一般社団法人日本鉱物科学会2023年年会・総会

講演情報

口頭講演

R7:岩石・鉱物・鉱床 (資源地質学会 との共催 セッション)

2023年9月14日(木) 14:45 〜 16:30 822 (杉本キャンパス)

座長:秋澤 紀克(東京大学大気海洋研究所)、越後 拓也(秋田大学)

15:30 〜 15:45

[R7-04] タヒチ島産マントル捕獲岩中の多環芳香族を含む包有物に対するX線吸収端近傍構造解析

「発表賞エントリー」

*三津川 到1、三宅 亮1、伊神 洋平1、高橋 嘉夫2、山下 翔平3、河合 敬宏2、小木曽 哲1、秋澤 紀克2 (1. 京都大、2. 東京大、3. 高エネルギー加速器研究機構)

キーワード:有機物、マントル、カンラン岩、多環芳香族、X線吸収端近傍構造解析

マントル中のC-O-H流体の種類を決定することは、地球内部での軽元素循環を理解する上で重要である。一般的に、マントル浅部(< 100 km)では、水や二酸化炭素等の酸化的な流体が分布している一方で、マントル深部(> 100 km)においては、メタン等の還元的な流体が増加すると考えられている[1]。また、実験やシミュレーション研究により、マントル内の高温高圧環境下ではメタンよりも分子量の大きい炭化水素が安定であると推定されている[2]。したがって、マントル内部では生物が関与することなく有機物が生成し、分布している可能性がある。しかし、天然のカンラン岩から有機物を見出した研究例はごく一部に限定されており(e.g., [3])、それらがマントル内で生物が関与せず生成された有機物であるかも不明である。
 我々は、これまでにタヒチ島産のマントル捕獲岩中から有機物を含む列状包有物を発見した。列状包有物は単斜輝石中に分布しており、白金族鉱物、Fe-Ni-Cu硫化鉱物、珪酸塩ガラス、軽元素物質により構成される[4]。このうち軽元素物質に対してラマン分光分析を実施し、多環芳香族の分布を示すスペクトルを取得したが、包有物が微小であるために有機物の詳細な特徴が明らかになっていない[5]。そこで、本研究では、カンラン岩中に分布する有機物の特徴をより詳細に決定し、その形成過程を明らかにすることを目的としてX線吸収端近傍構造(XANES)解析を実施した。試料は、集束イオンビーム(FIB)加工装置を使用し、有機物が分布していた単斜輝石中の列状包有物(~数百 nm)を内部に含むように厚さ約500 nmの薄膜試料を作製した。このとき、包有物の一部は試料表面に露出したが、一部の包有物は完全に試料内部に包有されていることを走査型電子顕微鏡(SEM)により確認した。また、透過型電子顕微鏡(TEM)による観察の結果、列状包有物中には白金族鉱物、Fe-Ni-Cu硫化鉱物、珪酸塩ガラス、および軽元素物質が見られた。その後、放射光施設Photon FactoryのビームラインBL-19Aにおいて走査透過型X線顕微鏡(STXM)を用いてXANES解析を実施した。XANES解析は炭素(280 - 310 eV)、酸素(520 – 560 eV)、窒素(390 – 415 eV)のK吸収端近傍のエネルギーで実施した。
 炭素K吸収端付近での分析の結果、有機物を含むと考えられる軽元素物質領域からは285.2、287.5、290.9 eVにピークが見られた。このうち、285.2 eV付近のピークは全ての包有物から得られたが、287.5 eVと290.9 eVのピークは試料表面に露出していない包有物でのみ見られた。また、酸素K吸収端付近での分析の結果、試料表面に露出していない包有物でのみ534.2 eVと 535.8 eVにピークが見られた。窒素K吸収端付近での分析では、有意なピークは見られなかった。
 285.2 eVに見られたピークは表面に露出した包有物からも得られた。このピークはベンゼン環や炭素の二重結合に帰属されることから、固体として分布する多環芳香族に由来するものであると考えられる。一方で、287.5, 290.9, 534.2, 535.8 eVのピークは試料表面に露出していない包有物からのみ得られており、包有物中の流体に由来することが示唆される。287.5 eVと534.2 eVのピーク、また、290.9 eVと 535.8 eVのピークの特徴から、包有物中の流体は二酸化炭素と一酸化炭素の混合物である可能性が高い。287.5 eVのピークは脂肪族炭化水素からも得られることから、低分子量のアルカンが分布している可能性もある。したがって、有機物を含有する包有物内部では固体の多環芳香族と流体(二酸化炭素、一酸化炭素、メタン等)が共存していることが示唆される。実験的研究からは、C-O-H流体から多様な有機物が生成されることが示されているが、生成されるのは主に低分子量のアルカンであり[6]、今回の記載結果とは異なる。ホスト鉱物である輝石は多環芳香族生成反応において触媒として機能することが報告されており[7]、今回の多環芳香族生成に関与している可能性がある。
[1] McCollom, 2013, Rev. in Mineral. Geochem. [2] Kenney et al., 2002, PNAS [3] Sugisaki and Mimura, 1994, Geochim. Cosmochim. Acta [4] Akizawa et al., 2017, Chem. Geol. [5] Mitsukawa et al., 2022, JAMS [6] Sokol et al., 2019, Phys. Earth Planet. Inter. [7] Tian et al., 2013, Phil. Trans. R. Soc. A