日本地球惑星科学連合2016年大会

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ポスター発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-DS 防災地球科学

[H-DS19] 津波とその予測

2016年5月25日(水) 17:15 〜 18:30 ポスター会場 (国際展示場 6ホール)

コンビーナ:*行谷 佑一(国立研究開発法人 産業技術総合研究所 活断層・火山研究部門)、今井 健太郎(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)

17:15 〜 18:30

[HDS19-P07] 線形長波および線形分散波の津波数値シミュレーションのための効果的なPML吸収境界条件

*前田 拓人1対馬 弘晃2古村 孝志1 (1.東京大学地震研究所、2.気象庁気象研究所)

キーワード:津波、数値シミュレーション、差分法、吸収境界条件、PML

はじめに
日本近海の津波の数値シミュレーションにおいては,全地球ではなく,震源や観測点近傍の有限範囲の津波のみを計算するのが一般的である.そのとき,計算モデルの最外部に吸収境界条件を置き,最外縁に到達した津波が反射して内部の津波波動場を汚染するのを防止する必要がある.津波シミュレーションの吸収境界条件としては, Sommerfeldの放射条件や毎離散時間ステップにダンピング係数を乗ずるスポンジ境界条件の二種類が広く用いられている.本研究では,電磁波や音波,弾性波のシミュレーションで近年広く用いられるようになったPerfectly Matched Layer(PML)境界条件を線形長波津波に適用することで,従来よりはるかに高い吸収境界の性能を達成できたことを報告する.また,より現実的な津波モデルである線形分散波においても,近似的ではあるが同様な境界条件を適用できることを紹介する.
PMLとその利用
PMLは,数値計算モデル外縁付近に一定の厚さの吸収層を置き,そこに到達した波を充分に速く減衰させることで人工反射を防ぐ,いわゆるスポンジ境界条件の一種である.ただし,津波伝播の支配方程式を境界面に平行な方向への空間微分をもつ部分と鉛直な方向への微分をもつ部分とに分解し,鉛直な方向のみについて粘性項を導入してその振幅を減衰させる,という特徴がある.これが,全方向の波動を減衰させる従来のスポンジ境界との最大の違いである.弾性波における理論的な検討から,このように微分方向による方程式の分解を通じて特定方向に伝わる波動のみを減衰させることで,吸収境界と内部領域との境界の反射係数が原理的には0になり,人工反射波の生成を効果的に抑制できることが示されている.
まず,線形長波の津波モデルにこのPMLを適用した.線形長波の津波を構成する連続方程式と運動方程式のうち,連続方程式の波高を水平2方向に分解し,東西南北4つの境界面にそれぞれ鉛直な方向に伝わる津波のみを減衰させた.次に,線形分散波の津波モデルの場合には,分散をもたらす複数方位の高階微分項が運動方程式に現れるため,そのままではPMLを適用できない.そこで,吸収境界領域内でこの高階微分項が外側に向かって徐々に小さくなる重み項を新たに導入した.吸収境界スポンジの最外縁では線形長波のPMLに,内側の計算領域との接続部分では減衰無しの線形分散波方程式に,それぞれなめらかに接続されるように配慮して,近似的にPML条件を適用した.
数値シミュレーションによる検証
新たに開発した吸収性能条件を,単純な傾斜地形と西南日本の現実の海底地形を持つ2つの津波シミュレーションで検証した.比較のために,津波計算でよく用いられるSommerfeldの放射条件と,毎離散時間ステップにダンピング係数を乗ずるスポンジ条件の二種類を用いたシミュレーションも行った.性能評価のため,より広い領域を用いた人工反射が存在しないシミュレーション結果を参照解として用いた.
単純な傾斜地形と現実の海底地形どちらのシミュレーション結果においても,提案手法のPMLによる吸収境界条件がもっとも良い性能を示した.放射条件に基づく吸収境界手法は,強い分散波に対して大きく性能劣化した.これは,境界において津波が線形長波の一定の位相速度で外向きに伝播することを仮定しているのに対し,分散性の津波速度が一定でないためであると考えられる.スポンジ条件に基づく吸収境界では津波の分散性の有無による違いはないが,境界付近の津波の伝播方向が境界に平行に近づくにつれて性能が悪化する様子がみられた.これらに対し,PMLはどのような条件下でも卓越した性能を示した.近似的にPMLを適用した線形分散波シミュレーションでも吸収性能は良好で,シミュレーションされた津波波形記録は参照解と区別が付かないほどであった.
現実の海底地形を用いた数値シミュレーションでは,吸収境界条件が設定される沖合は一般に水深が深く,したがって津波速度が速い.そこで生じた人工反射波は急速に沿岸に向けて伝播し,水深が浅くなるにつれて振幅が大きくなり計算モデル領域全体を汚染してしまう.計算コストが小さい線形長波シミュレーションであれば,人工反射波を避けるために領域を充分に広く取ることも可能であるが,線形分散波の計算量は線形長波の50-100倍程度もあり,領域の拡大は容易ではない.本研究で提案した吸収境界条件は,計算量をほとんど増大させずにその性能を大幅に向上させることができると期待される.