[P1-C-0258] 脳卒中片麻痺者の歩行時の視線条件の違いによる体幹コントロール能力の変化
Keywords:脳卒中, 加速度計, 歩行
【目的】
歩行中の体幹コントロール能力は骨盤から頭部の加速度の減衰率によって表すことが可能であり,これは安定した歩行を行う能力として捉えられる(mazza et al., 2008)。維持期脳卒中片麻痺者(以下,脳卒中者)では,歩行中に下を向くことが多く観察される。これは,下方を注視することで視覚を手がかりとした定位を得ているためか,あるいは振り出し側下肢の接地位置を確認していると考えられる。これらの視線条件下において,体幹コントロール能力の観点から歩行安定性を検討した報告は少ない。本研究では脳卒中者を対象として,前方注視時,下方注視時,足下を隠した状態での下方注視時における体幹コントロール能力を比較し,視覚条件による歩行安定性の違いを明らかにする。
【方法】
施設入所中の脳卒中患者17名(年齢:50.2±6.2歳,BMI:21.9±1.7,発症からの期間:1.5±0.9年,麻痺側;右:10名,左:7名)を対象とした。取り込み基準は,身体的な介助なしで16m以上の歩行が可能であり,MMSEが24点以上の者とした。16mの直線歩行路を設定し,被験者には普段使用している装具,杖を使用した状態で快適歩行速度での歩行を行わせた。歩行条件は,前方を注視する条件(前方条件),下方を注視する条件(下方条件),腰に巻いた板で足下を隠して下方を注視する条件(隠し条件)の3条件とした。それぞれの条件下における10m歩行時間,ケイデンス,ストライド長を計測した。また,被験者の第7頸椎および第3腰椎後方へ加速度計を固定し,サンプリング周波数を200Hzとして前後3mを除く10mの体幹加速度波形を記録した。得られた加速度波形からRoot Mean Square(RMS)値を算出し,腰部から頸部にかけての加速度減衰率(CoAスコア:Coefficient of Attenuation)を以下の式により求めた[CoA=(1-C7 RMS/L3 RMS)×100]。この指標は値が1に近いほど腰部から頸部への緩衝作用が優れていることを表す。
得られたそれぞれの指標について,有意水準を5%としてWilcoxon検定を用いて各条件間を比較した。
【結果】
10m歩行時間,ケイデンスについては視線条件間に差はみられなかった。ストライド長については,隠し条件において他の条件と比較して有意に小さい値を示した[中央値(四分位),隠し条件:69.0(53.4,96.5)cm,前方条件:76.9(58.2,98.8)cm,下方条件:65.1(54.9,98.9)cm,それぞれp<0.05]。
CoAスコアは前方条件が他の2条件と比較して有意に良好な値を示した[前方条件:15.3(7.4,32.0)%,下方条件:12.4(-2.4,24.8)%,隠し条件:12.4(1.3,21.2)%,それぞれp<0.05]。
【考察】
10m歩行時間およびケイデンスでは各条件間において差がみられなかったが,ストライド長では隠し条件で有意に小さかった。隠し条件では足下が見えないため,接地位置を視覚的に確認できないことでストライド長が小さくなった可能性が考えられる。また,隠し条件では腰部に板を固定するため,下肢の振り出しの際に障害になっていた可能性も考えられる。
CoAスコアは腰部および頸部の相対加速度であり,被験者の腰部から頸部への緩衝能力としての体幹コントロール能力を表す。立位動揺制御において,視覚距離が近い方が動揺は小さくなることが報告されており,本研究における下方条件でも前方条件と比較して視覚距離が近くなり,視覚による頭頸部の定位が得やすくなると考えられた。そのため我々は,下方条件の方がCoAスコアは良好であり,安定した歩行であると仮説を立てた。しかし結果では前方条件のCoAスコアが,下を向く他の2条件よりも良好な値を示した。これは,前方を注視しておくよう指示された被験者が,前方のある一点に視線を固定する方略をとってしまったために,意識的に頭部の動きを制御して歩行を行った結果と考えられる。一方,下方条件と隠し条件に差がみられなかったことから,下肢が視野内に入るかどうかは体幹コントロールに影響を与えないことが示唆された。
本研究の結果から,下方を注視するよりも,意識的に前方へ視線を固定する方が腰部に対する頸部の動揺は抑制される可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は維持期脳卒中患者の歩行時の視線方向の違いによる体幹コントロール能力を評価した研究である。歩行を行う際に視線方向の観点から体幹を安定させるための方略を示唆できるものと考える。
歩行中の体幹コントロール能力は骨盤から頭部の加速度の減衰率によって表すことが可能であり,これは安定した歩行を行う能力として捉えられる(mazza et al., 2008)。維持期脳卒中片麻痺者(以下,脳卒中者)では,歩行中に下を向くことが多く観察される。これは,下方を注視することで視覚を手がかりとした定位を得ているためか,あるいは振り出し側下肢の接地位置を確認していると考えられる。これらの視線条件下において,体幹コントロール能力の観点から歩行安定性を検討した報告は少ない。本研究では脳卒中者を対象として,前方注視時,下方注視時,足下を隠した状態での下方注視時における体幹コントロール能力を比較し,視覚条件による歩行安定性の違いを明らかにする。
【方法】
施設入所中の脳卒中患者17名(年齢:50.2±6.2歳,BMI:21.9±1.7,発症からの期間:1.5±0.9年,麻痺側;右:10名,左:7名)を対象とした。取り込み基準は,身体的な介助なしで16m以上の歩行が可能であり,MMSEが24点以上の者とした。16mの直線歩行路を設定し,被験者には普段使用している装具,杖を使用した状態で快適歩行速度での歩行を行わせた。歩行条件は,前方を注視する条件(前方条件),下方を注視する条件(下方条件),腰に巻いた板で足下を隠して下方を注視する条件(隠し条件)の3条件とした。それぞれの条件下における10m歩行時間,ケイデンス,ストライド長を計測した。また,被験者の第7頸椎および第3腰椎後方へ加速度計を固定し,サンプリング周波数を200Hzとして前後3mを除く10mの体幹加速度波形を記録した。得られた加速度波形からRoot Mean Square(RMS)値を算出し,腰部から頸部にかけての加速度減衰率(CoAスコア:Coefficient of Attenuation)を以下の式により求めた[CoA=(1-C7 RMS/L3 RMS)×100]。この指標は値が1に近いほど腰部から頸部への緩衝作用が優れていることを表す。
得られたそれぞれの指標について,有意水準を5%としてWilcoxon検定を用いて各条件間を比較した。
【結果】
10m歩行時間,ケイデンスについては視線条件間に差はみられなかった。ストライド長については,隠し条件において他の条件と比較して有意に小さい値を示した[中央値(四分位),隠し条件:69.0(53.4,96.5)cm,前方条件:76.9(58.2,98.8)cm,下方条件:65.1(54.9,98.9)cm,それぞれp<0.05]。
CoAスコアは前方条件が他の2条件と比較して有意に良好な値を示した[前方条件:15.3(7.4,32.0)%,下方条件:12.4(-2.4,24.8)%,隠し条件:12.4(1.3,21.2)%,それぞれp<0.05]。
【考察】
10m歩行時間およびケイデンスでは各条件間において差がみられなかったが,ストライド長では隠し条件で有意に小さかった。隠し条件では足下が見えないため,接地位置を視覚的に確認できないことでストライド長が小さくなった可能性が考えられる。また,隠し条件では腰部に板を固定するため,下肢の振り出しの際に障害になっていた可能性も考えられる。
CoAスコアは腰部および頸部の相対加速度であり,被験者の腰部から頸部への緩衝能力としての体幹コントロール能力を表す。立位動揺制御において,視覚距離が近い方が動揺は小さくなることが報告されており,本研究における下方条件でも前方条件と比較して視覚距離が近くなり,視覚による頭頸部の定位が得やすくなると考えられた。そのため我々は,下方条件の方がCoAスコアは良好であり,安定した歩行であると仮説を立てた。しかし結果では前方条件のCoAスコアが,下を向く他の2条件よりも良好な値を示した。これは,前方を注視しておくよう指示された被験者が,前方のある一点に視線を固定する方略をとってしまったために,意識的に頭部の動きを制御して歩行を行った結果と考えられる。一方,下方条件と隠し条件に差がみられなかったことから,下肢が視野内に入るかどうかは体幹コントロールに影響を与えないことが示唆された。
本研究の結果から,下方を注視するよりも,意識的に前方へ視線を固定する方が腰部に対する頸部の動揺は抑制される可能性が示唆された。
【理学療法学研究としての意義】
本研究は維持期脳卒中患者の歩行時の視線方向の違いによる体幹コントロール能力を評価した研究である。歩行を行う際に視線方向の観点から体幹を安定させるための方略を示唆できるものと考える。