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[PSY2-06] 精子幹細胞移植の進展と畜産への応用
ほ乳類オスの精巣には精子幹細胞が存在し、自己複製と分化のバランスを厳密に保つことで大量の精子が作られ続けている。精子幹細胞の特筆すべき特性として、予め生殖細胞を除去した個体 (宿主) の精巣へ移植すると精子形成を再生できることが挙げられる。「精細管内移植法」と呼ばれる精子幹細胞の移植法は、1994年にマウスにおいて開発された (Brinster & Zimmermann PNAS)。精子幹細胞移植は、家畜の効率的な育種繁殖やヒト男性不妊治療への応用が期待されており、これまでにブタやウシ、サル等において成功例が報告された (Ciccarelli et al. PNAS 2020; Hermann et al. Cell Stem Cell 2012)。しかし、精子幹細胞の移植効率はわずか0.3 %であり、これが実用化の障壁となっている。また、精子幹細胞の活性を定量する指標として、移植後の精子形成の再生が広く用いられてきた。しかし、精子形成の再生のプロセスにおいて、移植された精子幹細胞がどのように振舞うか、謎に包まれたままであった。このため、精子幹細胞移植の効率を改善する手がかりを得ることは困難であった。本シンポジウムでは、演者らが最近明らかにした精子幹細胞移植の「ブラックボックス」の中身を紹介する。ブラックボックスを開けるために、精子幹細胞を持たない不妊マウスの精巣に、正常なマウスの精子幹細胞を移植し、それら一つ一つの運命を詳細に解析した。具体的には、移植後2~180日目まで、一つ一つの精子幹細胞が何個の幹細胞と何個の分化細胞を生み出したか計測し、数理統計モデルを用いて解析した。その結果、移植直後には精子幹細胞の20個に1つが生着するものの、その後、自己複製、分化、細胞死を確率的 (ランダム) に起こすことが明らかとなった。その結果、当初生着した精子幹細胞の大部分が自己複製することなく消失し、最終的に再生に貢献する幹細胞は17個に1つ程度に過ぎないことが分かった。これは、「精子幹細胞は特別な能力を持っていて、数は少ないが、一つ一つが効率良く精子形成を再生する」という従来の考え方とは大きく異なる。以上の発見から、移植された精子幹細胞の運命を操作することで、再生の効率が向上するという仮説を立てた。そこで、精子幹細胞を移植した宿主マウスに、幹細胞の分化を抑制する薬剤(精巣特異的に作用する可逆的なレチノイン酸合成阻害剤 WIN18,446) を一時的に投与したところ、自己複製が促進されて再生に貢献する幹細胞の数が5~10倍増加した。さらに、通常は妊性を回復できない少数の精子幹細胞を移植した宿主マウスにWIN18,446を投与したところ、自然交配で産仔を得られる正常な繁殖能を回復させることができた (Nakamura et al. Cell Stem Cell 2021)。このように、永らく「ブラックボックス」となってきた、幹細胞が組織を再生するプロセスを、単一細胞レベルで明らかにした。今後、精子幹細胞研究の基盤となるとともに、他の組織幹細胞の研究にも影響を与えると期待される。また、精子幹細胞移植の効率を向上させる方法論を提示したことで、家畜の効率的な育種繁殖や男性不妊治療への応用が期待される。本シンポジウムでは、肉牛の効率的な育種を例に、精子幹細胞移植が切り拓く未来について紹介する。