きなかった理由については更なる検討が必要である。
また、第一原理MDシミュレーションを行い、FeS V中での水素の運動を追跡した。基本セルとしてFe原子16個、S原子16個を含んだFeS Vのスーパーセルに水素が1個入った構造を与えた。時間ステップは0.5 fs、温度条件は800 Kとし、圧力は11.3(13) GPaであった。計算結果から水素原子に着目して動径分布関数を求めたところ、FeがつくるポテンシャルとSがつくるポテンシャルの形状が大きく異なり、ポテンシャルの重ね合わせによりFeS Vの八面体サイト内での水素の安定性が大きく低下していることがわかった。この結果は、水素がFeS Vの八面体サイト内に存在している時間が短く、回折への寄与が小さい可能性を示している。
中性子回折によるその場観察実験はJ-PARC MLF BL11(PLANET)に設置されている6軸マルチアンビルプレス「圧姫」を用い、加圧には中性子回折用に開発されたAlジャケット付きMA6-6方式 (TEL=10 mm)(Sano-Furukawa et al., 2014)を採用した。ヒーターにはグラファイトを用いた。出発試料にはFeS(troilite)、重水素源にはND3BD3を用い、放出される重水素の物質量がFeSと等しくなるよう調整した。試料容器には水素封止材であり、圧力マーカーとしても機能するNaClを用いた。 5.35 GPa, 1000 Kで中性子回折パターンの時分割測定を行いFeS Vの単位胞体積の時間変化を調べたところ、FeS Vの単位胞体積が0.1 ų程度膨張する現象が見られた。膨張量が非常に小さく、この体積膨張がFeS Vの水素化起因なのか、長時間保持による圧力の僅かな低下に起因するものなのかは判断できなかった。FeS V中の水素位置と水素量を決定するため、5.35 GPa, 1000 Kと4.68 GPa, 700 Kの2点で長時間測定を行い、得られた回折プロファイルに対して結晶構造精密化を行った。dhcp水素化鉄において水素は八面体サイトのみを占有するため、FeS Vについても重水素は八面体サイトのみを占有すると考え、結晶構造精密化を行った。重水素の等方原子変位パラメータ(ADP)が極端に大きな値に収束する傾向が見られたため、重水素のADPを鉄水素化物の先行研究(e.g., Machida et al., 2019; Saitoh et al., 2020)に基づきBFe=2.2(700 K)、4.0(1000 K)に固定して結晶構造精密化を行った。その結果、重水素の八面体サイトの占有率は5.35 GPa, 1000 Kで0.022(2)、4.68 GPa, 700 Kで0.014(2)となった。X線回折で求めた体積膨張からFeSの水素化量を求めた先行研究では、5 GPaにおける水素化FeS Vの単位胞中の水素量を0.2と見積もっており、本実験で得られた水素量は先行研究より非常に小さい。FeSがほぼ水素化しなかった原因として、①本研究の温度圧力条件ではFeSはほぼ水素化しない、②NaClカプセルの予期せぬ変形により、水素がNaClカプセル内に保持されなかった、という2つの可能性が考えられる。①は、水素化起因の体積膨張と融点の低下を報告した先行研究(Shibazaki et al., 2011)と矛盾することから有力な説とは言い切れず、②は、実験中に水素が漏れ出た際に観察されるヒーターの抵抗の上昇が確認されていないため、水素が漏れ出たとは言い難い。水素化がほぼ起きなかった理由については更なる検討が必要である。
また、第一原理MDシミュレーションを行い、FeS V中での水素の運動を追跡した。基本セルとしてFe原子16個、S原子16個を含んだFeS Vのスーパーセルに水素が1個入った構造を与えた。時間ステップは0.5 fs、温度条件は800 Kとし、圧力は11.3(13) GPaであった。計算結果から水素原子に着目して動径分布関数を求めたところ、FeがつくるポテンシャルとSがつくるポテンシャルの形状が大きく異なり、ポテンシャルの重ね合わせによりFeS Vの八面体サイト内での水素の安定性が大きく低下していることがわかった。この結果は、水素がFeS Vの八面体サイト内に存在している時間が短く、回折への寄与が小さい可能性を示している。