11:45 〜 12:00
[MIS16-21] 白亜紀のC40アルケノン不飽和度指標に基づく南半球高緯度域の古水温変動
キーワード:アルケノン、白亜紀、バイオマーカー、古水温、海洋無酸素事変
現在危惧されている地球温暖化が極端に進むと地球各地の環境はどうなるか?その直接的な答えは「地球温暖化の壮絶な実験」であった白亜紀など温室地球時代の地質記録に刻まれている.海水温とその変動(周期,規模,変化速度等)は最も重要な環境情報であり,温室地球からそれらを第四紀と比較しうる解像度と精度で得て,初めて冒頭の問いに答えられる.4000万年以上も時代を遡るため堆積物の化学的環境シグナルが失われている場合が多く,かつ現在より高温だったため第四紀で用いる古水温指標が使えない等,温室地球研究には「壁」がある.
堆積物から抽出されるアルケノン(直鎖型アルキルケトン)分子は植物プランクトンであるハプト藻類が排他的に合成する有機物であり,かつ続成にも強いことから,第四紀および新第三紀の海底堆積物から古海洋環境を評価する際には重要なツールとして用いられている.古水温を定量的に評価するために用いられるのはアルケノン分子のうち炭素数37(C37アルケノン)のもので,直鎖状の構造の中に2から4つの不飽和部位(炭素の二重結合)を持つ.この不飽和分子の比率が古水温と直線的関係を持つことが判っている.一方,過去の温暖な地質時代である古第三紀や白亜紀からもC37アルケノンは検出されているが,高温であったためか2不飽和のものしかみつかっておらず,古水温推定には利用できない.それらの時代の海洋堆積物からは炭素数37から41までの2不飽和アルケノンの報告がある.
本研究では,オーストラリア大陸の南西沖(白亜紀当時,南半球高緯度の古インド洋南縁部に位置していた)で掘削が行われたIODP Exp. 369 Site U1516の白亜紀中期(アルビアン~セノマニアン期)の試料から炭素数40のアルケノン分子(C40アルケノン)を確認し,2不飽和のもの(C40:2Et)だけではなく,3不飽和のもの(C40:3Et)検出したので報告し,その古海洋学的意義を考察する.なお,3不飽和のアルケノン類を確認したのは,本研究が初である.
C40アルケノンの含有量は,特にセノマニアン階最上部にある黒色粘土層(海洋無酸素事変:OAE2に関連する堆積物)で特に高かったが,それより下位では小さく,上位では黒色粘土岩から30cm以上離れた試料からは全く検出されなかった.これはTOCの変動と調和的であった.
C40:2Etの含有量に比べて,C40:3Etは小さく,それらの比率は層序的に明瞭な変動を示していた.そこでC40:2Et/(C40:2Et+C40:3Et)としてC40アルケノンの不飽和度UK’40を算出し,その層序変動を調べたところ,特にセノマニアン期再後期で特徴的な変動を確認できた.海洋無酸素事変2(OAE2)に関連する炭素同位体比ピークが確認されている黒色粘土層の下位20cm付近で最も高い値1.0を取り,同粘土層中で急減し,同粘土層の直上で最小値0.85を確認した.Araie et al. (2018)によれば,C37アルケノンの不飽和度だけでなく,炭素数38, 41, 42のより長い鎖を持つアルケノンの不飽和度も温度依存性がある事が確かめられており,C40アルケノンについてもその不飽和度が水温に連動していることが期待される.仮に黒色粘土岩最上部のピークがOAE2のピークAに相当するならば,UK’40の急速な低下は有機物の大量埋没に連動して生じた二酸化炭素分圧の減少と関連するPlenus Cold Eventを反映している可能性が高い.
現在UK’40から水温換算はできないが,今後同じ試料から抽出する浮遊性有孔虫の酸素同位体比とUK’40値を比較したり,塩湖に生息するC40アルケノンを合成する現生ハプト藻類の培養などを通じて水温換算スケールの開発が期待される.これが実現すれば白亜紀の高温側古水温指標として実用化できる可能性がある.
引用文献:Araie et al. (2018) Org. Geochem. 121, 89-103
堆積物から抽出されるアルケノン(直鎖型アルキルケトン)分子は植物プランクトンであるハプト藻類が排他的に合成する有機物であり,かつ続成にも強いことから,第四紀および新第三紀の海底堆積物から古海洋環境を評価する際には重要なツールとして用いられている.古水温を定量的に評価するために用いられるのはアルケノン分子のうち炭素数37(C37アルケノン)のもので,直鎖状の構造の中に2から4つの不飽和部位(炭素の二重結合)を持つ.この不飽和分子の比率が古水温と直線的関係を持つことが判っている.一方,過去の温暖な地質時代である古第三紀や白亜紀からもC37アルケノンは検出されているが,高温であったためか2不飽和のものしかみつかっておらず,古水温推定には利用できない.それらの時代の海洋堆積物からは炭素数37から41までの2不飽和アルケノンの報告がある.
本研究では,オーストラリア大陸の南西沖(白亜紀当時,南半球高緯度の古インド洋南縁部に位置していた)で掘削が行われたIODP Exp. 369 Site U1516の白亜紀中期(アルビアン~セノマニアン期)の試料から炭素数40のアルケノン分子(C40アルケノン)を確認し,2不飽和のもの(C40:2Et)だけではなく,3不飽和のもの(C40:3Et)検出したので報告し,その古海洋学的意義を考察する.なお,3不飽和のアルケノン類を確認したのは,本研究が初である.
C40アルケノンの含有量は,特にセノマニアン階最上部にある黒色粘土層(海洋無酸素事変:OAE2に関連する堆積物)で特に高かったが,それより下位では小さく,上位では黒色粘土岩から30cm以上離れた試料からは全く検出されなかった.これはTOCの変動と調和的であった.
C40:2Etの含有量に比べて,C40:3Etは小さく,それらの比率は層序的に明瞭な変動を示していた.そこでC40:2Et/(C40:2Et+C40:3Et)としてC40アルケノンの不飽和度UK’40を算出し,その層序変動を調べたところ,特にセノマニアン期再後期で特徴的な変動を確認できた.海洋無酸素事変2(OAE2)に関連する炭素同位体比ピークが確認されている黒色粘土層の下位20cm付近で最も高い値1.0を取り,同粘土層中で急減し,同粘土層の直上で最小値0.85を確認した.Araie et al. (2018)によれば,C37アルケノンの不飽和度だけでなく,炭素数38, 41, 42のより長い鎖を持つアルケノンの不飽和度も温度依存性がある事が確かめられており,C40アルケノンについてもその不飽和度が水温に連動していることが期待される.仮に黒色粘土岩最上部のピークがOAE2のピークAに相当するならば,UK’40の急速な低下は有機物の大量埋没に連動して生じた二酸化炭素分圧の減少と関連するPlenus Cold Eventを反映している可能性が高い.
現在UK’40から水温換算はできないが,今後同じ試料から抽出する浮遊性有孔虫の酸素同位体比とUK’40値を比較したり,塩湖に生息するC40アルケノンを合成する現生ハプト藻類の培養などを通じて水温換算スケールの開発が期待される.これが実現すれば白亜紀の高温側古水温指標として実用化できる可能性がある.
引用文献:Araie et al. (2018) Org. Geochem. 121, 89-103