17:15 〜 18:30
[MIS11-P05] 森林集水域の土壌内におけるリンの移動と集積
キーワード:谷戸、生態系、リン酸、生物
【はじめに】
日本の森林集水域のひとつに斜面と広い谷部から構成される「谷戸」と呼ばれる地形がある。谷部には水田,小川,ため池,湿地などの多湿な環境が存在し1),ホタルやホトケドジョウといった希少な生物が多数生息する。谷戸の生物数に関する調査は行われてきた2)一方で,谷戸生態系を支える養分についての研究は行われていない。福元(2020修論)3)は,谷戸の湿地土壌には高濃度オルトリン酸(PO43-)(以下,リン酸)が含まれ,底生藻類の高生産に寄与していることを示した。そして,還元環境下では鉄還元と共にリン酸が溶出する4)こと,および森林集水域では傾斜が緩やかな場所で鉄還元ゾーンが形成され,高濃度の二価鉄が溶出する5)ことが知られている。そこで,緩斜面の土壌中で二価鉄と共にリン酸濃度が高くなり,湿地に多量に供給されていると仮説を立て,斜面から湿地にかけてリンの挙動を明らかにすることを目的とした。
【材料と方法】
2020年7月~10月に東京都青梅市の特別緑地保全地区である青梅の森で調査を行った。斜面から湿地にかけて測量を行い,調査地点として斜面でA~Iの9地点,湿地の湿潤土壌でW1~W5の5地点を設定した(図1)。図1に調査地点を示す。斜面では深度別に土壌間隙水,土壌を,湿地では表層で土壌間隙水,土壌を採取した。土壌間隙水では二価鉄,リン酸,溶存有機態炭素(Dissolved Organic Carbon:DOC),土壌ではリン,鉄,強熱減量,含水率を測定した。風乾土壌をマッフル炉で燃焼させた試料を1 µmol/L HClにより一晩抽出したリンを全リン(P-HCl),風乾土壌から同様にHCl抽出したリンを無機態リン(P-inorg),両者の濃度差を有機態リン(P-org)濃度とした。また,Fe-HCl もP-HClと同様に分析した。
【結果と考察】
斜面部(A~I)および湿地(W1~W5)の土壌間隙水中の二価鉄濃度,リン酸濃度の10月の結果を図2に示す。二価鉄は斜面上部で43~85 µmol/L,斜面下部で109~309 µmol/Lと高濃度な地点があった。森林集水域では鉄の還元は緩傾斜面で生じることが過去の研究により明らかにされている5)。しかし,本研究では12~17°の急傾斜な斜面上流部においても高濃度の二価鉄が検出された。このように,本調査地では斜面全体で鉄の還元が生じていることが判明した。なお,間隙水中の二価鉄濃度は,斜面部では最高でも309 µmol/Lであったのに対し,湿地では477 µmol/Lとはるかに高かった。
これに対し,リン酸は斜面と湿地で有意な差はなかった(p>0.05)。仮説では鉄の還元に伴いリン酸が遊離することが期待されるため,二価鉄濃度上昇とともにリン酸濃度も上昇すると予想していたが,リン酸濃度はどの地点でも0.1~1.1 µmol/Lと低く,二価鉄濃度とリン酸濃度の間に有意な相関は確認されなかった(p>0.05)。
土壌からHClによって抽出されたリン(P-HCl)および鉄(Fe-HCl)の斜面上部から湿地までの測定の結果、P-HClは斜面上部(A~C)では低かったが,斜面下部(D~I)でやや上昇し,湿地では最も高濃度となった。土壌内のP-HClは斜面上部から斜面下部に移動し,湿地で集積していることが示された。斜面上部では二価鉄も高濃度であったことから還元的であり,溶存態リンとして流出し,斜面下部に移動したと考えられる。また,P-inorgもP-HClと同様に斜面上部で低く,斜面下部で上昇し,湿地で最も高濃度となった。一方で,P-orgは斜面全体では変動せず,湿地で上昇した。よって,P-HClが斜面下部で上昇した理由はP-inorgの上昇によると言える。今回測定したP-inorgは鉄またはアルミニウムの(水)酸化物に吸着したリン酸であると考える。斜面下部では,斜面上部から流出した溶存態のリン酸が鉄またはアルミニウムの(水)酸化物に吸着して多く存在しているだろう。Fe-HClも斜面より湿地において高濃度であった。今回測定したFe-HClは腐植物質に吸着した鉄のみならず,鉄(水)酸化物を多く含むと予想される。このため,おそらく湿地では,リン酸が鉄(水)酸化物に吸着することで6)P-HClとして湿地に集積していると考えられる。
本研究では,鉄還元が斜面のかなり上部でも生じていること,二価鉄では斜面から湿地にかけて濃度が上昇するが,リン酸は変化しないこと,土壌のリンは斜面上部から斜面下部に向けて土壌内でリンが移動し,湿地で集積していることが分かった。このように谷戸における斜面から湿地にかけてのリンの挙動を示したのは本研究が初めてである。
日本の森林集水域のひとつに斜面と広い谷部から構成される「谷戸」と呼ばれる地形がある。谷部には水田,小川,ため池,湿地などの多湿な環境が存在し1),ホタルやホトケドジョウといった希少な生物が多数生息する。谷戸の生物数に関する調査は行われてきた2)一方で,谷戸生態系を支える養分についての研究は行われていない。福元(2020修論)3)は,谷戸の湿地土壌には高濃度オルトリン酸(PO43-)(以下,リン酸)が含まれ,底生藻類の高生産に寄与していることを示した。そして,還元環境下では鉄還元と共にリン酸が溶出する4)こと,および森林集水域では傾斜が緩やかな場所で鉄還元ゾーンが形成され,高濃度の二価鉄が溶出する5)ことが知られている。そこで,緩斜面の土壌中で二価鉄と共にリン酸濃度が高くなり,湿地に多量に供給されていると仮説を立て,斜面から湿地にかけてリンの挙動を明らかにすることを目的とした。
【材料と方法】
2020年7月~10月に東京都青梅市の特別緑地保全地区である青梅の森で調査を行った。斜面から湿地にかけて測量を行い,調査地点として斜面でA~Iの9地点,湿地の湿潤土壌でW1~W5の5地点を設定した(図1)。図1に調査地点を示す。斜面では深度別に土壌間隙水,土壌を,湿地では表層で土壌間隙水,土壌を採取した。土壌間隙水では二価鉄,リン酸,溶存有機態炭素(Dissolved Organic Carbon:DOC),土壌ではリン,鉄,強熱減量,含水率を測定した。風乾土壌をマッフル炉で燃焼させた試料を1 µmol/L HClにより一晩抽出したリンを全リン(P-HCl),風乾土壌から同様にHCl抽出したリンを無機態リン(P-inorg),両者の濃度差を有機態リン(P-org)濃度とした。また,Fe-HCl もP-HClと同様に分析した。
【結果と考察】
斜面部(A~I)および湿地(W1~W5)の土壌間隙水中の二価鉄濃度,リン酸濃度の10月の結果を図2に示す。二価鉄は斜面上部で43~85 µmol/L,斜面下部で109~309 µmol/Lと高濃度な地点があった。森林集水域では鉄の還元は緩傾斜面で生じることが過去の研究により明らかにされている5)。しかし,本研究では12~17°の急傾斜な斜面上流部においても高濃度の二価鉄が検出された。このように,本調査地では斜面全体で鉄の還元が生じていることが判明した。なお,間隙水中の二価鉄濃度は,斜面部では最高でも309 µmol/Lであったのに対し,湿地では477 µmol/Lとはるかに高かった。
これに対し,リン酸は斜面と湿地で有意な差はなかった(p>0.05)。仮説では鉄の還元に伴いリン酸が遊離することが期待されるため,二価鉄濃度上昇とともにリン酸濃度も上昇すると予想していたが,リン酸濃度はどの地点でも0.1~1.1 µmol/Lと低く,二価鉄濃度とリン酸濃度の間に有意な相関は確認されなかった(p>0.05)。
土壌からHClによって抽出されたリン(P-HCl)および鉄(Fe-HCl)の斜面上部から湿地までの測定の結果、P-HClは斜面上部(A~C)では低かったが,斜面下部(D~I)でやや上昇し,湿地では最も高濃度となった。土壌内のP-HClは斜面上部から斜面下部に移動し,湿地で集積していることが示された。斜面上部では二価鉄も高濃度であったことから還元的であり,溶存態リンとして流出し,斜面下部に移動したと考えられる。また,P-inorgもP-HClと同様に斜面上部で低く,斜面下部で上昇し,湿地で最も高濃度となった。一方で,P-orgは斜面全体では変動せず,湿地で上昇した。よって,P-HClが斜面下部で上昇した理由はP-inorgの上昇によると言える。今回測定したP-inorgは鉄またはアルミニウムの(水)酸化物に吸着したリン酸であると考える。斜面下部では,斜面上部から流出した溶存態のリン酸が鉄またはアルミニウムの(水)酸化物に吸着して多く存在しているだろう。Fe-HClも斜面より湿地において高濃度であった。今回測定したFe-HClは腐植物質に吸着した鉄のみならず,鉄(水)酸化物を多く含むと予想される。このため,おそらく湿地では,リン酸が鉄(水)酸化物に吸着することで6)P-HClとして湿地に集積していると考えられる。
本研究では,鉄還元が斜面のかなり上部でも生じていること,二価鉄では斜面から湿地にかけて濃度が上昇するが,リン酸は変化しないこと,土壌のリンは斜面上部から斜面下部に向けて土壌内でリンが移動し,湿地で集積していることが分かった。このように谷戸における斜面から湿地にかけてのリンの挙動を示したのは本研究が初めてである。