日本地球惑星科学連合2025年大会

講演情報

[J] 口頭発表

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[O-05] 変動帯の地質と文化

2025年5月25日(日) 10:45 〜 12:15 展示場特設会場 (5) (幕張メッセ国際展示場 7・8ホール)

コンビーナ:鈴木 寿志(大谷大学)、川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)、先山 徹(NPO法人地球年代学ネットワーク 地球史研究所)、座長:川村 教一(兵庫県立大学大学院 地域資源マネジメント研究科)、鈴木 寿志(大谷大学)

11:10 〜 11:35

[O05-06] 戦後の地学教育の変遷-文化地質学と身の回りの地学-

★招待講演

*久田 健一郎1 (1.文教大学)

キーワード:地学教育、高等学校学習指導要領、身の回りの地学、文化地質学

戦後の地学教育の内容と背景の変遷について,9回の高等学校学習指導要領の改訂をもとに「文化地質学的な」要素の抽出調査を指導要領と教科書を通じて行った.その結果,「地学の始まり」,「地学の確立」,「地学の多様」,「地学の精選」のステージごとに,文化地質学的な要素の質・量に違いがあることが見えてきた.
 「地学の始まり」の時期では,戦後の新しい教科の確立の中で,人類考古学的な要素を含んでいたことが特徴として挙げられる.これは,新しい地学の体系化の試みとして,人間生活第Ⅰ主義ともいうべき考え方の表れである.このような状況は,高等学校地学の教科書にも,石器時代の記述を生み出している.
 「地学の確立」の時期になると,高度経済成長期を迎え,教育現場では詰め込み教育が際立ってきた.その結果,S45(学習指導要領の改訂年のラベリングを表す;S,昭和;H平成;以下同様)にみられるように,効率性追求ともいうべき理科の体制の改革が現れた.それが「総合的な理科」の考え方である.理科に関するミニマムともいうべき履修スタイルである.しかしながら,S53になると,新しい理科のスタイルを追究するようになる.社会的には経済の安定成長期・バブル景気に沸き,余裕のない暗記主義の教育が蔓延るようになる.それに対してS53では,「ゆとり」が次第に求められるようになった.このような状況下であっても,文化地質学は地学の始まりとそれほどの変化はないように見える.その結果生徒の一部に理科離れの傾向を生み出したと言えよう.
 「地学の多様化」とは,それまでの比較的画一的な理科・地学から,生徒の志向に合わせた理科・地学が求まられた.それが,H01の「身の回りの地学」や「地方別の風景や景観」,H11の「科学のはじまり以前」である.これらは文化地質学的な要素から構成されていると言えよう.「身の回りの地学」では,「石材や宝石」「風景・景観」という身近にあるものを通して,岩石や鉱物の成因論を扱っている.とくに後者は,地域的な地質が身近な風景・景観をつくり出すという地質学の根本的な考え方に基づくものである.H11の「科学のはじまり以前」は現代の科学技術の進歩は,古代ギリシャ時代の古典的科学を礎にしていること,そのギリシャ時代の基本はそれ以前数千年,数万年の石器時代の文化によるところが大きいことを指摘している.このような学習指導要領の改訂は生徒の理科離れの食い止め策ではあるが,文化的地質学的要素に富む「身の回りの地学」「風景・景観の地学」は,現在の理科・地学嫌いの抑止策としても意味があるものである.
 「地学の精選」の時代になると,地学の多様化にみえる文化的地質学は失われた.それは,「反ゆとり」ともいうべき「PISAショック」の影響が大きいであろう.「PISAショック」とは,OECDが3年ごとに行う2003年の試験で,日本の生徒の「読解力」が急落したことを意味する.その結果,ゆとり教育が脱ゆとり教育に路線変更を促したとされる.すなわち学力向上にシフトしたことは,それまでの地学の多様化にみられる,ややもすれば余裕のある教育とは真逆のシフトになるであろう.理科においても,各科目の「○×基礎」と「○×」に絞られ,しかも理科・地学嫌いをなくす工夫が縮小されているように見える.その結果,文化地質学的要素があまり見られない.
以上のように,文化地質学的な「ヒトの進化」「石器」「建造物と石材」「郷土の地質」「石器や石材」は地学教育の変遷のなかで,「身の回りの地学」「風景・景観の地学」「科学のあけぼの以前」など,理科・地学離れを防止する手段として,一定の役割を果たしてきたようである.現在の高校生の地学基礎履修率は,20%台といわれている.このような低調な地学履修率は,地学開講率の低さ,地学指導者不足などがあげられているが,地学教育の変遷から明らかなように,これからの地学教育には,一度は消えたが「身の回りの地学」的発想が必要である.また,地学教育は防災教育に重要な役割を果たしていることは言うまでもないが,「日本列島の自然の恵み」というポジティブな視座も忘れてはならない.その具現化する手段のひとつとしてジオパークがあると考える.