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[1Z108] (ポスター発表) ビジネスと人権:責任あるサプライチェーンは外部の第三者機関の支援によって効果的に推進しうるか
ー日本のアパレル産業を事例としてー
キーワード:ビジネスと人権、サプライチェーン
1. 研究の背景およびリサーチクエスチョン
1990年代の経済のグローバル化の進展とともに、先進国企業の新興国・途上国への事業展開が急速に発展した。海外展開に伴い、環境問題や、児童労働、強制労働などの人権問題も顕在化するようになった。米国ナイキ社の下請け工場における人権問題が、同社製品の世界的不買運動につながったように、企業にはサプライチェーン全体における人権問題の責任が問われるようになって久しい。
こうした動きの中で、ビジネスと人権に関する世界的指針となっているのが、2011年に国連人権理事会で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則:国連『保護、尊重及び救済』枠組み」(国連指導原則)である。「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」が3つの柱として提示された。特に、企業には、人権へのコミットメント方針の策定と、負の影響を未然に回避し、人権問題を発生・助長させた場合には軽減し、必要な是正措置をとる「人権デュー・ディリジェンス」(人権DD)の実施責任が明確に打ち出された。
この国連指導原則を受け、国際的な企業行動指針の改訂や各国の「国別行動計画」策定が行われており、欧米諸国では企業に報告義務等を課す法制化も進んだ。日本でも、2020年に「行動計画(2020-2025)」が策定され、2022年には経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を提示するなど、企業の責任あるビジネスを後押しする仕組みがつくられてきた。
責任あるサプライチェーンの推進主体は、基本的に、大企業を中心とするブランドホルダー企業である。多様なサプライヤー企業等に対し、人権に配慮した調達基準の導入や、人権モニタリング、「苦情処理メカニズム」の整備などを進めている。一方で、サプライチェーン上の企業の人的、財政的能力は一様ではない。特に、法的環境の異なる新興国・途上国の企業を始めとして、零細・中小企業の取り組みは遅れている。日本の中小企業では、全体の1割程度しか人権方針の策定、人権DDの実施が進んでいない(2024年度JETRO調査)。法制化の進むEU諸国においても、中小企業への人権DDの浸透は依然として課題である。
これらを踏まえ、本研究では、サプライチェーン全体で人権DDを実効化させるための推進方策を検討する。以下の3つの研究設問をおく。
(1)ブランドホルダー企業主体の働きかけや支援に依存した取り組みには、予算や人員の確保、専門的知識を要する点から、限界や課題があるのではないか
(2)人権リスクの把握には、多国籍国の労働者側の声を吸い上げる苦情処理メカニズムや救済の仕組みが重要だが、企業側の設置する仕組みに残る使いにくさや信頼性の課題をどう改善すればよいのか
(3)救済に関わるNGO、企業法務に関わる弁護士、また、2022年に責任ある外国人労働者受け入れプラットフォームとして発足したJP-MIRAIのような第三者機関との連携や協働が補完的な役割を果たしうるのではないか
具体的には、外国人技能実習生の人権問題への改善が国際的にも注目されている日本のアパレル産業を事例に、ブランドホルダー企業等による働きかけを補完する役割として、第三者機関や労使のパートナーシップなどの外部者との効果的な連携や協働のあり方やその可能性を検討する。
2. 資料・情報および分析方法
先行文献調査、日本のアパレル業界におけるブランドホルダー企業2社の取り組み事例分析(文献調査とうち1社はインタビュー調査)、日本における第三者専門機関として「責任ある外国人労働者受け入れプラットフォーム(JP--MIRAI)」、「ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)」、ビジネスと人権を専門とする弁護士からのインタビュー調査(JaCERは文献調査のみ)により行った。
3. 得られた知見
サプライチェーンにおける中核的立場にあるブランドホルダー企業からサプライヤー企業等に対する働きかけのアプローチとしては、「取り締まり型」(人権に配慮した調達基準の導入と契約履行促進を通じた働きかけ)、「能力向上型」(人権方針の策定や人権DDの実施への支援)、「労働者主体型」(苦情処理メカニズムの整備や改善を通じて労働者による問題発見や改善プロセスへの参画を促す)の3つがある。各アプローチには、長所と短所があり、各企業は責任あるサプライチェーンの実現に向けて、各アプローチの特徴を理解し、それらを組みわせることが重要である。企業の取組事例分析からは、社会監査を通じた「取り締まり」を徹底し、様々な状況にあるサプライヤー企業に対する「能力向上」支援を展開するには、企業努力だけでは大きな困難があることが明らかになった。
特に、サプライチェーンにおける人権リスクの早期発見・対応のためには、企業による社会監査に加え、企業が設置する苦情処理メカニズムの確立とそれへの労働者の積極的な関与を促す「労働者主体型のアプローチ」が重要となる。同時に、「労働者主体型のアプローチ」が有効に働く前提こそが、「苦情処理メカニズム」自体のアクセシビリティ、透明性や信頼性の確保である。サプライヤー企業の労働者の意識や知識を上げていくための「能力向上」も不可欠となる。
こうした企業に求められる複合的な責任を支える役割として、すでに第三者専門機関が活動を展開している。2022年に立ち上げられたJaCERは、「集団的な苦情処理メカニズム」として、企業による苦情処理と問題解決、労働者による救済メカニズへのアクセス改善の底上げを図ろうとしている。また、JP-MIRAIは、企業間の交流や学習の場を設け、外国人労働者との情報共有システムを開発・普及するほか、企業との協働による労働者相談・救済プログラムを始めている。企業が労働者からの個別相談を受けて、問題を精査して解決に導くには、多言語対応、企業事案と生活支援の切り分けといったきめ細かい対応が求められる。企業自身の是正や救済対応を促進するのみならず、政府機関・自治体・NGOなどと連携して労働者の生活問題の解決までつなげるところに、第三者機関の役割があるともいえる。
このように、第三者機関による支援の意義が確認できた一方で、第三者機関の支援はあくまで補完的役割にすぎない。ブランドホルダー企業が人権リスクの予防と早期発見、問題解決に取り組むには、日ごろからステークホルダーとの対話の機会をもち、サプライヤー企業と信頼性を築くことの重要性も改めて浮き彫りとなった。
1990年代の経済のグローバル化の進展とともに、先進国企業の新興国・途上国への事業展開が急速に発展した。海外展開に伴い、環境問題や、児童労働、強制労働などの人権問題も顕在化するようになった。米国ナイキ社の下請け工場における人権問題が、同社製品の世界的不買運動につながったように、企業にはサプライチェーン全体における人権問題の責任が問われるようになって久しい。
こうした動きの中で、ビジネスと人権に関する世界的指針となっているのが、2011年に国連人権理事会で採択された「ビジネスと人権に関する指導原則:国連『保護、尊重及び救済』枠組み」(国連指導原則)である。「人権を保護する国家の義務」「人権を尊重する企業の責任」「救済へのアクセス」が3つの柱として提示された。特に、企業には、人権へのコミットメント方針の策定と、負の影響を未然に回避し、人権問題を発生・助長させた場合には軽減し、必要な是正措置をとる「人権デュー・ディリジェンス」(人権DD)の実施責任が明確に打ち出された。
この国連指導原則を受け、国際的な企業行動指針の改訂や各国の「国別行動計画」策定が行われており、欧米諸国では企業に報告義務等を課す法制化も進んだ。日本でも、2020年に「行動計画(2020-2025)」が策定され、2022年には経済産業省が「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を提示するなど、企業の責任あるビジネスを後押しする仕組みがつくられてきた。
責任あるサプライチェーンの推進主体は、基本的に、大企業を中心とするブランドホルダー企業である。多様なサプライヤー企業等に対し、人権に配慮した調達基準の導入や、人権モニタリング、「苦情処理メカニズム」の整備などを進めている。一方で、サプライチェーン上の企業の人的、財政的能力は一様ではない。特に、法的環境の異なる新興国・途上国の企業を始めとして、零細・中小企業の取り組みは遅れている。日本の中小企業では、全体の1割程度しか人権方針の策定、人権DDの実施が進んでいない(2024年度JETRO調査)。法制化の進むEU諸国においても、中小企業への人権DDの浸透は依然として課題である。
これらを踏まえ、本研究では、サプライチェーン全体で人権DDを実効化させるための推進方策を検討する。以下の3つの研究設問をおく。
(1)ブランドホルダー企業主体の働きかけや支援に依存した取り組みには、予算や人員の確保、専門的知識を要する点から、限界や課題があるのではないか
(2)人権リスクの把握には、多国籍国の労働者側の声を吸い上げる苦情処理メカニズムや救済の仕組みが重要だが、企業側の設置する仕組みに残る使いにくさや信頼性の課題をどう改善すればよいのか
(3)救済に関わるNGO、企業法務に関わる弁護士、また、2022年に責任ある外国人労働者受け入れプラットフォームとして発足したJP-MIRAIのような第三者機関との連携や協働が補完的な役割を果たしうるのではないか
具体的には、外国人技能実習生の人権問題への改善が国際的にも注目されている日本のアパレル産業を事例に、ブランドホルダー企業等による働きかけを補完する役割として、第三者機関や労使のパートナーシップなどの外部者との効果的な連携や協働のあり方やその可能性を検討する。
2. 資料・情報および分析方法
先行文献調査、日本のアパレル業界におけるブランドホルダー企業2社の取り組み事例分析(文献調査とうち1社はインタビュー調査)、日本における第三者専門機関として「責任ある外国人労働者受け入れプラットフォーム(JP--MIRAI)」、「ビジネスと人権対話救済機構(JaCER)」、ビジネスと人権を専門とする弁護士からのインタビュー調査(JaCERは文献調査のみ)により行った。
3. 得られた知見
サプライチェーンにおける中核的立場にあるブランドホルダー企業からサプライヤー企業等に対する働きかけのアプローチとしては、「取り締まり型」(人権に配慮した調達基準の導入と契約履行促進を通じた働きかけ)、「能力向上型」(人権方針の策定や人権DDの実施への支援)、「労働者主体型」(苦情処理メカニズムの整備や改善を通じて労働者による問題発見や改善プロセスへの参画を促す)の3つがある。各アプローチには、長所と短所があり、各企業は責任あるサプライチェーンの実現に向けて、各アプローチの特徴を理解し、それらを組みわせることが重要である。企業の取組事例分析からは、社会監査を通じた「取り締まり」を徹底し、様々な状況にあるサプライヤー企業に対する「能力向上」支援を展開するには、企業努力だけでは大きな困難があることが明らかになった。
特に、サプライチェーンにおける人権リスクの早期発見・対応のためには、企業による社会監査に加え、企業が設置する苦情処理メカニズムの確立とそれへの労働者の積極的な関与を促す「労働者主体型のアプローチ」が重要となる。同時に、「労働者主体型のアプローチ」が有効に働く前提こそが、「苦情処理メカニズム」自体のアクセシビリティ、透明性や信頼性の確保である。サプライヤー企業の労働者の意識や知識を上げていくための「能力向上」も不可欠となる。
こうした企業に求められる複合的な責任を支える役割として、すでに第三者専門機関が活動を展開している。2022年に立ち上げられたJaCERは、「集団的な苦情処理メカニズム」として、企業による苦情処理と問題解決、労働者による救済メカニズへのアクセス改善の底上げを図ろうとしている。また、JP-MIRAIは、企業間の交流や学習の場を設け、外国人労働者との情報共有システムを開発・普及するほか、企業との協働による労働者相談・救済プログラムを始めている。企業が労働者からの個別相談を受けて、問題を精査して解決に導くには、多言語対応、企業事案と生活支援の切り分けといったきめ細かい対応が求められる。企業自身の是正や救済対応を促進するのみならず、政府機関・自治体・NGOなどと連携して労働者の生活問題の解決までつなげるところに、第三者機関の役割があるともいえる。
このように、第三者機関による支援の意義が確認できた一方で、第三者機関の支援はあくまで補完的役割にすぎない。ブランドホルダー企業が人権リスクの予防と早期発見、問題解決に取り組むには、日ごろからステークホルダーとの対話の機会をもち、サプライヤー企業と信頼性を築くことの重要性も改めて浮き彫りとなった。
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