17:15 〜 18:30
[HDS10-P05] 北アルプス北部,白馬大雪渓周辺における岩盤斜面の地形変化
キーワード:落石、岩盤崩落、SfM、UAV、凍結融解、ICP
1.はじめに
近年,高山帯では岩盤崩落事故が生じており,そのメカニズムの解明は重要な課題である.森林限界以上の高山帯について,南アルプスや北アルプス南部では,地形変化や土砂収支の実態解明の試みや(松岡ほか,2013),不安定斜面の挙動と気象要素の関係についての研究があるが(岩船,1996;西井・松岡,2012),北アルプス北部の豪雪地帯における岩盤崩落の実態は明らかでない.白馬大雪渓(以下,大雪渓)は,北アルプス北部,長野県白馬村の松川上流において越年して存在する残雪である.白馬岳と杓子岳の両岩壁に挟まれた大雪渓では,岩壁からの落石や崩落により登山事故が起きている(小森,2006;白馬大雪渓研究グループ,2008).大雪渓を囲む白馬岳と杓子岳では岩質が異なるため,両岩壁で調査をおこなえば,岩質による岩盤後退プロセスの違いを明らかにすることができる.さらに,崩落した岩屑は大雪渓上に堆積するため,堆積物から崩落量や発生時期を推定できる.しかしながら,高山帯の岩壁は踏査が困難な場所が多く,崩落現象を連続モニタリングした研究はわずかしかなく,積雪の影響や地質による崩落プロセスの違い,崩落が起きる地形場の特徴は十分に明らかでない.そこで本研究では,登山事故が多発する大雪渓を対象に,複数年の連続モニタリングから岩盤斜面の崩落過程と崩落箇所の特徴を明らかにすることを試みた.
2.地域概要
大雪渓は,後立山連峰の杓子岳と白馬岳の間の葱平モレーン直下から,3号雪渓合流部付近までの範囲に存在する多年性雪渓である.大雪渓を含む松川北股入は氷食谷であり,大雪渓上流の谷頭には葱平圏谷と杓子岳北圏谷が南北に向かいあっている(小疇ほか,1974).大雪渓周辺を構成する岩盤は,飛騨外縁帯の古生界・中生界,新第三紀の貫入岩類および未固結第四系からなる(中野ほか,2002).多雨・多雪の気候環境下にあり,凍結融解作用に起因する周氷河地形が発達する(相馬ほか,1979;岩田,1980).
3.研究方法
岩盤斜面の経年変化を調べるため,融雪により調査が可能になる2018年~2020年の6月~11月にかけて,3週間に1度UAV空撮の現地調査を実施した.崩落前後の形状変化の過程を捉えるため,多時期の点群の3D地形モデルを比較した.点群の3D地形モデルの作成には,2次元の画像データから3次元形状を特定するSfMソフト(Context Capture)を用いた.使用した画像は,2015年~2020年に取得したUAVとセスナの空撮画像,国土地理院や林野庁が取得した空中写真である.また,UAV空撮画像から作成した3Dモデルの点群解析から,岩盤に発達する不連続面の分布を明らかにした.岩盤斜面の凍結状態を把握するため,2014年~2016年にかけて,丸山(2750m),白馬山荘付近(2800m)において観測された地表面温度の年変動から,熱伝導モデルを用いて,季節ごとの地表面下の温度分布を算出した.
4.結果
2004年と2011年の3D地形モデルの比較から,杓子岳北面で大きな地形変化を確認した.この箇所は,2005年に死傷者を出した杓子岳北面の崩落箇所と一致する.火成岩質の杓子岳では,南北の両斜面において,下部斜面が崩落し,翌年以降に上部斜面が崩落するプロセスを確認した.UAV空撮により崩落斜面の一つを観察した結果,節理が密な箇所で侵食が進み,その上部の節理の疎な箇所が基部を失うことで,不安定化して崩落するプロセスであったことが確認された.堆積岩質の白馬岳では,上部の開口亀裂を伴う,重力変形による岩盤の不安定化に起因する一度の崩落イベントを確認した.崩落が確認された谷頭部では,これまでの崩落箇所とは異なる箇所において,上部クラックを確認した.杓子岳と白馬岳ともに雪がつもる場所では,崩落が生じていないことを確認した.丸山と白馬山荘の地温データの比較から,冬季に約10℃の温度差が確認された.また,季節ごとの地表面下の温度分布を検証した結果,年周期の融解は4月~5月にかけて進行し,6月には深さ5mに達した.
5.考察
火成岩質の杓子岳の南北両斜面において,下部斜面が崩落し,翌年以降に上部斜面が崩落する傾向がみられた.このことから,杓子岳の岩盤斜面は一度崩れると翌年も崩れやすく,連続的に岩盤斜面が後退すると考えられる.一方,堆積岩・変成岩域の白馬岳側で確認された崩落は突発的なものであった.崩落斜面は上部に開口亀裂をともなう凸斜面という特徴があり,引張性の重力変形によって斜面を不安定になっていた可能性がある.大雪渓において杓子岳側のみに毎年崖錐が形成されており,節理が発達する火成岩質の杓子岳は,堆積岩質の白馬岳に比べ凍結融解作用を受けやすく,崩落が連続的に生じやすいと考えられる.2014/2015年の冬期において,地温差が確認された2つの観測地点の標高,斜面方位はほとんど変わらないことから,丸山地点では積雪がつかず,白馬山荘地点は積雪に覆われたために,地温に差が生じたと考えられる.杓子岳において,急傾斜であるにもかかわらず,地形効果をうけて雪が残る箇所では,積雪の断熱効果によって積雪下の凍結融解作用が抑制された可能性がある.
近年,高山帯では岩盤崩落事故が生じており,そのメカニズムの解明は重要な課題である.森林限界以上の高山帯について,南アルプスや北アルプス南部では,地形変化や土砂収支の実態解明の試みや(松岡ほか,2013),不安定斜面の挙動と気象要素の関係についての研究があるが(岩船,1996;西井・松岡,2012),北アルプス北部の豪雪地帯における岩盤崩落の実態は明らかでない.白馬大雪渓(以下,大雪渓)は,北アルプス北部,長野県白馬村の松川上流において越年して存在する残雪である.白馬岳と杓子岳の両岩壁に挟まれた大雪渓では,岩壁からの落石や崩落により登山事故が起きている(小森,2006;白馬大雪渓研究グループ,2008).大雪渓を囲む白馬岳と杓子岳では岩質が異なるため,両岩壁で調査をおこなえば,岩質による岩盤後退プロセスの違いを明らかにすることができる.さらに,崩落した岩屑は大雪渓上に堆積するため,堆積物から崩落量や発生時期を推定できる.しかしながら,高山帯の岩壁は踏査が困難な場所が多く,崩落現象を連続モニタリングした研究はわずかしかなく,積雪の影響や地質による崩落プロセスの違い,崩落が起きる地形場の特徴は十分に明らかでない.そこで本研究では,登山事故が多発する大雪渓を対象に,複数年の連続モニタリングから岩盤斜面の崩落過程と崩落箇所の特徴を明らかにすることを試みた.
2.地域概要
大雪渓は,後立山連峰の杓子岳と白馬岳の間の葱平モレーン直下から,3号雪渓合流部付近までの範囲に存在する多年性雪渓である.大雪渓を含む松川北股入は氷食谷であり,大雪渓上流の谷頭には葱平圏谷と杓子岳北圏谷が南北に向かいあっている(小疇ほか,1974).大雪渓周辺を構成する岩盤は,飛騨外縁帯の古生界・中生界,新第三紀の貫入岩類および未固結第四系からなる(中野ほか,2002).多雨・多雪の気候環境下にあり,凍結融解作用に起因する周氷河地形が発達する(相馬ほか,1979;岩田,1980).
3.研究方法
岩盤斜面の経年変化を調べるため,融雪により調査が可能になる2018年~2020年の6月~11月にかけて,3週間に1度UAV空撮の現地調査を実施した.崩落前後の形状変化の過程を捉えるため,多時期の点群の3D地形モデルを比較した.点群の3D地形モデルの作成には,2次元の画像データから3次元形状を特定するSfMソフト(Context Capture)を用いた.使用した画像は,2015年~2020年に取得したUAVとセスナの空撮画像,国土地理院や林野庁が取得した空中写真である.また,UAV空撮画像から作成した3Dモデルの点群解析から,岩盤に発達する不連続面の分布を明らかにした.岩盤斜面の凍結状態を把握するため,2014年~2016年にかけて,丸山(2750m),白馬山荘付近(2800m)において観測された地表面温度の年変動から,熱伝導モデルを用いて,季節ごとの地表面下の温度分布を算出した.
4.結果
2004年と2011年の3D地形モデルの比較から,杓子岳北面で大きな地形変化を確認した.この箇所は,2005年に死傷者を出した杓子岳北面の崩落箇所と一致する.火成岩質の杓子岳では,南北の両斜面において,下部斜面が崩落し,翌年以降に上部斜面が崩落するプロセスを確認した.UAV空撮により崩落斜面の一つを観察した結果,節理が密な箇所で侵食が進み,その上部の節理の疎な箇所が基部を失うことで,不安定化して崩落するプロセスであったことが確認された.堆積岩質の白馬岳では,上部の開口亀裂を伴う,重力変形による岩盤の不安定化に起因する一度の崩落イベントを確認した.崩落が確認された谷頭部では,これまでの崩落箇所とは異なる箇所において,上部クラックを確認した.杓子岳と白馬岳ともに雪がつもる場所では,崩落が生じていないことを確認した.丸山と白馬山荘の地温データの比較から,冬季に約10℃の温度差が確認された.また,季節ごとの地表面下の温度分布を検証した結果,年周期の融解は4月~5月にかけて進行し,6月には深さ5mに達した.
5.考察
火成岩質の杓子岳の南北両斜面において,下部斜面が崩落し,翌年以降に上部斜面が崩落する傾向がみられた.このことから,杓子岳の岩盤斜面は一度崩れると翌年も崩れやすく,連続的に岩盤斜面が後退すると考えられる.一方,堆積岩・変成岩域の白馬岳側で確認された崩落は突発的なものであった.崩落斜面は上部に開口亀裂をともなう凸斜面という特徴があり,引張性の重力変形によって斜面を不安定になっていた可能性がある.大雪渓において杓子岳側のみに毎年崖錐が形成されており,節理が発達する火成岩質の杓子岳は,堆積岩質の白馬岳に比べ凍結融解作用を受けやすく,崩落が連続的に生じやすいと考えられる.2014/2015年の冬期において,地温差が確認された2つの観測地点の標高,斜面方位はほとんど変わらないことから,丸山地点では積雪がつかず,白馬山荘地点は積雪に覆われたために,地温に差が生じたと考えられる.杓子岳において,急傾斜であるにもかかわらず,地形効果をうけて雪が残る箇所では,積雪の断熱効果によって積雪下の凍結融解作用が抑制された可能性がある.