第50回日本理学療法学術大会

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ポスター

ポスター2

脊髄損傷理学療法

Sat. Jun 6, 2015 11:25 AM - 12:25 PM ポスター会場 (展示ホール)

[P2-A-0648] 頸髄不全損傷者一症例の歩行能力向上への試み

Spastic gait改善のための立位姿勢と歩行動作へのアプローチ

坂元諒1, 羽田晋也1, 植田耕造1, 河島則天2, 稲村一浩1 (1.星ヶ丘医療センターリハビリテーション部, 2.国立障害者リハビリテーションセンター研究所)

Keywords:頚髄不全損傷, 体重免荷トレッドミル歩行, 重心動揺リアルタイムフィードバック装置

【はじめに,目的】
脊髄損傷後の歩行機能回復を目指すうえで痙性の発現が立位姿勢や歩行運動の調節に直接的な影響を及ぼすことは臨床経験上よく認識されており,脊髄不全損傷者の多くはspastic gait(痙性歩行)を呈することが知られている(Krawetz.1996)。Spastic gaitを改善し,歩行機能回復を図るためには,姿勢や歩行の運動調節と痙性との関連性を明確に捉えた上で治療戦略を立てることが重要である。
今回,受傷後13週の時点で典型的なspastic gaitを呈した脊髄不全損傷症例に対し,立位姿勢と歩行動作に対する痙性の影響を最小化し,歩行機能回復のための段階的な介入を行った結果,独歩獲得に至った症例を経験したので報告する。
【方法】
対象は第5頸椎椎体骨折により,第5頸髄レベル以下の不全麻痺を呈し,受傷後8週目まで高原骨折により右下肢完全免荷であった20歳代男性である。測定は受傷後13週目(初回),15週目(中間),19週目(最終)の3回実施し,初回測定時の状態はASIA impairment scaleはD,lower extremity score(ASIA LEMS)は44,表在,深部感覚はともに軽度鈍麻であった。静止立位は保持可能,Walking Index for Spinal Cord Injury(WISCI)は13で立脚期の不安定性と遊脚期の足部クリアランス低下を認めた。足関節背屈可動域(ROM)は両足とも5°で,アキレス腱反射は著明に亢進,足クローヌスも出現していた。
歩行機能の評価は平地歩行時の歩幅とcadence,10m最大歩行時間を測定した。また,開眼静止立位30秒間の足圧中心を重心動揺計(ANIMA社製G7100)で測定し,周波数解析により0-0.3,0.3-1,1-3,3-5(Hz)の4帯域のパワースペクトル密度を算出した。
介入方法として,姿勢調節への介入には重心動揺リアルタイムフィードバック装置(MPF-4500A,テック技販社製,以下,MP装置)を用いた。この装置は,立位時の重心動揺(足圧中心)の前後位置をフィードバック信号として床面をリアルタイムに動揺させ,本人の知覚に上らないレベルで姿勢動揺量を操作的に減弱(in-phase条件),あるいは増幅(anti-phase条件)させることで立位姿勢における随意調節と反射調節のバランスを調整することを企図したものである。MP装置介入は初回から中間まで実施し,静止立位,前後方向への重心移動練習時にin-phase条件で重心動揺量の約15%のフィードバック設定を用いた。
歩行への介入には,体重免荷トレッドミル歩行(以下,BWSTT)を中間から最終まで実施した。免荷量の設定は体重の10%とし,一側下肢の振り出しを介助,中期以降は介助なしにて歩行速度1.5-4.0km/h,約3分間を計3sets実施した。介入は週5回,通常の理学療法(平地での歩行練習など)に加えて実施した。
【結果】
各回(以下初回→中間→最終の順)におけるASIA LEMSは44→48→48,背屈ROMは5→10→20(°),WISCIは13→19→20であった。歩幅は55.8→65.3→66.7(cm),cadenceは76.4→88.5→103(steps/分),10m最大歩行時間は11.7→9.1→6.8(秒)であった。アキレス腱反射は最終ではやや亢進,足クローヌスは出現するが程度は軽減していた。周波数は0-0.3Hzは162→150→195,0.3-1Hzは29.3→38.9→46.4,1-3 Hzは12.6→11.9→7.6,3-5 Hzは3.24→2.57→2.40であった。
【考察】
本症例は下肢の運動機能は比較的保たれていたが,免荷期間,痙性の影響から歩行機能の回復に難渋することが予測され,実際に全荷重開始から初回測定時まで歩行機能に対して介入を行っていたが大きな改善は認めずspastic gaitを呈していた。足関節背屈ROM制限とアキレス腱反射の著明な亢進が歩行の立脚期の不安定性と遊脚期の足部クリアランス低下を招いていると考え,痙性発現に伴う姿勢動揺の減弱を目的としMP装置を用いて介入した結果,初回から中間にかけて静止立位における痙性の程度(脊髄反射興奮性)を反映する高周波成分の減少に繋がったと考える。この段階でWISCIは19へ向上,歩幅は拡大,10m最大歩行時間は短縮したが,独歩獲得には至らず,歩行時の上肢の過緊張も認めた。そのため,左右対称かつ円滑な下肢ステッピング運動を実現し,適切な歩行関連体性感覚入力を促す目的にBWSTTによる介入を行った結果,立脚から遊脚への速やかな位相転換が可能となり,最終にかけて歩行時間は短縮され独歩の獲得に至った。歩幅の拡大はわずかであることからBWSTTを行う事でcadenceを上げたより自律的な歩行が可能となったためと考える。
【理学療法学研究としての意義】
痙性により歩行機能の改善に難渋する脊髄損傷者の理学療法において,今回のような段階的な介入が効果的である可能性が示唆された。