日本地球惑星科学連合2021年大会

講演情報

[J] 口頭発表

セッション記号 H (地球人間圏科学) » H-TT 計測技術・研究手法

[H-TT16] 環境トレーサビリティ手法の開発と適用

2021年6月3日(木) 10:45 〜 12:15 Ch.16 (Zoom会場16)

コンビーナ:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)、SHIN Ki-Cheol(総合地球環境学研究所)、竹内 望(千葉大学)、座長:陀安 一郎(総合地球環境学研究所)

10:45 〜 11:00

[HTT16-07] 山形県月山の積雪上で活動する有翅および無翅カワゲラの炭素・窒素安定同位体比による食性比較

*竹内 望1、米地 梨紗子1 (1.千葉大学)

キーワード:セッケイカワゲラ、月山、安定同位体比

セッケイカワゲラは,日本を含め世界各地の積雪域に広く分布する昆虫である.一般的なカワゲラは夏に翅を持つ成虫になるのに対し,セッケイカワゲラは冬の積雪上で翅を持たない成虫となって歩いて活動する.翅をもたずに成虫になることは,寒冷環境への適応だと考えられている.しかし,実際の積雪上には,無翅だけでなく有翅のカワゲラも頻繁に観察される.これまで,この積雪上の有翅カワゲラは山麓の無雪地域に由来し,セッケイカワゲラとは別種のカワゲラとされてきた.しかしながら,カワゲラの中には,環境によって成虫の翅の有無が決まる種の存在が明らかになっている.日本の積雪上で活動する有翅および無翅カワゲラも,同種または系統の近い種である可能性があるが,詳しいことはほとんどわかっていない.そこで本研究では,山形県月山の積雪上の有翅および無翅カワゲラの形態や分布,食性を比較し,翅の有無による生態の違いおよび両者の系統的関係を考察することを目的とした.2018-2019年の積雪期の山形県月山で,標高の異なる地点で積雪上に活動するカワゲラを採取した.採取したカワゲラについて形態で同定を行ったところ,有翅3科4属,無翅1科2属を含むことがわかった.体長分布を求めた結果,有翅カワゲラの体長は,無翅カワゲラよりも有意に大きかった.属ごとに体長の比較を行ったところ,有翅カワゲラのオカモトクロカワゲラ属の体長は,無翅カワゲラのApteroperla属とほぼ同じ範囲であることがわかった.有翅と無翅カワゲラの採取された標高を比較したところ,無翅カワゲラは下流部から上流部まで広く分布していたのに対し,有翅カワゲラは下流部のみに分布していた.一方,無翅カワゲラのうちEocapnia属は下流部のみに分布し,有翅カワゲラと分布域が重なることがわかった.カワゲラの体の炭素窒素安定同位体比の分析の結果,有翅カワゲラは比較的高いδ15Nを示したのに対し,無翅カワゲラは低い値から高い値まで幅広い値を示した.このことは,有翅と無翅カワゲラは異なる食性を持つことを示唆し,有翅カワゲラは動物食,無翅カワゲラは植物食の傾向があることを示している.以上の形態,分布,活動期間および食性分析の結果から,積雪上の有翅カワゲラの形態的特徴や生態は,必ずしも無翅カワゲラとは一致しないことがわかった.しかしながら,有翅カワゲラのオカモトクロカワゲラ属は,無翅のApteroperla属とよく似た形態的特徴を持つこと,無翅のEocapnia属とは分布域が重なることがわかった.今後,これらの分類群に注目して,有翅カワゲラと無翅カワゲラの成虫の行動範囲や生活史などの生態調査や,DNA分析を行うことによって,互いの系統関係が明らかになり,セッケイカワゲラの種分化過程の解明につながることが考えられる.