日本畜産学会第126回大会

講演情報

共催シンポジウム "畜産研究の成果を獣医臨床フィールドへ"

肉牛生産と疾病管理の最前線

2019年9月19日(木) 15:15 〜 17:15 第I会場 (ぽらんホール(8番講義室))

座長:岩本 英治(兵庫県立農林水産技術総合センター)、一條 俊浩(岩手大学)

16:15 〜 16:45

[SY-II-03] 臨床現場における素牛生産の現状と課題

*松田 敬一1 (1. 宮城県農業共済組合)

 近年畜産農家の高齢化等により廃業する農家が増え農家戸数が減少している.しかし,黒毛和種牛の飼育頭数は下げ止まりの傾向を示している.これは,現存している農家の規模拡大が進んでいるためであり,繁殖親牛を50頭以上飼育している大規模農場数が増加している.黒毛和種繁殖農家の大規模化に伴い,黒毛和種子牛の疾病発生状況が変化してきている.以前は,黒毛和種子牛に発生する疾病の多くが幼齢期に発生する感染性腸炎(白痢)であったが,妊娠末期の飼養管理の改善,初乳の適正給与,下痢予防ワクチンの普及等により,腸炎の発生数は年々減少してきた.しかし,近年になって肺炎等の呼吸器感染症の発生が増加しており,基牛生産現場での大きな問題となってきている.
 牛は群れを形成する動物であるが,群形成時の順位付けに行われる闘争等が大きなストレスとなる.群の下位に順位付けされた子牛は持続的なストレスが加わるだけでなく,自由に採食等が出来ないなど栄養状態が悪化し免疫低下を引き起こす.大規模な農場では,子牛群の中に新たな子牛が頻繁に入ってくることになり,群形成ストレスが繰り返され,群全体の免疫性が低下する.小規模農家で母子同居飼育が主流だった時代には,若齢時の呼吸器感染症はほとんど認められず,5ヶ月齢頃に母子分離をして子牛のみの群を形成してから呼吸器感染症が発生したため,既存のワクチンプログラム等でその発生を予防することが出来た.しかし,牛群の大規模化に伴い,効率化や牛舎構造等の理由で早期に母子が分離され,若齢時からロボット哺乳等の群飼育に移行する農場が増えている.そのため,早期に群形成ストレス等が加わり,呼吸器感染症の発生時期が若齢化した.既存の免疫学では,母牛からの移行抗体が存在する時期にワクチンを接種しても,抗体価が上昇しないため疾病予防効果が無いとされ,ワクチンプログラムは生後3ヶ月齢以降に開始することが一般的であった.しかし,この方法では,大規模農場ではすでに呼吸器病が発生しているため予防対策にはならない.そこで現在では,妊娠末期の母牛に呼吸器病ワクチンを接種して,初乳を介して呼吸器病原因病原体の特異抗体を子牛に移行させる方法や,今まで効果が無いとされていた若齢時からのワクチンプログラムを行うなどして,実際に呼吸器感染症の発生を減少させた事例も報告されてきている.
 呼吸器感染症の治療には抗生物質を使用することが多く,牛群内で呼吸器感染症が多発すれば抗生物質の使用量が増加する.現在獣医療のみならず,ヒト医療においても薬剤耐性菌の発生が問題となっており,抗生物質の慎重使用が求められている.飼養管理の改善やワクチンプログラムの実施により呼吸器感染症の発生を減らすことが一番大事であるが,呼吸器感染症が発症した場合の抗生物質の選択には,地域での発生状況や過去の経験だけでなく,鼻腔スワブ等からの原因菌の同定や薬剤感受性試験を行い,適正な抗生物質の選択を行うことにより治療期間を短縮させ抗生物質の使用量を減らしていく必要がある.
 近年,子牛市場に上場される頭数の減少などが理由で,肥育素牛の販売価格が高騰している.しかし,肥育後の枝肉価格は低迷しており,肥育農家は利益を得るために枝肉重量が重くなる基牛を求めている.そのため,子牛市場では体格の良い牛(≒体重の重い牛)がより高値を付けており,繁殖農家には体重が重ければ高く売れるという間違った認識が伝わり,育成期に濃厚飼料を多給して過肥する事例が散発している.濃厚飼料の多給は様々な疾病の原因になるだけでなく,育成期の過肥を引き起こし,皮下脂肪や筋間脂肪の増加等により歩留まり等級を低下させることになり,肥育農家の経営を悪化させる原因となる.そのため,繁殖農家だけでなく業界全体で認識を正しく持ち改善していく必要がある.